きっかけは、立花幸夫だった。
新米大工として今度建つ大きな家の建築現場に雑用係として行った時のこと。
最近できた劇団の寮になるというその建物はとても大きく、設計にも主の信念が感じられて「いいな」と思った。想いの篭った家は好きだ。その思いが強ければ尚のこと。
そんなことを考えながら仕事をし、合間に休憩をしていると、その主に話しかけられた。
「君……すごく大きくて繊細な手をしてるよね。それにとっても器用だ。きっと、舞台のお道具作りなんか向いてると思うよ」
――それが、俺とMANKAIカンパニーの出会いだった。
□
最初は小さな劇団だったが、個性豊かで実力のある役者たちと、その役者の魅力を最大限引き出す監督のお陰で、瞬く間にMANKAIカンパニーは大きく有名になっていった。
所属する役者たちはみな寮に住み、いつ行っても賑やかで楽しそうな声が聞こえてきた。
「……」
喋ることがきっかけは、立花幸夫だった。
新米大工として今度建つ大きな家の建築現場に雑用係として行った時のこと。
最近できた劇団の寮になるというその建物はとても大きく、設計にも主の信念が感じられて「いいな」と思った。想いの篭った家は好きだ。その思いが強ければ尚のこと。
そんなことを考えながら仕事をし、合間に休憩をしていると、その主に話しかけられた。
「君……すごく大きくて繊細な手をしてるよね。それにとっても器用だ。きっと、舞台のお道具作りなんか向いてると思うよ」
――それが、俺とMANKAIカンパニーの出会いだった。
□
最初は小さな劇団だったが、個性豊かで実力のある役者たちと、その役者の魅力を最大限引き出す監督のお陰で、瞬く間にMANKAIカンパニーは大きく有名になっていった。
所属する団員たちはみな寮に住み、いつ行っても賑やかで楽しそうな声が聞こえてきた。
「……」
俺がいつも大道具づくりに利用させてもらってるガレージには、時々団員たちが遊びや差し入れに来てくれた。
「おう、鉄郎! 今日もやってんな!」
「鉄郎さんの仕事って、本当に丁寧ですごいよねえ。もうこんなに出来たんだ!」
喋ることが得意ではない俺にも、団員たちは気さくに話しかけてくれた。俺が話さなくても特に気にしていないようだし、俺が話し始めると、じっと耳を澄ませて聞いてくれる。
そんな当たり前のことが、当たり前に嬉しかった。
少しずつ仲良くなっていくと、誕生日も祝ってくれるようになった。
「はい、鉄郎さん! これ、好きだったでしょ? 善さんに頼んで作ってもらったんだー! 今日は、鉄郎さん誕生日だもんね」
監督がそう言って無邪気に差し出してくれたのは、蝋燭の刺さった肉まんだった。特に好物だと言った覚えはなかったが、立花幸夫はにこにこと見守ってくれる。俺は頭を下げて、蝋燭を取って食べた。
「ああー!」と何故か監督に声を上げられた。誕生日ケーキの代わりだったから、火をつけて吹き消してほしかったらしい。……難しい。
「ごめんねー? 気付いたの今日だったから、みんな出かけちゃってて」
しゅん、と俯く監督に、俺は首を振る。
「……いや、大丈夫。…………祝えてもらえて………嬉しい…………ありがとう」
すると、外からここの料理番の声が響く。
「おい幸夫! さっきの肉まん勝手に持ってっただろ。あれは今から鉄郎の祝い用に蒸したやつだ」
立花幸夫も負けじと答える。
「だから一番に鉄郎さんに食べてほしくて持ってきたんだよ!」
「肉まん1個だけ持っていくな。もう準備ができるから連れてこい」
「分かった! あ、鉄郎さん、行こう!」
手を伸ばして誘う監督の無邪気な顔に、俺は頷いた。胸は、肉まんを食べた以上のなにかで温かい。
「…………」
幸せだな、と思った。
□
監督が、いなくなったらしい。
あまりに突然のことで、俺は驚いた。団員達はもっと驚いただろう。
大切な公演が目前に迫っていたからどうなるのかと心配していたが、結局その公演は中止になり、俺が作った大道具たちも披露されることはなかった。
「……」
そんなことはどうでも良かったが、それより監督という大黒柱がいなくなって動揺している団員たちが心配だった。最近入ったばかりの劇場支配人候補の若者は、分かりやすく狼狽している。
――そして、俺の不安は的中した。
監督の失踪をきっかけに、一人また一人と、劇団を抜け始めたのだ。
少しずつ人がいなくなっていく寮。少しずつ回数が減っていく公演。
「……」
俺に出来るのは、変わらず大道具を作ることくらいだ。だから、作り続けた。
大工としてそれなりに経験も積んできたから仕事の量も増え忙しい時期もあったが、できる限り寮に足を運んで、新しい舞台の為に大道具を作り続けた。
