卒業を見守るのはもう慣れていると思っていた。中学校で同じ部活の先輩達を何人も見送った。高校もそうだ。大学でも、ゼミの先輩を見送るために駆り出されるのは今年で3回目。
ただ、今回は少しだけワケが違った。
縁下力はゲイである。それを自覚したのは高校の頃からであった。ぼんやりとした恋心を抱くのはいつだって同性で、初めはそれに戸惑ったが、成人も過ぎた大学生にもなればそれはもう慣れっこな感覚だった。
つまり、今日この時、縁下の想い人である一人の先輩が大学を去ろうとしているのである。理学療法士という狭い世界だ。もしかしたら学会や何かでまた会えるかもしれないが、多くの先輩が地元を離れ都心に向かう。ただただゼミが同じという繋がりがあっただけの先輩が、就職先をどこにしたかなど訊けるいわれがなかった。
「大丈夫。あっさりとした別れにできる」
ゼミの中でも比較的仲の良かった縁下には例の先輩へ色紙を渡すという大役を任されている。自分の恋心などみじんも感じさせずに、きっと、色紙を渡すことができるだろう。いや、そうでなくては。
卒業の式典が終ると、4年生がゾロゾロと体育館から出てきた。その大勢のスーツの群れからでもその一人を見つけ出せるのはきっと、恋心のなせる技なのだろう。少し色彩の淡い髪色が春の温かくなり始めのそよ風に揺れていた。
「宮内先輩」
小さな声だったかもしれない。しかし、それでも宮内豊は縁下に気付いた。縁下、来てたのか、と笑う笑顔を脳裏に焼き付けて、学年としては1つ上、年としては5つ上のこの先輩を『タダのゼミの後輩』として見送ろうと縁下は笑顔を作った。
「ゼミの後輩達全員からの色紙です」
「ありがと」
少し縁下よりも背の低い宮内に合わせて、視線を下げる。初めて見るスーツ姿はどこかぎこちなくて、ラフな格好ばかりをしている宮内の普段の印象とは何かが違う気がした。
「卒業、おめでとうございます」
「無事に国試受かって良かったよ」
「宮内さん、余裕だったんじゃないんですか?」
「座学は嫌い」
べっと軽く舌を出す姿にわずかな色気を感じてしまい、縁下は軽く目をそらした。卒業を機に告白なんて中学生みたいな事はしたくないし、何より、宮内はスポーツ系の理学療法の道に進むのだと聞いている。狭き門のそこを同じく目指す縁下はきっと、またどこかで宮内に会うだろう。その時に『卒業式に告白してきたキモいゲイ』と思われて再会するのはあまりにも気まずいと容易に想像できた。
「ってか、縁下」
「はい?」
「お前、まだスポーツ系行く予定なんだよな?」
「実習先もそっちで絞ってます」
「じゃぁさ。俺の就職先、実習で来いよ?」
「え?」
「あおば整形外科クリニックってちっちゃめのクリニックだけどさ。いいとこだよ。白鳥沢とか烏野とか、バレーの強豪校の選手も来るらしいし」
縁下、元バレー部って言ってたよな?
そんな些細な会話の記憶を宮内が覚えていてくれていた事も、それを踏まえてこうやって実習先に勧めてくれることも縁下にとってあまりにも予想外すぎて、もう一度、宮内を真正面から見返してしまった。顔を好きになったわけではないが、彼の屈託なく笑う笑い方や、いつでも真剣に未来を見据える色素の薄い瞳が好ましく思えないわけがなかった。
「俺も、卒業してからも縁下に会えるなら、嬉しい」
いつでもこうやってストレートな物言いをする宮内に、縁下は毎回酷く動揺させられる。別の専門学校を卒業後、スポーツ用品大手メーカーに順調に就職したにもかかわらず、理学療法士というリハビリに関わる仕事への憧れを断ち切れずに大学に入り直したこの意志の強い先輩は、いつだってこうやって縁下の恋心をざわつかせるような言動をして彼を困惑させるのだった。
「宮内さん……」
呼んでしまってから、縁下は後悔した。今の声音は、どう考えてもその後に「好きでした」が付いてしまいそうだ。しかし、実習先まで紹介してくれるなら、益々、今後も宮内と関係が途切れることはないだろう。いや、将来のために途切れさせたくない。だから、今はその言葉の先をゴクリと飲み込まずには居られなかった。
「宮内先輩」
横から会話に入ってきたのは、水泳部の後輩なのだろう。まだ寒い宮城の春にもかかわらずなぜか水泳帽にゴーグル、水泳パンツという出で立ちでにょっきりと縁下の隣に現れた。
「おぉ。園井。水泳部、今年もそのカッコか?」
「メッチャ寒いんで、早く記念品貰ってください」
「悪い悪い。ちょっと縁下と実習先の話しててさ」
