人造甘味料
甘くない卵焼きは邪道だ。
ネギを入れろだの、やっぱりネギはやめて卵だけでいけだの、そもそも出汁を入れて甘くない卵焼きにしろだの、いろいろと言われ続けてきた。
──まぁ、たまになら作ってもいいけどさ。
俺は卵焼きに出汁もネギも求めていない。
そう、甘さを求めているんだ。
だから逆に、甘くない卵焼きって、それはもう卵焼きじゃない違う何かだと思う。
卵焼きは甘く、少し焦げてるぐらいが美味しいから。
今日も躊躇なく砂糖を入れるし、自信を持って焦がしてやる。
(……だって、高杉は味を感じないから)
いつからだろう? 高杉の味覚がないことに気付いたのは。
基本的に銀時が高杉との二人分の料理を作る時、味付けに差異はない。分けて調理したり味付けを分けるのが面倒なので同じものだ。煮物は甘すぎないように、カレーなら中辛などすり合わせをしたりするが、高杉に寄せることも銀時に寄せることもしない。
それは攘夷時代、果ては幼少時代からの暗黙の了解というか。──銀時が甘いものを好むようになった理由のひとつだと考えられている。
松陽に出会う前の銀時の食料事情はとても乏しく貧相で。大人の庇護のない子供ひとりで生きるのはとても過酷だった。
労働の出来ない子供の銀時は働いて日金を稼ぐことが出来ない。よって、銀時の生活の場は市井ではなく血生臭い戦場にしかなく、そこにある死体から残された保存食や腐って捨てられた食料を漁って食べながら生活をしていた。栄養価値の低い食料は銀時が生きていくにはとても足りなかった。
それでも、食べなければ生きていけない。
味や栄養価は二の次。──食べれるか、食べれないか、だ。
保存食はたいてい日持ちするよう塩が大量に使用されており、子供の舌には塩辛く感じただろう。しかし何か食べれるだけでも有難い。文句など出るはずもなく食べれる物は食べる、これが銀時の日常だった。
そんな戦場を渡り歩いて食い繋ぐ生活は、吉田松陽に出会うまで続いた。
──吉田松陽に出会うことで、食料を探して戦場を巡ることもなくなり、安定してちゃんと調理された温かく安全な食事を食べれるようになった。そんな銀時が今まで食べていたしょっぱいだけの食事ではなく、食べたことのない甘めの味付けを好むようになり、甘味を求めるようになったのは必然だったのかもしれない。
事情を知っているので松陽は何も言わず自分の分の菓子があれば銀時へ差し出して食べさせていたし、骨っぽい銀時の肉付きを良くするため、あまり好きではない甘い菓子の処理係として高杉も銀時に食べさせていた。高杉に至っては後者の理由が強かったかもしれないが。
甘味を好む銀時の料理は甘すぎる味付けが多く、松陽や高杉、果ては桂からもよく注意をされていた。甘すぎて許されるのは菓子だけだ、と。
ただ、例外も存在する。それが上記の卵焼きなのだ。
卵焼きは主菜にはならない。箸休め的な食べ物なので、銀時にとっては甘くし放題の神がかった食べ物といえる。
銀時は卵焼きを絶対に甘くしたいのだが、高杉は甘い卵焼きは邪道だと言って譲らなかったので、卵焼きだけはそれぞれ違う味付けの卵焼きを、手間ながらも作っていた。
あの日は間違えて、銀時用の甘い卵焼きを高杉が食べてしまったのだ。盛り付ける皿を間違えたのがそもそもの原因なのだが、高杉は甘い卵焼きを食べても何も言わず、いつも通り食べている。
(……この卵焼き、甘くないんですけど)
銀時が食べた卵焼きが甘くないということは、高杉の食べている卵焼きが銀時用の甘すぎる卵焼きということで。どんどん銀時の顔が引き攣っていく。甘すぎてプリンのような卵焼きに高杉が怒り出してもおかしくないレベルなのに、何も言わずに食べ進めていた。
「……えっと、高杉」
「どうしたンだ?」
「あ、いや、その……。ごはん、美味しい?」
「あァ、美味いぜ? この前持ってきた新米だろ?」
「そう! ちょっと水入れすぎて炊いちゃったんだけど、固さどうかな、って!」
「丁度良いンじゃねェか?」
「良かった! あはははは、……はぁ」
銀時は気付いてしまった。高杉の味覚がおかしいことに。
おかしすぎるのだ、あの甘すぎる卵焼きに高杉が気付かないなんて。人間だったら絶対に気付くはずだ。高杉の味覚は人間じゃないか、甘味を感じないのか、宇宙人か、──の三択になる。
現実問題、幼少期を共に過ごした銀時にとって高杉が人外の可能性は極めて低い。ブレない桂の方が人外の可能性が高いぐらいだ。
いつから、高杉は甘味を感じなくなったのだろう──?
一緒に食べる銀時も苦しくなるため、大々的に確認をすることは出来なかったが、高杉は味覚を感じていない。甘すぎてもしょっぱくても、苦くても辛くても、どれも平然と食べ進めている。
(……なんでだろ、前は普通だったよな?)
