美しい、紺青の瞳。
まぶしいくらいのほほえみ。
日の元でそれは耀き、周囲の人々の心を焦がす。
この人のもとでともにあれるのならば、それが此の世最大の名誉と見間違うほどの存在。
それが鳴宮湊の知る、我が師匠のすべてである。
「…思えばおれ、マサさんのこと何にも知らないなあ…。」
「………………えっ、どうしたの鳴宮君。熱あるの?」
「無いよ???」
休憩中の弓道場でそんなことをつぶやいた。
時間帯はお昼。まだまだ日が高いころ合いである。
そんな中で、ちょっと日光浴には厳しくなってきた日差しをめいいっぱいに浴びながら、のんびりと鳴宮湊と花沢ゆうなは休憩をしていた。
ゆうなのほうは紫外線を気にしてか日陰である。
それはさておき。
「マサさん大好きなのに珍しい…なんでそんなことになったの?やっぱりマンネリ?」
「まだ二か月もたってないよ…そんなに珍しい?」
「うん、珍しい。静弥くんや七緒君が鳴宮くんや海斗に絡まないくらい珍しい。」
「そんなに…」
静弥のほうはともかくとして、七緒が海斗にとなると相当珍しいだろう。
その反応にうんうんとうなずきながら、ゆうなは人差指を立てた。
「当ててあげようか。」
「…何を?」
「鳴宮君がそんなことを言っている理由を」
「…いいけど…っていうか何、鳴宮君って」
「鳴宮君って言わないとクラスメイトからからかわれるんだもん。何より鳴宮君、人気者だしさ。そしたら治らなくなっちゃって。」
「なんだそりゃ…」
呆れながらも否定しきれないのは、鳴宮湊という青年が、周囲の関心にこれと言って目を向けてこなかったからだ。
弓だけに目を向けている彼は、基本的にそれ以外には目を向けない。どんなことであっても、どんなものであろうとも。
唯一絶対の真実が見えているがゆえに、それ以外には全く頓着しない。
鳴宮湊という青年は、ある意味、「道を歩む」という点では最も向いていなくて最も向いていると言えるだろう。
「鳴宮君、2年にも知り合いいるでしょ。そうでなくても活躍した部活のエースなんだからそりゃ目立つって。」
「目立つって…それに、2年の知り合いってあれでしょ、この前総出で来た人たち…」
あれは単純に悪夢だった。
2年の1クラスが山のように押しかけて来たかと思ったら応援宣言をされた挙句何にも説明なしに帰っていった。
なんというか、あれが嵐ならこっちは雪崩であった。
結果クラス総出で詰め寄られる、なんていう体験をしたのが10年前のように思う。実際には一か月もたっていないのだが。
第二の閑話休題。
「…っていうか、だったらおれの話だって伝わってるはずでしょ、なんでそんな…」
「んー…じゃあ逆に聞くけど、湊くんマサさんに恋する人がいてもあきらめられるの?」
「無理」
「そういうことだよねー。」
「そっかあ…。」
初めて他人の気持ちが理解できた瞬間であった。
三回目の閑話休題。
「そんでそうなっている理由だけど、当てて上げよっか。」
「…ん、お願いします。」
そっと耳を傾けると、耳に口が寄せられる。
そのまま、そっと、甘い少女の声が響いた。
「…この前のマサさんの話、気にしているんでしょう。」
「うぐっ」
|図星であった。
くすくすと笑う少女の顔は、どこまでも清純だがどこまでも甘美だ。
柑橘類の果肉をかみつぶした時のような、甘くはじけるような笑み。
誰もが見惚れるその色香に惑わされずいるのは、ひとえにただ、鳴宮湊には心底から愛した人がいるからだ。
それは、ただ。
「まさかああいう音楽が好きだなんて、聞いてなかったもんね?」
「…うぐう…。」
呻きながら、膝に顔をうずめた。
聞いた話と言っても、特になんてことはない。ろくなことでもない。
ただそれは世間話。ちょっとだけ端末をいじくっているのが珍しいと思いながら弓立に歩み寄った時の話。
何かの拍子に押し間違えたのかBluetoothの回線が切れたのか、突如響き渡る音楽。
湊にとっては耳障りとさえ言える、浅い知識ではロックと呼ばれるものであることしかわからないそんな音楽に、海斗が食いついたことがきっかけだった。
「その曲、まだ聞いてたのか、マサさん!」