「受け取って貰えれば俺の仕事もう終わりなんで。あ。卒業おめでとうございます」
「はは。言い忘れそうになってんなよ。早く帰れ帰れ」
「あざっす」
春一番の突風のように現れて、また突風のように去って行く水泳帽くんを見守りながら、言ってしまわなくて良かった、と縁下はこっそりとため息をついく。在学中、女性と付き合っていたという噂を聞いている宮内が万が一にも縁下の突然の告白に応じるとは思えない。どう考えても、言わない事が最大のはなむけになるだろうと思われた。
「今度、あおば整形外科クリニック、挨拶しに行かせてください。実習、お願いできるようなら是非お願いしたいです」
「よし。そしたら、来週俺、制服合わせに行くから一緒に行こうぜ? 先に話はつけとくから」
「ありがとうございます」
ペコッと軽く頭を下げると「そんなにかしこまるなよ」と笑われた。どんなに実習がつらくても、どんなに卒論に行き詰まっても明るく振る舞っていた頼れる先輩が、やっぱり、縁下は好きだった。
「これで縁下が実習中にヒーヒー言ってる様が身近に見られんな」
「性格悪いですよ?」
「かわいい後輩の弱音、たまには聞いてやるからまた連絡しろよな?」
「はい。ありがとうございます」
今度は縁下は頭を下げることもなかった。水泳部の後輩から貰った記念品とやらの四角い箱と、縁下が渡した色紙を大事そうに抱える宮内をただまっすぐ静かに見つめることができていた。
ぴゅうぅ、と少し強い風が吹いたところで、宮内がハッとする。周りを見てみれば、あんなにあふれかえっていた卒業生の群れも、それを見送る人の群れももう、すっかりなくなっていた。
「そろそろ駐車場渋滞、解消されたんじゃないですか?」
「だな。こういう式典の時は渋滞できてヤだよな」
「俺ももう少ししたら帰ります」
「おう。クリニックに連絡していい感じの返事来たら早めに連絡するわ」
「本当にありがとうございます」
「あがめ奉れ」
ははっと軽い笑い声を上げて肩をとんとつつかれる。それから、明るく「またな!」と手を振る宮内の背中を見ながら、縁下はまた、噛みしめていた。あぁ、この人がやっぱり好きだな、と。その恋心をまだ少しの間だけ捨てずに済むかもしれないことに一掴みの喜びとそれを上回る胸の苦しさを抱かずには居られなかった。
人生には困難がつきものだ。
にしたって、理不尽な困難と理不尽でない困難が世の中には溢れすぎている。
今回、縁下がぶち当たってしまった困難は、前者の困難であった。
最終学年である大学4年生での実習は二回ある。そのうちの一回は宮内の紹介により、あおば整形外科クリニックに決定したが、その前、もう一つの実習先が最悪であった。
正確に言うならば、実習先としては良い場所なのである。縁下が志望したとおり、多くのスポーツ選手が訪れる病院ではあるのだ。施設も充実し、勤務している理学療法士の数も多い。積極的に院内で勉強会や研究発表を行う活発な風潮の病院だった。
そこまでは良かった。縁下もそれらが気に入ったからこそその病院に実習を頼んだのだ。
しかし、一番の問題はバイザーだった。実習生にはケースバイザーという担当患者のことを相談・指導してくれるアドバイザーと、実習全体の相談・指導をしてくれるスーパーバイザーというものが付く。縁下が担当する患者のケースバイザーは実務経験3年目のおとなしい女性だった。こちらは、指導らしい指導をしてくれないので、縁下は積極的に質問をぶつけていかなければならない苦労があった。そして、縁下のスーパーバイザーになった男性理学療法士。彼が理不尽の元凶だった。
まず、実習というものは時間が決まっている。しかし、このスーパーバイザーは「実習生はこき使われるもの」という古い考えの持ち主だった。なので、職員の誰よりも早く出勤することを強要し、誰よりも遅く帰ることを強要してきた。また、元々は職員や清掃員の仕事であろう職場の掃除を全て縁下にやらせることで「職場の上下関係を学ぶ」「体力を付け、タイムマネジメントをできるようにする」などと言ってきたのである。
もちろん、他の職員はそういった様子のスーパーバイザーに少しずつ苦言を呈してくれていたようであったが、スーパーバイザーいわく「俺もそうやって実習を乗り越えた」「それがあったからこそ今、働けている」と自身の主張を曲げない様子であった。