はて、前とはいつだろう。いつも銀時が見ていた高杉はがっつり食べる食事より酒と肴、あてと熱燗、みたいな食事とは言えない晩酌のような侘しい食事ばかりだった。あとは口寂しくなると煙管をくゆらせているような印象だ。
少し伏し目がちに煙管をくゆらすのは愁い気でとても絵になっていた。何も喋らなければ見目良いのに、ほんと勿体ない。取り込んだ朧の影響で体の傷が自己回復するようになったのだ、左目の傷も治れば良かったのに。
(──…んん? 朧……??)
聞いて正直に教えてくれるような相手だったら苦労などしていない。
だが、有耶無耶にしておくべき話でもないので、高杉がはぐらかすのを覚悟で問い掛ける。
「……朧を、取り込んだ影響?」
「今更じゃねェか」
「味、感じないんだろ?」
「へェ? なンでそう思う?」
「その卵焼き、俺用のだからちょー甘いんですけど」
美味しそうに食べていたのに眉が中央に寄り、苦々しく高杉が口をへの字にした。味は感じないはずなのに、銀時の作った激甘の卵焼きの味は今も覚えているらしい。
吐き捨てるわけにもいかず、置いてあった湯飲みの茶で行儀悪くもうがいをしてごくりと飲み込む。そこまでするぐらいだったら吐き捨ててもいいのに。
茶を淹れなおして、注いだ茶の中に氷を入れて冷ます。深呼吸をしたかと思ったら、高杉は一気に湯飲みの中のぬるい茶を飲み干してしまった。
「熱さは感じるの?」
「……少しは」
「ふぅん。猫舌は変わんないんだ」
「ほっとけ。──…てめーの言ったとおり、味は感じない」
想像していたどおりの返答に、今度は銀時が息をのむ。
なら、どうして今まで通り銀時と食事をしていたのだろうか。晩酌のようなつまむ程度だったものが、がっつりとした食事になったのはつい最近で。しかも銀時の手作りにこだわりだしたのも同時期だった。
味がしないのなら、銀時と食べる意味はないだろう。
それなのに、どうして美味しそうに食べ続けていたのだろうか。今まで一緒に食事をしてきて、味覚を感じない高杉は一体どんな気持ちで食べていたのだろうか──?
「美味しくも、不味くもないの?」
「あァ」
「甘いとか、不味いとか、」
「なァンも感じねェ」
わかってはいたが、本人の口から聞くと破壊力が強い。無意識に湯飲みを握り込む両手に力が入る。
銀時の方が落ち込んでしまうぐらいにはショックだった。やはり知らないフリをしたまま、この茶番を続けていたら良かったのだろうか。
呆然とする銀時を前にしたまま、高杉の告解は続く。
「けど、てめーと食べてると美味しく感じる」
「へ?」
「不思議だよなァ、てめーが美味しそうに食べてるだけで美味しく感じるし、味のしない卵焼きが甘く感じるンだぜ?」
「……あ、っそ」
だからといって、茶でうがいをすることはないだろう。
対面に座っている高杉を睨みつける銀時を、ちょいちょい指を動かしてわずかな所作で高杉が手招く。意図が解らず訝しむも、何度も懲りずに招くので諦めるように立ち上がり近付くと、どすんと高勢いよく高杉の隣に座る。
これで満足だろうと息巻けば、なぜか高杉の手が銀時の腰へと伸びてきた。その涼し気な顔から感情は読み取れないが、少し不満げなのはなぜだろう。まるで座る場所はそこじゃないとでもいうように持ち上げられ、高杉の膝上に座らされた。
見下ろすのはいつもなので違和感はないが、ここだと高杉の視線から逃れることが出来ない。降りようとするも、がっしと腰を掴まれたままなので動けず、もじもじ揺れて最後の抵抗を試みてみる。
「……えっと、ここは嫌デス」
「諦めろ」
「えー、どうしてこんなことに」
なっちゃったんだろう、という銀時の小さな声は、高杉の咥内に飲み込まれた。
──なし崩しに、こうなってしまうから嫌だったのに。銀時は諦めるように目を閉じ、舌を伸ばす。求めているのは銀時だけではないはずだ。高杉も、銀時を求めているに違いない。
ねちゃりと高杉の舌は飽くことなく銀時の咥内を蹂躙すると、咥内だけでなく、はむっと耳朶を甘噛みし、耳の奥まで舌を伸ばして舐めとろうとしてくる。
「……俺に、毒でも盛られたらどうすんのさ」
「ハッ、てめーに毒殺されンなら本望だ」
「言っ、て、……ろっ」
「もう冒されて、てめーなしじゃ生きられない体になっちまったなァ。──責任、取ってくれンだろ?」
ぺろり、じゅく……っと銀時の唇を食みながら高杉が嗤う。白々と、よく言えたものだ。銀時が指摘しなければ、ずっと黙っていたくせに。
「……俺が、殺してやるよ」
だから俺以外に殺されるなと嘯けば、高杉は満足そうに嗤った。
──あぁ、俺の毒で高杉を殺せたら、どんなに楽だっただろうか。銀時を食らい尽くしてお互いに死ねたなら……。出来もしない妄想を断ち切るように、銀時は高杉の首筋に噛み付いてやった。
「上等だ」