推敲前 案のみ 広げても良い ショートショート
昆虫型ロボットの展示コーナーに来た。カブトムシを模倣したそれは、内部に組み込まれたプログラムに沿って一連の動きを繰り返して見せる。オルゴールのようだ。カブトムシは手足と小さな目のセンサーで周囲を理解して対応する動きをする。例えば、カブトムシが平面にいるときはノソノソと歩行運動をとるが、岩や木の急斜面に設置してやると、それに応じてまたノソノソが始まる。環境情報を受け取って対応して、再生するコードを変えていくのはジャズのようにも思える。まるで生きているようにも見えるが、これは生きてはいない。だってそうだろう。
次は、地球誕生の歴史をシミュレートした研究の展示がされていた。横長の白机にディスプレイが配置されていて、人だかりの中心には白い研究服の男がいる。画面を指さして言う。
「村が誕生している。石器時代にあたるかな。弓矢や槍を持っている人が確認できます。
このシミュレーション機械にはこの世界の住民の中に、一人称視点で入ることが出来ます。」
待ってくださいと言って研究者は画面を操作する。そして、ヘルメット付きゴーグルを取り出す。
「聞いてる方で中を覗いてみたい人は。」
ヘルメットには電磁石が付いている。脳に一定の刺激を与えて、入り込んだ人と同じ気持ちを体感できるようだ。おずおずと手を上げた人が装着し、しばらくすると感嘆の声が上がる。
同じ思考と感情を共有しているのだろう。ふと思った。意識とは何なのか。脳に連結された目口鼻手足のモジュールを使って脳が学習をして、その学習を元に神経回路を作る。そうしてより適切に生活ができるようになる。定着、慣れが起こる。意識とは脳が作り上げた回路の上に電気が通うことで生じる。そうして、冷たい、温かい、嬉しい、悲しいと言った多様な感情を発露する。
この意識をこの私が感じているのかが疑問だ。なぜなら、先程の展示のように、入り込む先の人間と元の人間が存在しなくてはならなくなる。その元の人間はどこから来ているのか。脳は回路を生み出す。ではその回路に流れている何者かの意識と言うのはどこから来ているのか。これは純粋な意識だけが個を形作っていると思う。純粋な意識はそれ単体では思考することもできない。ただの仕組みとしての純粋な意識。この純粋な意識は実はみんな繋がっていて、現世では形を変えて他人のフリをしているだけなんだよ。そういった信仰の話もあるだろう。だがそこに帰着する話でもない。物理法則のようなものだ。光の速度が一定であったり、重力は時間の影響を受けなかったりと。また化学の話でもあると思う。人間の身体は酸素を取り込んで体内で糖を燃焼させてエネルギーを取得して生を継続させる。意識とは酸素のようなものであり、酸素を共有しているからと言って、人間の一意性が崩れる訳でもない。
そして、こう思う。純粋なる意思の持ち主がもし意思を持っているのだとしたら、このパターンこそが意思の表れになってくれるのではないかと。命を大事に思い過ぎていることがこの論での目くらましになっている。つまり人間が一人一人に純粋なる意思が付与されているときの、この純粋なる意思にラベルが張られており、この割り振りにパターンが存在し、この割り振りをどのように調整するかによって、これは機嫌を良くしたり悪くしたりしているという話だ。
つまりは、我々は生物でいうところの細胞の役割をしているんじゃないかと思うわけだ。細胞も電気信号によって生きている。そしてその電気信号がどこから来ているかと言うと母体である身体から来ている。つまりはそれの脳が生存をしていて、そいつの身体の一部であるという話だ。おそらくだが、それは別に人間の身体はしていないだろう。そいつは3次元よりも高次元生命だと踏んでいる。折り畳まれた次元の中でもそれは自由に遊泳することができるに違いない。そして、思考も人間よりもはるかに賢いと捉えている。2次元構造の脳が考えられることは、3次元構造の脳にどうやったって面積当たりの思考量は追いつかない。それと同様に多次元にある脳が考えていることはどうやったって間に合わないのだ。
そして、ここでふと思うのだ。この高次元で思考している存在も、生存淘汰の淘汰圧を受けているのではないかと。自然界ではより環境に適合したものが残っていく原則がある。そうなるならば、より高次元的な思考が環境に適応して行えている場合に、その思考の主は長く生きられるはずだ。では、どのような戦略であれば、それは生きられるのだろうか。そして、それは何をリソースとして、何を目的として繁殖するのだろうか。繁殖するのだろうか。答えは繁殖にあると思っている。
シミュレーションを説明していた研究員は言う。
「いやー、ここまでシミュレーションを育てていくのは大変でしたよ。特定のタイミングで災害を起こしたり、何らかのタイミングでアクシデントを起こさないと、文明に刺激が起きずに滅びてしまう。いやー、所長から怒られましたよ。君は何度も失敗していて成果が出ていないようだけど分かっているだろうね。って詰められましたからね。」
そう。繁殖を管理して管理できないものから淘汰されて消えていくのだ。そして評価は作成した成果物、シミュレーション内で生存繁殖が正しく行われているのかによって左右される。それはなぜか?それはシミュレーションそのものが持つ影響力である。シミュレーション内で進化が止まるとシミュレーションは必然的に止まってしまう。そうなると、シミュレーションによって生存していたその主は存在の意義を失い淘汰されてしまうわけだ。
そしてこうも思う。果たして我々は勝ち馬に乗れているのだろうかと。つまりは生存ができるシミュレーション内にいるのだろうかと。熟達した管理者の元に居るのだろうかと。そして、これは分からないのだ。分かる術がない。そもそも管理者にアクセスすることができない。
別のレイヤーの話もしておこうと思う。ミーム的生命の思考にも純粋なる意思が割り振られているのではないかと私は思っている。