だからと言って、実習に関する手技や思考法を正確に指導してくれる訳でもない。それらについては「ケースバイザーに教われ」と丸投げなのである。また、実習レポートに関しても、指導を仰ぐと毎日言うことがころころと変わり、しかも、細かい誤字脱字の指摘ばかりしてくるので、さすがの縁下も辟易とし始めていた。
そんなときに、宮内からの連絡が入れば、さすがの縁下も弱音を吐いてしまうのは仕方のないことだろう。
「マジで弱っちゃってんじゃん。縁下、大丈夫か?」
苦労してるだろ? と冗談交じりで始った宮内からのLINEにあまりにもリアルなトーンで「ダメかもしれません」と縁下が返したことに多少の衝撃があったのだろう。少し時間を置いて返された宮内の言葉に、縁下はスマホを持ちながら目頭が熱くなりそうになった。その日も、22時を過ぎてやっと家に辿り着いたにもかかわらず、明日は6時に家を出なければ間に合わない。そのたったの8時間の中でレポートの書き直しと本日の課題、それから食事や睡眠を終らせなければならないのはあまりにも過酷で心身共に疲れ果てていた。
「次の休みいつだ? 飯でも行こう」
新社会人が奢ってやるよ。いつもだったらただの冗談だろうその言葉が、どこか本気に思われたのはもう既にその時に宮内が奢る気で居たからかもしれない。日程を合わせて落ち合った先で、宮内は本当に全額食事代を持ってくれたのだから。
「まだいるんだ? そういう、前時代的なバイザー……」
話を聞いた宮内は長い長いため息をつく。その息が酒臭いのは仕方のないことだろう。宮内も縁下もかなり酒に強く、好きな方であった。また、そんな実習先のパワハラ等という話は酒でも入らなければ易々と話せる重みの話ではなかった。
「ケースバイザーが3年目ってのもデカいな。そっちの人がビシッと言ってくれたらまだ違うだろ?」
「そうですね」
「働いてみて思ったけど、3年目なんてまだペーペーだよ。まぁ、まだ4ヶ月くらいの俺が言えることじゃねぇけどさ」
「宮内さん、仕事、どうですか?」
「楽しいよ。先輩達もいろいろ教えてくれるし、小学生から大学生までいろんな年代のスポーツやってる患者さん来るから気をつけるところも違って本当に勉強になる」
「良いですね」
「だろ? サッサと今期の実習終らせて、早くうちでの実習来いよ」
「はい。楽しみにしてます」
生き生きと仕事の話をする先輩の笑顔をこうやって独り占めできる。その事実だけで縁下は今までの苦労を水に流せそうであった。
「誘ってくれてありがとうございます。少し、元気出ました」
「そうか? なんか手伝えることあればなんでも言えよ?」
さらりと言われた一言に、思わず縁下はいたずら心が芽生えてしまった。それは、通常の思考回路だったら縁下は言わなかったであろう一言であった。
「宮内さんが、俺と付き合ってくれたらもっと元気出るかも」
「付き合う? どこに?」
「じゃなくて、恋人として」
冗談交じりに言ったつもりだった。酒に酔った勢いで、本気でもないのに「男前! 抱かれたい!」とわめくノーマル男子たちと似たようなノリで言い切れていたと思っていた。
しかし、すん、と宮内の表情が真剣なものになった事に、縁下は肝を冷やした。しまった。間違えた。踏んではいけない地雷を踏んでしまったのかもしれなかった。
「縁下。お前、それ、本気で言ってるのか?」
「……」
冗談です、と言ってしまえば良かった。しかし、二年半思い続けた想いが、そうはさせてくれなかった。
本気なんだな、と確信を持った宮内の声が居酒屋の雑音の中にピンと響いた。縁下の背が一気に凍り付いていく。気持ち良く酔っていたはずのアルコールは一気に彼の身体の中から消し飛んだようだった。
「とりあえず、その言葉、考えとく。実習が全部終って、酔っ払ってねぇ時にもう一度、縁下が同じ事言えるなら……」
中途半端に途切れた言葉の隙に、するりと店員が入ってくる。食事のラストオーダーなんですが、という言葉に「そろそろ出るか」と宮内が苦笑して、話が終ってしまっていた。
同じ事が言えるなら。
その次の言葉に戦々恐々としながら、縁下一人、その夜は自身の家に帰ったのだった。
一ヶ月半の実習が二つ。それから、国試対策の勉強と就活。
そんなことをやっていたら一年なんかあっという間だった。
二つめの実習先であったあおば整形外科クリニックは、昨年、宮内が就職したばかりでまだ募集が無い状態だったので、近くの総合病院に二~三年を目安に就職し、修行することになった。
「総合病院行くと、手術の見学とかもできるからかなり勉強になるぞ」
