※この物語はフィクションではないが話の本筋ではありません
それを踏まえたうえでご覧ください
「―――おや。」
ちゃぶんと。
波の音がする。
地球の営み、その一端ともなれば、波だって強大な動きだ。
たかだか人間一人分の質量では、本来どうだってない。
だが。
そう、だが。
彼の周りに、波紋ができる。
穏やかな水面に石を投じたかのように、ちゃぽん、ちゃぽんと。
そのたびに、穏やかな波は動きを止め、彼の周りを取り囲む。
それは、まるでおとぎ話のワンシーン。
主人公のために、海さえ|動きを止める《優しく抱きしめる》。
そんな、世界を書き換えるかのような愚行を、息をするより無意識に行いながら―――一人の男が、こちらへと歩み寄っていた。
一歩一歩、確実に。着実に。穏やかに。海の拍動を止めながら、穏やかに。
女は、その様を、ぼんやりと眺めていた。
というか、穏やかに見ていた。
相も変わらず狂気的な眼光のまま。
相も変わらず、猟奇的な思考のままで。
「どうしたの。」
【どうした、はこっちのセリフだ。いつの間にかいなくなりやがって、アイツら、心配してたんだぞ。】
「…誰が?」
【アイツらが!】
「何を?」
【心配してた!】
「…そう。」
【そう、っておまえなあ…】
男は呆れて肩を落とす。
女はそれらに一切触れずに、水面へと目線を映す。
その瞳には何も映っておらず、まるで死体のようだ。
だが、男は理解していた。
彼女は、何も見ていないわけではない。
なんというか。彼女は今、美しいものを見ている。
それは、世界の果ての物語。
そこに彼女はいない。そこに彼女の名前はない。
この世界のどこにも、そしてその世界のどこにも。
彼女の名前はなく、彼女の姿はなく、―――何もなかった。
違うのは、その行いは、彼女自身が望んだことだという、ただそれだけの話だが。
そうだ。これは、彼女が望んだことなのだ。
だから誰も、彼女のことを呼びに来ない。
―――彼ら以外は。
だから、男も、彼女を向こうに連れて行こうとはしない。
対岸のあの美しさを、彼女はただ、ぼんやりと見つめ続けているだけだ。
何も映らない。
ただ、最高濃度の青色を、見つめている。
 
虹色の瞳が、美しい。のに、疎ましくて。
だから、男は、手を伸ばして、そして―――…
「んむぷ」
抱きしめるように、もたれかかった。
「…どうしたの。」
【…】
「…どうしたの。」
【…】
「…はあ。」
何も言えない。何も言えない。何も言えない。何も言えない。何も言えない。
そんな男を、女は。
呆れたように。
抱きしめられた。
「よしよし。よしよし。」
【…】
「…」
にこにこと、無機質に。
だけど、穏やかに。
まどろむように、彼女は撫でる。
だが、彼女の精神状態は、あやうい。
とてもではないが、こうして、視界情報を獲得することすらできないほどに。
【…】
だが。
否、だからこそ。
穏やかに、たおやかに、眠るように。
■■■は、そっと体重を預けさせるように。そっと頭を、手で押さえた。
―――なぜかいつも騒いでいる胸筋を顔に押し付けるようになったのは、謎の事故のようなものである。多分。
ただし、その効果は絶大のように見えた。
少なくとも不埒な手が胸に伸びる程度には。
【ゴラ】
「ふふふ、あはは。」
空っぽな笑い声。
しかし確かに、感情の色がのっていた。
―――まどろむように。
貝殻の裏側のような瞳は、もう何も映さない。
燃え盛る炎はすでに放たれ、あとは彼女自身を燃やすだけ。
幸福はもう、悪夢のように彼女の微睡の中にしかない。
だけど。
その炎のような熱が、
たとえ、濁流の中に在ろうとも消えぬ赤色が、
自分の心を満たすから。
だから、だから、今は――…
「ねえ、■■■。」
呼び止められる。
「今は、こちらに来て。」
一緒に、きれいなものを見ようよ。
そういって囁く、そういって笑う、彼女の瞳には、何一つとして何も映らない。
やはり、何も凍らせない。
彼女はいつだって、そのままだったから。
だから。
だから、だから―――
声は空気を震わせない。
その代わり、彼は、ぽんと、小さな姿に戻った。
水子の姿。
誰にも生存を望まれず、誰にも実存を愛され|なかった《・・・・》、か弱い(?)赤子のふりをして。
ぽんと、いつもとは逆に。
彼女の腹に、孕まれるように座った。
裂け目は深く、ただ、心臓だけが鼓動する。
そんな伽藍洞に、沈むかのようにもたれかかる。
それだけで彼女は、花のように笑った。
それは、この世の何より美しいもの。
舞台装置への報酬、もしくは幸福への欠如。
今は彼方遠くであろうとも、この輝きは、いつまでもここに。
分かっている。
夢見る機構としての能力は、彼女の方が何億倍も強い。
それなのに、この夢を上塗りしない。
変えないということは、つまりそういうことだ。
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なぞのワンセット
初公開日: 2023年08月15日
最終更新日: 2023年08月30日
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コメント
別名、同い年の|戯れ《わちゃわちゃ》。
某運命の水着イベが楽しすぎたのでちょっとそれ系を書きたくなりました。
いいよね。すべてが終わった後の二人っきりの夜の浜辺系イベ(正しい言い方がわからない)。