海斗とロックフェスに行ったことがあるという話を、鳴宮湊は聞いたことがなかった。
「…‥‥……‥‥‥‥……」
静かに黙りながら遠くを見る彼は、それこそ恋い焦がれている者が遠目から見たらさらに心が焦げる音を聞くだけの”威力”がある。
だが、その実はというと、ただひたすらむすくれているだけなのであった。
「おれ、マサさんが好きなこと以外、マサさんのこと何にも知らないんだ…」
「よしよしヾ(・ω・`)」
恋路に迷う青年よ、どうか気高く前を向いてあれ。
でもそれはそれとしてたまに地面も見れ。
そういう感じの意図でもって花沢ゆうなは湊の頭を撫でた。
紫外線を厭って日陰にいたはずなのに、彼を撫でるために日向に出てもいいと思わせる。
そんな魅力が、彼にはあった。
まあ最も。
「(視線が痛い…)」
後ろにちくちくと、そしてちょこちょこと、厳密に言うと複数名の|痛み《視線》を感じる。
が、それ以上に、がっつりと、だが感覚を開けて突き刺さる極太の槍のような視線。
ひいきややっかみを、そしてそれを原因に加害を加えるような人間だとは思えないし思わないがそれはそれとしてとても視線が痛い。
人はひょっとしたら視線でも死ぬんじゃないかと思わせるほどにチクチクとぶっささる。
そんな視線が先ほどからちょくちょくと花沢ゆうなの背中に注がれていた。
正直ちょっと居心地が悪いどころの話ではないので逃げたいのだが、それはさておき。
ほおっておく自分が悪いのだ。
この人がそこまで魅力的なことなど、この世の誰より一番知っているくせにほっておくのが悪いのである。
花沢ゆうなは女子高校生である。
基本なんというか、自制と自粛のいきわたった風舞高校弓道部。その一員である花沢ゆうなだが、
時たまには子供らしく、ちょっとだけ反抗したいときもあるのだ。
見守っているのなら、なおさらに。
そんなことを思って、撫でるのをやめるとふいに湊がちょいちょいと手招きをした。
導きに従って、そっと耳を寄せる。
「 、 ?」
―――――その言葉に、思わず笑ってしまったのは、悪くないと言い張りたい。
■。
「弓を引いていれば、おれとマサさんはつながれる。たとえ離れ離れになったって、一緒にいられる。」
それはわかっている。そんなことはわかっている。
―――それでも。
「それでも、マサさんの、おれが知らない「昔」があるのが、すごく嫌だなって思っちゃった。」
たとえ歩む道が別々になったとしても、その姿が視界のどこにも見えなくなったとしても、つながれる。
そう胸を張って言えるだけの根拠が、確かにある。
だが、それでも。そうだとしても。どうしても。どうしようもなく。
過去の悔恨、未来の懺悔、そういうものに寄り添えない自分が、ひどく。
歯がゆい。
「…みなと。」
「え?何、うわっ。」
こつん。と。
肩に額をぶつけられた。
軽いものだが、湊と雅貴の体格差…というか、雅貴の体格でやったならどんな肉体的接触でも十分猛威だが…により、軽く体が揺れる。
「…俺も、」
俺も、いやだなって思うときは、あるよ。
そういおうとして、喉が詰まった。
目の前の彼の、左わき腹にある、大きな傷。
そこにもうガーゼなどの類はない。触っても、内部の肉に触れることはない。
完全にふさがった傷。
でも。
それでも。
今でも。
苦しみとともにその傷に触れるのを見るたび、そうしてつらそうに顔をゆがめるたび、思う。
ああ、痛みはまだあり続けているのだと。
そのことを、とても。いやだと思い続けていた。
言えるわけがないのに。そんなことはおそらくこの世で一番自分が知っているのに。それでも。
「俺も、そう思ったことがある。」
水面に、波紋。
見開かれる緑の瞳が、自分以外ではそうはならないのだと、この男はわかっているのだろうか。
否、見えない。うつむいているのだから。
それを知らなないままで、夜の青年は、言葉をつないだ。
「湊の痛みが、苦しみが、ほんの少しでもいいから分け与えられて欲しいって、そう思ったことが、何回も…。」
「マサさん、大好きです。」
「…」
その言葉に何も返せないまま。そっと肩に額をこすりつけた。
月が、二人を見下ろしていた。