天童には法則がある。必ず、季節の変わり目に風邪をひくということだ。
夏の終わり、秋の始まり。暑い日と心地よい日の寒暖差に、きっと、冷房を付けっぱなしにしたのか、薄着で居たのか? はたまた窓でも開けっぱなしにしていたのかもしれない。それでも本人としては去年の二の舞にならないようにと毎年気をつけるのだ。しかし、残念ながら。とにかく、また、天童が風邪をひいてしまった。
高1の時、同室だった牛島若利は、昨年は「体調管理がなっていない」と天童を非難したが、今年は違う。天童が風邪をひいて部活を休むと聞いた牛島は、部活の帰りにコンビニに寄った。そうして、夕食をさっさと済ませると、寮の部屋も遠いというのに、天童の部屋に見舞いに行ったのだ。しかも、スポーツドリンクやら薬やらの入ったコンビニ袋をぶら下げて。
そんな様子に目をむいたのは天童本人だった。
「去年は若利くん、冷たかッたのに今年はどうしたノ?」
寒気から冬がけの布団にくるまったままの天童が二段ベッドの下段で鼻声を出しながらそう訊ねた。額に載せた濡れタオルはつい先程牛島が取り替えてくれたものだった。ひんやりとして、気持ちいい。
「大平に諭された。人には人のペースがある。毎年やってくる台風と同じように天童の風邪も仕方のない自然現象と思って少しでも早く治るようにしてやるのがチームメイトだと」
「獅音かァ……」
同じ部活の大平獅音はその並外れた器の大きさで同学年からも下学年からも一目置かれている。それにしても、天童の風邪が自然現象とは。本人だって考えたことのなかった発想にただただ熱に朦朧とする天童の頭は「すげぇやつ」という感想しか叩き出さない。
「若利くん、その薬、何買ってきたノ?」
「漢方と栄養ドリンクだ」
「は?」
「風邪にはこの組み合わせがいいのだと、幼い頃、父が飲ませてくれた」
「お父さん? 子供に栄養ドリンク? イーの? それ?」
「さぁ? ただ、すぐに治ったことは確かだ」
それは単に牛島の元々の免疫力があるからじゃないのかと天童はこっそり思う。天童はこうやって秋や春に気をつけていても風邪をひくのに、牛島が風邪をひいた所も怪我をしたところも見たことがなかった。その並外れた体力と強運。それから多分ストイックさ。そういうものが風邪なんか寄せ付けないのだろう。天童の想像する幼少期牛島は、なんとなく、冬でも半袖半ズボンで風邪なんかひかないで走り回っているというイメージだった。
「俺、栄養ドリンクって不味くて嫌いなんだヨね……」
ぼやきながらも天童が身体を起こす。折角買ってきてくれた看病グッツなのだ。しかも、見てみればコンビニ袋。割高だっただろうにわざわざ身銭を切って買ってきてくれた牛島のことを考えたら、少しも試さないのは申し訳ない気がした。
「鼻をつまんで一気に飲むといい。俺もそうした」
何歳の頃の牛島がこんな苦い漢方と甘いんだか酸っぱいんだか解らない栄養ドリンクを飲んだのかは知らないが、よっぽど嫌な思い出だったのだろう。まさに、天童がそれらを飲もうとしている時、それを見ていた牛島が実に嫌そうな表情を浮かべていたのだ。
珍しい。
そんなことを思っている内にゴクンと漢方入り栄養ドリンクを天童は飲み込んでいた。
「口をゆすぐついでに飲むといい」
すかさず差し出してくれたのはスポーツドリンク。有名な二つのメーカーの天童が好きな方をたまたまだろうか? 牛島は差し出してきていた。
「ありがとう」
かいがいしい。その言葉がぴったりだった。ペットボトルの蓋まで開けて渡してくれる牛島の親切さに天童はキョトンとしながら、やはりそれもむげにはできないとごくごく飲む。不思議なことに、それはいつもよりもずっと美味く感じられた。やはり、熱が上がって身体が水分を欲していたのだろうか?
「栄養ドリンクより、よっぽどコッチの方が効きソー」
「そうか?」
「でも、ありがと」
牛島が人間関係に不器用なのを僅かながら気づきはじめている天童は、牛島の不器用な親切をなるべくいつでも大事に受け取ろうと思っていた。それはもしかしたら自身も人付き合いが得意でない自覚のある天童の精一杯の親切心だったのかもしれない。そういう温かな心が思い出せるくらい、要するに元気になりつつあった。
「ウン。なんか、効いてる気がスル!」
「そうか、良かった」
ほっと息をつく牛島が、笑った気がした。無表情鉄人のように見える牛島が、実は表情豊かであることに最近天童は気づき始めている。そうして、その、牛島の隠された不器用さや愛らしさにも。
そこまで思って、天童はたとなる。まるでそんな物言い、牛島に恋し始めているかのようではないか?
「天童が居ないと、バレーが少しつまらない」
おでこに張り付いていたタオルがペロリと落ちる。水分がなくなってぬるくなっていたのだろう。それを拾った牛島がタオルを濡らしながらぽつりと言った。
「早く治って部活に出てくれ」
至近距離で言われた低音に、天童の心臓がドキリと跳ねる。
――何がドキリだ? ただのバレー馬鹿のセリフでは?
熱に浮かされた目が、牛島をいつもよりかっこよく見せているだけ、親切にしてくれた牛島が近しく思えるだけ。そう言い聞かせるのがその時の天童には精一杯の抵抗だった。
彼らが付き合い始めるのは、天童が法則によりもう一度風邪をひいたその時。