ゼミの教授がそう言って進めてくれた病院は、小児科から老年科まで幅広くある病院で、多くの先輩達が登竜門として就職する場所であった。2月の国試の正式な点数は発表されていないものの、自己採点でそれなりの点数をはじき出していた縁下は、病院からも5月から(国試合格通知が4月末~5月頭にしか届かないので、それ以降でないと正式に理学療法士として働くことができない)の即戦力として期待される存在であった。
「卒業おめでとう」
「宮内さん」
ちょうど、職場の休みと被ったのだ、と言い訳する宮内が大学の卒業式に縁下の目の前に現れた事に、縁下は動揺を隠せなかった。宮内らしいラフな格好と、縁下も着慣れないスーツ。その二人の並びは、ちょうど一年前の宮内の卒業式を思い出させ、また、その時のまだ淡かった恋心、捨て去ろうとしていた恋心を思い出させた。
「ネムス総合病院行くんだってな? いっぱいいろんな症例、見てこいよ?」
「ありがとうございます」
実習先を紹介してくれた宮内には、あおば整形外科クリニックにはまだ就職できないこと、ひとまず総合病院に就職することは伝えてあった。それを彼は「良いんじゃないか」と肯定的に返してくれていたので、縁下は少しだけホッと胸をなで下ろしていた。
「縁下。お前、俺に言うことあるんじゃねぇの?」
首元まで出かかっていて、それを飲み込むべきかどうか悩んでいた言葉が、縁下にはある。
「やっぱり、しらふでも、実習終っても、宮内さんが好きな気持ちは変わりません」
そもそも、実習のずっと前から宮内の事を想っていたのだ。たまたま本人に告げてしまったのがあのときであっただけであって、そして、その時にあまり嫌そうな反応をされなかったことを良いことに、今まで縁下は宮内を想い続ける事ができていた。
そして今、淡い色合いの宮内の瞳にまっすぐに見上げられても、言ってしまったことを後悔せずに居られる。結局、一年前に危惧した『卒業式に告ってきたキモいゲイ』と思われる羽目になったとしても、縁下はやりきった、と満足できるだろう位には宮内との温かな思い出がいくつもできていた。
「よし。」
宮内が、屈託無く笑う。それから、わかった、と頷くのを縁下はスローモーションのように詳細までじっと見つめていた。
「付き合ってみよう。俺は野郎と付き合うの、初めてだけど。縁下とならなんか上手くいきそうな気がする」
パッと開かれた両腕の意味を、頭で理解するよりも先に縁下はその身体を抱きしめていた。初めて抱きしめる宮内の身体は、想像していたよりもずっと厚みがあって。その胸に高鳴る縁下の鼓動まで伝われば良いと益々強く抱きしめていた。
縁下力の誕生日は年末である。
「でも、俺ら別に年末年始だから忙しいとかねぇしな」
春から付き合い初めて半年。宮内の誕生日祝いに『靴の日だから』と靴をプレゼントしたり、宮内の家の方が縁下の職場に近いからと合鍵を貰ったり。それなりに恋人同士らしいことをしてはいた。今現在も、来る縁下の誕生日とクリスマスに向けて計画を練っていたところであった。宮内と縁下は一見、順調に恋人らしくなってきているように思われた。
仕事の方も順調だ。三年間、丸々総合病院で修行することになるかと思っていたが、あおば整形外科クリニックに産休で空きが出た。そのため、週一回で良いから、と、病院の休みの日に、あおば整形外科クリニックにバイトに出向くことが増えていた。
「クリスマスにも物貰って誕生日にも貰ってだとなんだか貰いっぱなしな感じがするんで、纏めてでいいですよ?」
家族からも誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントをいっしょくたにされることが多かった縁下はそう言って苦笑する。正直なところ、弟は誕生日とクリスマスで別々にプレゼントをもらえるにもかかわらず、縁下だけがいっしょくたであった事に不満を感じた年頃もあったが、成人を優に超えた今、しかも、恋人に祝ってもらえるだけで御の字の今、縁下自身はそれがクリスマスといっしょくたでも構わないと思っていたのだ。
しかしどうやら生真面目な宮内はそれでは気が済まないらしい。
「俺はバラバラのプレゼント貰ってんだから不公平だろ?」
そう言って食い下がる様は、いかにも宮内らしかった。そういう、実直さにも縁下は惚れたのだから。
「そしたら、2倍いいもの貰えればいいです」
一度言ったらきかない宮内の性格を嫌という程知っている。なので、縁下はそれで手を打つことにした。嫌という程、というのはもちろん、言葉のあやで。どんなに宮内が我が強かろうが、縁下が宮内を嫌になることは無いのだが。
