今度の引越し先はどこだと思う?
はるか足元には、分厚い軍事用特殊防壁<レッドアイス>が赤黒く明滅している。
「足元」と言っても、足は見えない。手も顔もだ。見えないのではなく、ない。俺は今、物理肉体のすべてを剥奪され、意識体<ゴースト>だけの存在となっている。
にも関わらず――いや、だからこそと言うべきか、俺は永遠と思われるほど続く落下感を味わい続けている。
落ちて行く先は赤黒い壁で構成された巨大な立方体。
電脳牢獄「コキュートス」。
そこが俺の、今度の移送先だった。
技術の発展と犯罪の進化は常に並走してきた。新たな技術が発明されれば、新たな犯罪が生まれる。新たな犯罪を取り締まるために新たな技術が発明され、その繰り返しでこの世界は発展してきた。
そしてこの2089年。電脳空間に社会機能そのものが徐々に移設されていった結果、犯罪の場もまた電脳空間に移っていった。
その結果起こったのが、現実世界における物理肉体の確保の無意味化だ。
物理肉体を確保したと思いきや、それはすでにただの義体<抜け殻>。犯人の意識体<ゴースト>はすでに電脳世界に逃亡し、広大なネットの裏側に紛れ込み、二度と見つからない。
そうした事態に対応するべく、警察組織はほとんど独裁とも言えるネット上での特権をもとに電脳警察を組織。ネット上に散り散りに逃亡した犯罪者の意識体<ゴースト>を次々と確保し、現実世界には抜け殻となった義体が転がることになった。
そして――俺もそのうちの一人だった。状況に応じて使い分けていた23種類の義体すべてに論理爆弾<ロジック・ボム>を仕掛けられ、俺は半壊した最後の義体からかろうじてネット内に逃亡。
しかし、その先に網を張っていた電脳警察の放ったワームに意識体<ゴースト>を食い荒らされ――そして今はこのザマだ。
こうして電脳警察の手に落ちたことは何度もある。しかし、俺はその度に脱獄してきた。投獄される度にやつらの手を学び、解析し、対抗手段を立て、脱獄する。奴らの情報を盗み出すためにわざと捕まったことも数回ではない。今や俺は、電脳警察と同等のノウハウを持っていると言っていい。
しかし、その俺が最終的に投獄されたのがここだ。
眼下に見える軍事用特殊防壁<レッドアイス>が複雑なパズルのように展開し俺を飲み込んだ。赤黒い牢獄の腹の中に吸い込まれる。
ここが、俺の次の――そして場合によっては最後の引っ越し先だ。