けれど、結局、寮には夏組のリーダーと支配人となった若者しかいなくなり、そしてその夏組リーダーも劇団を去ることにしたそうだ。
「鉄郎! ……世話になったな」
「…………こちらこそ」
「…………俺は、もう一度映像の世界で一から頑張ってみようと思う。そこで俺が大きくなれたら、きっとここにももう一度人を集められるようになるから」
「………………」
夏組リーダーの悲壮な決意に、俺は何も言えなかった。そんな俺の目を見て、彼はまっすぐ言った。
「あいつを……松川を、頼むな……」
「…………分かった」
正直、俺ができることなんて大道具を作ることだけ。何かの役には立てないと思う。それでも彼の気持ちを無下にしたくなかった。
俺が頷いたのを見て、彼は嬉しそうに笑った。
「良かった」
「……」
その笑顔に報いなければ、と思った。
□
寮に支配人と亀喜しかいなくなった。俺は時間があれば立ち寄ってみた。もう大道具を作ることはない。この劇団以外で作りたいとも思わない。
「鉄郎さん!」
俺が行くと、支配人はいつも嬉しそうに迎えてくれる。
そして「取り立てのヤクザがうんぬんかんぬんうるさい」だとか「今度亀吉を使ったグッズを作ってみるんです」とかたくさん話してくれた。何かあれば、亀吉が相談に乗ってくれるらしい。
「亀吉……ありがとうな…………」
俺が礼を言うと、亀吉は誇らしげに胸を張った。可愛い。
「当たり前ヨ! オレ様もMANKAIカンパニーの一員だからナ!」
とても立派なオウムだ。可愛いしカッコいい。亀吉がいてくれてよかったと思う。
――それからしばらく、俺は地方の仕事が続いて寮に顔を出せなかった。
その間に、MANKAIカンパニーは随分大変なことがあったらしい。
仕事がひと段落ついた頃、支配人から電話があった。
『鉄郎さん! MANKAIカンパニーが復活するかもです!』
「!」
電話の向こうの支配人は泣いていた。
『やっと……やっと幸夫さんから預かったこの劇団が、あの劇場でまた芝居が、芝居ができるんです……!』
「………………ああ」
『だから、鉄郎さん! ……また、大道具作ってくれますか?』
「……ああ…………もちろんだ……」
どんなセットでも、絶対に最高の仕事をしようと。心に決めた。
□
どんな家でも新築の時期もあれば補修が必要な時期も、やがて老朽化して解体してしまう時期もやってくる。永遠に続くものなんてない。けれど――季節は巡る。
解体して更地になった場所にも新たな家が建つように、枯れて散った花がまた蕾をつけるように、団員たちが誰もいなくなってしまったこの劇団にも新たな団員たちがやってきた。
「鉄郎さん! 今回の舞台セットも最高です。ありがとうございます」
立花幸夫の娘だという新監督は、いつも笑顔で話しかけてくれた。
「……こちらこそ…………ありがとう……」
「え? も、もう少しで聞こえそうなんだけどなー」
頬をかく困ったような笑顔が父にそっくりだと思って、思わず笑ってしまった。
「え?! 鉄郎さんが笑った?!」
新監督の声に、団員たちがわらわらと集まってくる。
「鉄郎さん、いいことあったんですか?」
「鉄郎さんの仕事、いつも尊敬してる。ありがとな」
「鉄郎さん、たまには手伝いますよ。大学でも大道具触ることあるし」
「鉄郎さんの舞台セット、いつも世界観をしっかり表現してくださるので、大好きです」
新しい組のリーダーたちがそう言ってくれる。それだけで、全てが報われたような気持になる。
そしてそんな彼らの温かさは、昔のリーダーたちの苦悩も解きほぐし、ともに困難を乗り越え、そして――ここにすべてを戻してくれた。
そして、年の明けたある日。
「はい、鉄郎さん! ハッピーバースデー! これ、好きだったでしょ?」
昔と変わらぬ笑顔で、立花幸夫が蝋燭の立った肉まんを差し出してくれた。
「!」
びっくりしている俺の前で、幸夫は初代秋組リーダーに頭をぽこんと叩かれる。
「だから、肉まん1個だけで祝うな。準備なら寮の中で済んでる」
「今日はみんなお休みだから、鉄郎さんの誕生日、一緒に祝えるよ!」
「鉄郎! 今日は一緒に飲み明かすぞ」
「鉄郎……お前、本当に……本当にずっとMANKAIカンパニーに寄り添ってくれて……ありがとうな、うう」
「おい、泣くの早すぎねぇか。誰だい、こいつにもう酒飲ませたの」
「さっき勝手に新生組の奴らと飲んでたんだよ。まったく……この調子なら、唐揚げはあとだな」
わいわいと盛り上がるMANKAIカンパニーの初代団員たち。昔と同じ、いやそれ以上の賑やかさでもって、俺を迎えてくれた。昔と今を思い返し――俺は静かに微笑んだ。
「俺の…誕生日か……。いつも…祝ってくれて……思い出す…。……ありがとう」【終】