「つっても、縁下、お前無欲だからなぁ……」
「そんなことないですよ。高くてためになる参考書とか買ってください」
「色気ねぇな……」
「プレゼントに色気も何も……」
そう返してから、本当に欲しいものが、しかも、宮内にしか用意することができないプレゼントを縁下は思いつかないでも無かった。しかし、それを飲み込んでしまうのが縁下力という男であった。
半年。それなりに恋人同士らしいことをしてきた彼ら。しかし、そんな彼らが唯一していないこと。
それは、性的な触れ合いである。
元々、宮内はストレートだ。縁下に告白され、それが嫌でなかったという理由だけでこうやってお互いのアパートに泊まったり、デートしたりこっそりと手を繋いでみたりはしたものの。
まだキスだってしていない。セックスなんて夢のまた夢。
縁下自身は、それでいいと思っていた。宮内がそばにいて、仕事と本人の次に大切にしているものとして縁下をあげてくれること、誕生日に何を送るか悩んでくれること、それら全てが愛おしく嬉しい出来事であったのだ。それで、満足できると思っていた。
「クリスマスって言えば、一般的な恋人同士はセックスとかするわけだろ?」
「いいですよ。俺ら別に一般的じゃないですから」
宮内から出た直接的な単語に動揺しなかったわけが無い。しかし、縁下はなんの動揺も無いかのような表情でそう返した。その逸らした瞳を、横からじっと見つめ返される。
「まぁ……縁下が興味ねぇなら無理にとは思わねぇけど……」
本当に無欲なやつだ、つまんねぇの。
そうやって話が終わってしまっても良かったはずだった。そんな流れになるのかと縁下が予想していたところに投下されたのは、意外な一言だった。
「俺は意外と興味ある。誕生日、覚悟しとけ」
そんなことを言うくせに。宮内は今日はもう帰れと縁下を玄関に押しやるのだ。夕飯を宮内のアパートで食べてそのまま泊まろうかと思っていた縁下は面食らってしまう。
いや、珍しく帰れと言われたことにではなく、興味があるという宮内の言葉に。ただでさえこんな話題になってしまったことに動揺していたのに、自分の欲望がただ漏れていたのかもしれないと反省していたところに。
混乱した頭のまま、荷物をまとめられ、玄関に追いやられる。
「またな。明日の仕事、寝坊すんなよ」
言葉と共にバタンと閉められそうになったドアをグッと捕まえた。宮内も縁下も手を使う職業だ。ある意味、腕一本で仕事をしているようなものである。その指先を、図らずもドアで挟んでしまいそうになった事に宮内がひるむ。その、一瞬。それをついて、縁下はそのまま、軽い口付けを宮内の唇の上に落としていた。
ぽかんと見上げてくるその表情の思いがけない幼さに、縁下の胸は益々高鳴っていた。
「無欲なんて嘘です。俺だって……」
「な、なら! 尚更今日は帰れ!」
じゃぁな! と今度は充分にドアから縁下を突き放し、バタンと閉めてしまう。中途半端に腕に引っかけたままだった上着が秋風にたなびく。冷たい風のはずなのに、その時の縁下は全く寒さを感じていなかった。
クリスマスプレゼントで貰ったのは、時計だった。
「仕事中も着けてられるシンプルなのにした」
その宮内の言葉の通り、それは誕生日プレゼントとして恋人に贈る物としてはとてもシンプルなもので。しかし、そのチクタクと動く秒針が宮内の鼓動のようで縁下は最高のプレゼントをもらえた気がした。
「ありがとうございます。大切にします」
「誕生日プレゼントは、誕生日な?」
「まだ別にあるんですか?」
面食らった縁下が素直にそう返すと、珍しく宮内がもごもごと中途半端に口だけを動かして居た。そんな風に言い淀む様は珍しいので、宮内が言葉らしい言葉を発してくれるまで縁下は根気強く待つ。みるみるうちに、宮内の頬が赤くなっていくのがわかった。
「明日、休みじゃねぇし、今日、もう遅いから……27日、俺もお前も休みだろ?」
「あ、そうなんですね」
折角有給があるから、と誕生日とその翌日を休みにしてみた縁下であったが、26日には「応援に来てくれないだろうか」と頼まれたあおば整形外科クリニックの方に出向くことになってしまった。なので実際、完全に休みであるのは27日だけなのだが、まさか宮内まで27日に休みを取ってくれていたとは。
「じゃぁ、デートでもします?」
「……行けたらな」
「どういう意味です?」
