一瞬、耳を疑った。
脳が蕩けるような、甘い声だった。囁かれた言葉に驚いて、びく、と体が震える。
意味がわからず、いや、知らない国の言葉だとかじゃなく、言葉そのものは明瞭だ。だが。
(俺の可愛い……なんだって?)
隣に座る男を唖然と見上げ、目を瞬かせる。
真剣な面持ちの彼は、ホークスを囲い混むようにしてソファの背に腕をつき、
「ずっと隣にいてくれるか、俺の可愛いことり」と囁いた。
耳から脳に辿り着いた声が、毒を以てじわりと広がっていく。ごくり、と喉を鳴らしたが、まるで別人のものであるかのようだった、
「なあ。ホークス」
聞いているか、とでも言いたげに髪に指を辛めながら名前を呼ばれ、呆けていたホークスはバッと俯いた。
さあっと血の気が引いていく。ぞわぞわと鳥肌が立つ。自分に注がれているエンデヴァーの視線が痛い。なにかしら反応しなくては。だがなんて返せばいい。爆笑して、変な冗談言わんでください、と流せばいいか。
ああでも、冗談ではない、と返されたらどうする。いや、冗談であると肯定されたほうがダメージがでかいか。
どうする。どうすれば。
思考を巡らすこと、レイコンマ一秒。
バサッと音を立てて、ホークスが膝にのせていた書類が落ちーー前触れなくち上がったホークスは、逃亡を試みた。
エンデヴァーは、腕のなかで凍りついたように固まってしまったホークスを見下ろし、ふむ、と口元を覆い隠して、片眉をあげた。
どうやらこの口説き文句はホークスのお気に召さなかったらしい。冬美のオススメ第一位だったのだが、目下、目を見開いて口を開いたまま、一言も返してこない男の顔色は良くない。
(ふむ……次のオススメはなんだったか)
同じ墓に入ってくれないか、は年の差があるのに死んだ後まで執着するようでよろしくない。本音は俺が死んだ後も、よそ見などせず俺の事を思っていてほしいが……縛り付けたいわけではない。
毎朝、お前のつくった味噌汁がのみたい…といっても、あいつの料理の腕は壊滅的だし、そもそも仕事があるのに毎日顔を合わせることなど不可能だ。
お前のことを一生守る……というのも恋愛小説の定番らしいが、ヒーロー相手に何をいわんや、だ。
そもそもこれらの台詞は、先週、顔をみせにきた娘に「古くさい」と却下されている。
さて、ではいったい何を言えばいいだろうか。そっと視線をそらして思案する。
あのとき、冬美は確かーー
「これから――「すんません!」
大声で、用意した二つ目の台詞を遮ると、ローテーブルに手を付き、姿勢を低くする。
するっと弾丸のように素早くあちら側に着地し、逃亡する――つもりだったのだろう。だが気配を察した瞬間、エンデヴァーはテーブルを乗り越え、着地したところで残っていた腕を掴んでいた。
「えっ」
ドン、と重たい音がして、ホークスがテーブルの上で丸い目をしている。急ブレーキをかけられて、しりもちをついたのだ。
「離「どこへ行くつもりだ。俺は、一時だってお前を手放したくないというのに」
「はっ?!」
「こちらを見ろ。お前のその琥珀の瞳には、俺だけを映していてほしいんだ」
「俺は、これから先のお前の人生全てがほしい。……ダメか?」
なんと傲慢な台詞だろう。エンデヴァーは声にだしてそう思う。
だがエンデヴァーには確信があった。このおとこは、おせばおちる。ほんのひとおし、背中を押せば、自分の腕の中へと飛び込んできてくれる。