「え。ウソ。若利くん、ジブリ見たことナイの?」
「ピンとこないので、見たことはないな。幼少期に見たアニメはディズニーくらいだ」
あまり面白くなかった、と言う若利くんのとんでもねぇコメントはまぁ置いておくとして、俺は、思わず素っ頓狂な声を上げていた。平成を生きる者として幼少期にジブリアニメを見て育つのが普通だと思っていた。「今日、ラピュタだよな」と嬉々として共同スペースにやって来ていた英太くんも驚いたように目を見開いている。
「金曜ロードショーとか、見なかッタの?」
「幼いときは9時には就寝していたし、それ以降は練習が8時まであった」
「ひょえー」
どこまでもバレー馬鹿な生き方をしてきたマブダチに感心しながら、なら、と切り返す。そもそもの話題の切り口がここだったのだ。
「今日、ラピュタやるから一緒に見よ? シータがかわいいヨ」
付け加えた言葉に、隼人くんが茶々を入れる。それを完全にぶった切って若利くんは「つまらなかったら寝るからな?」と辛辣に言い放った。
「え~。面白いと思うケド」
まぁ、面白い面白くナイの主観は個人による物なのでなんとも言えない。
とりあえず、準備万端で見よう、と慌てて若利くんと風呂に入りに行く。アニメといえどもそもそも映画だ。1本見れば消灯時間に近い時間になってしまう。
適当に身体を洗って、湯船にもろくにつからず、髪を乾かしながら共同スペースに戻れば。既に待機していた他のバレー部メンバーがテレビの前から手招きしていた。
「ラピュタ、久々だな」
この話題を振ったときからノリノリだった英太くんはもうバッチリいつでも寝られる状態でテレビの真ん前に陣取っていた。
「俺は魔女宅の方が好き」
「へぇ? 隼人くん、キキ派なんだ」
「キキって言うより、あの森の中の絵描きの子、かっけぇじゃん」
「あー、ぽいぽい」
そんな風にジブリの話をしていても、若利くんはさっぱり話題に乗れないみたいだった。そのチョットむっとした様子が気になって「今度は魔女宅見ようネ」と声をかける。
テレビで放送されるジブリアニメは大抵、CMが入る関係で全部は放送されない。日によってカットされるところが違うが、その日は比較的カットされるところが少ないようだった。
「面白かッタ?」
「想像していたよりは」
「なら良かッタ」
長いエンドロールを見ながら、若利くんに尋ねる。ぷかぷか浮かぶあの移動要塞は、重い建物の残骸を全て振り落として最終的には宇宙まで飛んでいってしまうようだった。哀愁のあるテーマソングが低く流れる。
「この曲は小学校の音楽でやった」
「ダヨネ? 教科書載ってた気がする」
「アニメの曲だったとは知らなかった」
「そっか~。ジブリってチョット切ない系多いからトラウマになる人も結構居るし、見せないおうちもあるのかもネ?」
「単純に俺がアニメに関心が無かった」
「そっか?」
エンドロールを見ながらポツポツと話をしている間に、英太くんも隼人くんも「おやすみ」と部屋に戻って言ってしまう。バレー部以外のテレビの前に陣取っていた奴らもそれぞれ風呂に入りに行ったり歯を磨きに行ったりしていた。急がなければ、寮の消灯見回りにどやされる。
「寝ヨっか?」
「そうだな」
「……若利くん。」
あのさ、と言う前に、若利くんは先を察して「構わない」と答える。
三年に入って、一人一部屋になった俺たちは、時々互いの部屋に泊まる。1・2年生の時と同じ部屋の構造の寮室は二段ベッドになっているから、気軽に互いの部屋に泊まることができた。見回りの人間にさえ見つからないように静かにしていれば、(気付かれているんだろうけど)見逃してもらえることがほとんどだった。
高揚感と切なさの入り交じるテーマ曲がまだ胸の中に響いている。こんな今の状態では、どうやら俺は一人では眠れない気がしていた。
若利くんの後に続き、彼の部屋にするりと入る。使われていない二段ベッドの上段はいつも少しほこりっぽいが、軽く手でそれらを払えば眠れなくは無さそうだった。ごろんと寝転がって、天井を見上げる。と言っても、もうすぐ手の届くくらいの距離にある天井とベッドの柵に囲まれてそこはチョットした箱か何かのようにも思えた。
いや、違う。あの宙に浮かぶ移動要塞。小さな世界で生活していた人々のような。そんな夢想と現実が奇妙にリンクする。
下段に若利くんが寝転んだ気配に気付いて、ひょっこりと下を覗き込んだ。
「なンかサ、若利くん」
「寝ないのか?」
「寝るケド、ちょっとお喋り付き合ってヨ」
「もう寝るぞ?」
意外とハッキリと言い切る若利くんは、もしかしたらその時もう既に眠たかったのかもしれない。それとも、見回りを気にしているのか?
でも、俺は「チョットだけ」と付け加えて言葉を続けた。
「二段ベッド、ってサ? ラピュタみたいじゃネ?」
若利くんの返してくる「そうか?」が少し音量が小さくなっていた。そろそろ寮の消灯時間だ。俺も彼にならって少し声を潜める。
「うん。このまま俺らだけで宇宙までぷかぷか浮かぶの」
狭い二段ベッドごと飛行石の力で、寮の天井を突き破って、ぷかぷかと仙台の空を、それから、日本の上空を、もっと上まで、大気圏を抜けて宇宙まで飛んでいく夢想になぜか変にワクワクして目が覚めてしまう。
「宇宙に行ったらバレーができない」
ぼそりと返された言葉に思わずブハッと笑った。この男は、いつまでもどこまでもバレー馬鹿だ。
「できるっしょ。むしろ、一生ボール落ちねぇからラリー、メッチャ続くヨ?」
「それでは勝敗が決まらない」
「ソッカ。じゃー、つまんねぇネ?」
「そうだろう?」
完璧にドシャットしたボールがふわっと浮いてあの痛快なバウンド音にならない事を考えると確かに全く楽しくない。宇宙でバレーなんてファンタジーな思いつき、楽しいかと思ったら、意外とそうでもなくて少しガッカリしていた。
「明日も朝練が早い。早く寝ろ」
「だネ」
やっぱり、現実のバレーが一番面白い。若利くんがいて、隼人くんがいて、英太くんがいて、他にも鍛治くんが居て、敵が居て、重力があって、勝ち負けがあって。
ぷかぷかと夢想を漂いそうになったセンチメンタルを胸の中に仕舞いこんで、やっぱり、現実が一番オモシレぇ。それを誰よりもわかってる若利くんがオモシレぇ、と再認識しながら床についた。
その日はやっぱり、若利くんと宇宙でバレーしながら「面白くねぇネ、早く地球に帰ろ」と会話する夢を見ていた。
天井の低いベッドの移動要塞の夢想をぼくらは思考の隅に仕舞う