らしくなくハッキリとした物言いをしない宮内を見ながら、縁下は一つの仮説を思いついていた。しかし、それはあまりにも自分の都合の良い妄想のような気がして。静かに宮内の次の言葉を待った。
すると、宮内は何か勘違いでもしたのか早合点でもしたのか? 何かを決意した表情になると、がしっと縁下の顎を掴み、ぐっとその唇にぶつかるようなキスをしていった。
「26日の夜は、セックスすんぞ。覚悟しとけ」
だから今日はもう帰れ。
こんなこと、前もあったな、と思いながら、縁下はその日は素直に帰宅の途につくことに決めていた。
さて、ここで問題である。
縁下力はゲイである。そして、できればタチをやりたい方である。ノーマルであったはずの宮内が受け入れやすい立場と言えば、多分、タチの方だが、何度も妄想してきた宮内とのセックスで縁下は自分がネコになれる自信が1mmも無かった。
「宮内さん、その辺りどう考えてるんだろ……?」
誕生日当日、宮内のアパートに徒歩で向かいながら独りごちる。しんしんと寒くなり始めた宮城の空気も縁下の煮え立った思考回路を冷ましてはくれない。こればっかりは本人と話し合うしか解決法が無さそうに思えた。
「まぁ、話してみよう」
宮内がどこまで男同士のセックスのやり方をわかっているか不明である以上、話すしかない。
いつもより少し重く感じるアパートの玄関扉を開けると、明るい部屋の明かりと、温かな空気が頬を撫でていった。
宮内豊はノーマルである。
しかし、なぜか今、同性と付き合っている。それには長い言い訳があるのだが、問題はそこでは無かった。
宮内は自身の性的指向をノーマルだと思っていた。しかし、縁下に告白されてからというもの、それから、彼と付き合うと決めてからというもの、自身の性的指向は本当にノーマルなのだろうか? と疑問ばかりが浮かんだ。なぜか、縁下が愛おしく、時には愛らしく見えるからであった。それは今まで女性にばかり感じていた恋慕の情ととても似通っているものだったのである。
だから、今まで付き合ってきた女性達と同じように縁下と付き合ったし、それが宮内にとって違和感や嫌悪感を生むものでなかったのもきっと当然のことなのだろう。
さて、ただ、今までと同じようにと言うのには一部だけ異なる点があった。それは、性的触れ合いについてである。異性とであれば付き合い始めてすぐにしていたキスも、勝手が違うかもしれないと先延ばしにしていた。また、そういった触れ合いをした途端に歯車が食い違い始めたら嫌だという恐怖心も僅かにあったのかもしれない。
宮内は、意外と臆病な自分自身に気付くことになっていた。
結局の所、彼らの初めてのキスは彼らが付き合いだしてから半年以上先になった。今まで全くそういった欲を見せてこなかった縁下が宮内に対して遠慮せずに本音を言ってくれたこと、それが予想以上に宮内には嬉しいことに思えた。そして、更に、5つも年下の縁下が元ノーマルの宮内を気遣って本音を言わずにいたらしいことにいじらしさを感じた。
ならば、と腹をくくるところが宮内の彼らしさだっただろう。
途中までしか検索していなかった同性同士のセックスの仕方を調べ直し始めたのはその頃である。元々、人体の仕組みや構造については解剖学で学んでいる。女性との経験ならある程度豊富な宮内であれば、同性であるからこその複雑さ・猥雑さに気がつくのも早かった。特に、同性同士であったとしてもタチとネコという役割の違いがあり、その役割の違いから下準備の違いがあるらしいことをも学び取っていた。
「まぁ、どっちだったとしても用意大変な方だと思っておけばどうにかなるだろ」
縁下の誕生日がクリスマスに近いことに気付いてから、宮内はクリスマスか縁下の誕生日のどちらかにセックスをしてみようと計画していた。それは今までの恋愛経験からもそのくらいで身体の相性を確かめておかなければ長続きしないと感じていたからだった。
そういったわけで、縁下の誕生日当日。宮内はそれなりの準備をした上で縁下を自身のアパートに招き入れていた。冬の寒さを感じさせないように部屋をしっかりと温めて。
「「で」」
手洗いうがいを済ませて落ち着いた縁下を目の前に、宮内が切り出そうとしたところ、同じタイミングで縁下も何かを切り出そうとしたようだった。
「宮内さん、先にどうぞ」
「じゃぁ、年の功で。……その、まぁ、ちゃんといろいろ調べてみたぞ」
「セックスの仕方について、って事で、合ってます?」
「合ってる」
