もう俺は、理性も自制も限界です。
「吉田、よしだ、よしだー!」
「・・・・」
「おい、呼んだら返事」
「はいはい・・・」
「返事は1回」
「・・・はーい」
ずっしりと腹に圧し掛かる軟体動物、もといぐだぐだの生き物を、本当に何とかしてほしいと思う。
確かに、激務続きで本当に疲れていて、しかも空腹で、そんな状況で酒を勧めた俺も悪いと思う。
でもね、そんなに酔うことないでしょう?
頼みますよマジで。俺ギリギリなんだから。ねぇ、早川さん。
「あの・・・暑いんですけど」
「うるさいぞ。吉田のくせに。お前なんか俺の枕で十分だ」
「意味がさっぱり分かりません」
「うだうだ言ってないで体ぐらい差し出せっつってんだ」
うわあ。ちょっと早川さん、今のそれすごい問題発言。いや、問題なのはそういう意味にとってしまう俺の頭か。
普通は、深く考えないよな。そうだよな。枕になれって、そのままの意味だよな。
でもね、俺、本当にもう限界なんですよ。本当に。
ぐったりと体の半分を俺の上に乗り上げてさっきからくだを巻いてるこの酔っ払いは、友人でも恋人でもなんでもなくて。
ただの仕事仲間みたいなもので。
わざわざ俺に乗らなくても横にクッションありますよ、とか、この体勢ありえないでしょう、とか、そもそもあんたこんなに酒弱かったんですか?とか。
思うことはたくさんあって。
普通は男同士でこんなべたべたしないって知ってます?とか、だからなんであんたこんなに無防備に酔えるんですか、とか、
気付いてます?俺、おかしなことに、あんたが好きなんですよ、とか。
どれ一つとして言えないまま、さっきからずっとこの体勢。
正直、すごくきつい。精神的に。
「早川さん、まだ腹減ってるんじゃないですか?」
「減ってない。だから動くな」
「重いんですけど」
「文句言うな。俺はここがいいんだ。だから動くな」
「はぁ・・・」
怒っているのかと思えばそうでもなくて、でも口調は相変わらず鋭くて、さっきからどうにもこの人は忙しいらしい。
ついていけない俺は、ただ悶々と、退いてくれないことに恨み言をこぼしながら、顔を見られないのをいいことに少し口元が緩んでいたりする。
いい加減、自分が気持ち悪い。
「・・・よしだ」
「はい」
「よしだ、よしだ、よしだひろふみ」
「・・・今度は何ですか」
そうやって、さっきから会話が途切れるとずっと俺の名前を連呼して、胸に顔を摺り寄せてくる。
どうしてよりによってこんな状況下でやたら甘えモードなんだ。別人じゃん。
俺の反応を待っているかのように、はやかわさんは摺り寄ったり体を押し付けてきたり抱き付いてきたり。
本当にさ、耐えてる俺を誰か褒めてくれないかな。
あのね、あんたのためを思って俺は秘めた思いを胸の内に隠しているわけなんですよ。
この関係を壊したくないから。ぎくしゃくするよりは喧嘩してるほうが断然マシだし。
それを本人がぶち壊そうとしてくるってどういうことですか。
「よしだ」
「はい」
「・・・吉田、」
「はい吉田ですよ何ですか」
「好きだよ、吉田」
「・・・はい?」
突如零れた言葉。
慌てて顔を見ようと視線を下げたけれど、俺の位置からじゃ擦り寄る頭のてっぺんしか見えない。
「・・・早川さん?」
「俺はお前が好きだよ」
「・・・あ、あぁ、はいはい・・・って、いい加減苦しいんですけど」
好きだと言いながら渾身の力で俺に抱き付いてきて。
あ、なんだ、酔っ払いの戯言か。ていうかそれに少しでも期待した俺ってどうなの。と失笑。
だよね、そんなわけないよね。だって相手は酔っ払い。しかも早川さんだ。
この人がそんなこと言ってくるはずがないし、第一、俺たちは。
「よしだ、すきだ」
「はいはい・・・」
「・・・おい!俺がこんなに好きだって言ってんのにハイハイとは何だ!何様だお前!」
「あんたこそ何様ですか」
うん、そうだよな。冗談だよな。
冗談にしても、越えちゃいけないラインを越えたくなっちゃうからそろそろ本気でやめてほしい。
「ねぇ早川さん、本当に重いし苦しいんで、そろそろ降りてください」
「・・・お前な、人がこんなに好きだって言ってんのに・・・」
「あ、はいはい、すみません、俺も早川さんが好きですよ」
「・・・っ、くっそ!!」
「いっ!?」
一瞬何が起こったのかわからなかった俺は、どうやら伸び上がった早川さんに頭突きされたらしく。
舌を噛みそうになるほど強打した顎を押さえて倒れると、いつの間にか離れていた早川さんがゆらりと立ち上がった。
その顔、般若の如し、っていうかさぁ!
「ちょっと!なんであんたが怒ってるんですか!俺だって、」
「黙れ!お前なんか好きでもなんでもねぇよ!!」
「何ですかその変わり身!さっきまで好きだ好きだってくっついてきてたくせに!」
俺がどんな気持ちで気を逸らしてたと思ってるんだ。
俺はあんたのためを思ってこんなに必死になって、ていうか顎めっちゃ痛い。
けれど早川さんは重いっきり舌打ちしてみせて。
「・・・帰る」
「はぁ?」
何が逆鱗に触れたのか、彼の怒りは尋常ではなく、足高にドアを打ち鳴らして出て行った。
「次はないと思え!」の捨て台詞を残して。
意味が分かりません。意味が分かりませんけど。誰か助けて。
「いってぇ・・・」
顎は痛いし無駄に欲求不満になりそうだし。
次に容赦ないのは俺の方ですからね、と心で悪態をつきながら、とりあえず小声で「ばーか」の小さい抵抗だけは示しておいた。
終