「いろいろリスクも多いので、無理してやることないですよ」
「いや。やってみよう。準備もしてある」
「は?」
「どっちすればいいか解んねぇから大変そうな方の準備しといた」
「はぁ!?」
縁下という男はそんなに大声を出す男でなかった。だが、なぜかこの時ばかりは素っ頓狂な大声を上げていた。その理由がイマイチ宮内には解らない。
「最初は縁下が別に性欲無いのかと思ってたから真面目に考えてなかったけど、性欲あるんだろ? なら、セックスできるように用意しとくのが恋人ってもんじゃねぇの?」
「いや、だからって……」
「俺は別にネコだろうがタチだろうがこだわりねぇから。初めてだし」
「って事は本当に……」
「と言うわけで、お前はサッサとシャワーでも浴びてこい」
そう言って宮内がシャワールームを指さすと、なぜか縁下が自身の両頬をぱんっと両手でビンタしていた。
「何やって……?」
「いや、事態が上手くいきすぎて、俺の都合の良い夢かと……?」
「夢だったか?」
「現実みたいです」
ホッペ、痛いです。小さく呟く縁下の様子に、さすがの宮内も笑いがこらえきれなくなった。そんなに大層な事だっただろうか? 宮内にとってはあまりにも些細な事だと思っていたのに。まぁ、確かに、後孔の拡張や洗浄といった事柄に関しては些細なことではないのかもしれなかったが、恋人のためと思えば些細なことと宮内には思えたのだ。そう感じられるくらいには、宮内は縁下のことを大事な恋人であると感じ始めていたのだから。
「ついでに冷水シャワーでも浴びてくればもっと目が覚めるんじゃないか?」
「そうします」
「冗談だって。風邪ひくぞ?」
いかにも上の空で「はい」と返事する縁下の横顔を見ながら、宮内はもう少し年下の恋人をからかってやりたくなっていた。
「風呂でしたいなら一緒に入ってやるけど?」
ニヤニヤと笑いながら言い放った言葉に、予想通り怒っているんだか泣いているんだか笑っているんだか解らない複雑な表情をした縁下が振り返る。それこそ、目を白黒させながら「そういうのはもっとこなれてから!」と言い放ったのが益々、宮内には面白かった。
「こなれたらやるのかよ」
おもわず突っ込んだコメントは、脱兎のごとくシャワールームに駆け込んだ縁下には聞こえていなかっただろう。大雨のようなシャワー音を聞きながら、しかし、宮内も初めての事に少しの期待と不安が入り交じるのを静かに噛みしめていた。
促されるままシャワーを浴びた縁下は、髪を乾かすのもそこそこに、宮内の待つ居室にそっと戻っていった。ドアを開けると、部屋の明かりは薄暗く落とされていて、かろうじて宮内がベッドに腰掛けている様子だけがうかがえた。どんな表情かなんて見えないし、見えたとして、直視する自信がその時の縁下にはなかった。何より、期待で膨らむ自身の下腹部をこのくらいの暗がりならば宮内から隠せるような気がしていたから。
ごくり、と唾を飲み込んだ音が聞こえやしないかと縁下は危惧した。ドクドクと期待に高鳴る胸の音が響いてやしないかと、恐れた。
正直に言えば、同性同士のセックスというもの自体は縁下には何度か経験がある。しかしそれは、きちんと恋愛関係が成り立っての性交渉ではなく、ただ、溜まりに溜まった欲を吐き出し合うだけの処理的なものばかりであったのだ。そういう意味では、恋人である同性とのセックスはその日が縁下にとっても初めてであったのだ。
いつまでもぼんやりとドアの前に立ち尽くしているだけの縁下に宮内が手をこまねき呼び寄せる。ただ、隣に座るだけでなんと緊張することか、と縁下は改めて自身のふがいなさを思い知っていた。
「あんま、乗り気じゃねぇ感じ?」
「いや、緊張しすぎて……」
その言葉を宮内はどう取ったのかわからない。もしかしたら、異性との経験は豊富でかつ年上な宮内がリードするべきと勘違いしたのかもしれなかった。そっと縁下の頭を撫で、頬を撫で、それから額に軽いキスを落とした。まだ薄らと水分を含んでいた縁下の髪が宮内の指先を少し濡らした。
「ちょっと話そう」
話そう、と言ったわりに、宮内は縁下をふんわりと抱きしめる。頬にしずくが垂れても宮内はいとわないようであった。抱きしめられたことに縁下が答える。と、ふっと宮内は満足そうな溜息を吐いていた。ぽんぽんと背を叩かれたのは、高鳴る縁下の鼓動をなだめてくれようとしたのか? それとも、同じように早鐘を打つ宮内自身の鼓動を誤魔化そうとしたのか? それとも、髪から垂れる水滴を払ってでもくれたのか?
「ずっと思ってたんだけど、俺、縁下のこと、力って呼びたい」
「え?」
「苗字呼びって恋人同士っぽくねぇじゃん? だから、お前も豊って呼んでな?」
「豊……さん」
「さん、か」
くつくつと低く笑う宮内の、しかし、まだ彼の鼓動が落ち着かないことに縁下は逆に安堵していた。多少、緊張しているのはお互い様だったのかもしれない。ほっと何かがほぐれていくような気がしていた。
「職場では今まで通りな? 付き合ってんのバレると厄介だろうし」
「はい」
無意識に縁下が小さく頷くと、素直でよろしいともう一度頭を撫でられた。
そっと宮内の両肩を押しやり、まっすぐにその顔を覗き込む。かなり暗闇に慣れた縁下の目は、もうハッキリと宮内の意志の強そうな表情を捉えていた。
そのままもう一度そっと近付き、互いにまぶたを閉じると、口付けを交わす。口付けの合間に、ちから、ゆたかさん、といつの間にか互いの名を呼び合っていた。
軽いキスを続けながら、そっと宮内を押し倒す。それに応じて、彼は、とさりとベッドに寝転んだ。体勢が変わった事により、より、口付けが深くなる。互いに舌を絡ませ合うと、ピチャピチャと水音がし始めた。
ちから、と呼ぶ声の端から舌を絡ませ、言葉を奪う。声ごと飲み込むようなキスは、益々、縁下の下腹部を熱くさせた。
きっちりと着込んでいた宮内の服を脱がせていく。それに合わせるように、縁下も自身の衣服を剥いでいった。カチャカチャとベルトを取り去り、ジーンズの前をくつろげる。下着だけになって触れ合う胸の熱さに、腕の筋肉の盛り上がりに、背筋のくっきりとしたくぼみに。全てに宮内らしさを汲み取り、縁下は胸が熱くなる。まさか、この人とこういうことができるようになると、あのときの、二年前の卒業式の俺は想像をしただろうか?
ふふ、と宮内が笑った吐息が縁下の耳元をくすぐる。それから、膝でぐりりと下腹部を刺激されて思わず変な声が出そうになった。
「勃ってんじゃん」
「そりゃ、そうですよ」
「なんか、嬉しいかも」
小さく呟く宮内が、縁下の右手をそっと掴み、彼の下腹部に導く。そこが明らかに反応を示していることに、縁下は確かに感動を覚えていた。
「俺も勃ってる」
「……良かった」
「ちょっと心配してた?」
「……正直、かなり」
宮内はストレートだ。大学在学中に何人かの女性と付き合っているのを耳にしていたし、成人男性としてそれなりの事は彼女としていたことだろう。そういった微妙な下ネタトークもゼミで何度か小耳に挟んでいた。だから、こうやっていざ、互いの素肌を合わせたとき、宮内が性的興奮を覚えないのでないかと縁下は危惧していた。いや、覚えないだろうと考えていたから今までそういった触れ合いに対して臆病になっていたのだ。
「力とこれからセックスすると思うと、ドキドキする」
バレてるだろうけど。
照れ笑いのように微笑む僅かな頬の曲線が、温かく漏れる彼の吐息が、益々、縁下の劣情を煽った。宮内の下腹部に添えられていた右手でぐっと下着を掴む。そのまま、左手も添えて一気に彼の履いていた下着を取り去り、放り投げた。そして、緩く勃ち上がる宮内のモノを片手で上下に扱き、もう一方の手で彼の胸を揉みしだく。
「ちょ、ちか、ら……」
突然の事態にさすがの宮内も戸惑ったのだろう。制止するような声を上げる唇に、もう一度深い口付けを落とした。下腹部を刺激される、乳首を指先で弾かれる刺激で漏れ出す宮内の嬌声まで飲み込みながら、縁下はしつこいくらいに彼の舌に、下唇に、上顎に吸い付いていた。
「ン、あ……はァ……っ」
息継ぎのために時々、縁下が唇を離すと、その隙間から宮内の聞き慣れない高い声が漏れ出る。よく考えてみれば、5つも年上で、しかも縁下よりもずっと体格の良い(背は小さいが)宮内をこうやって好きなように愛撫し、キスし、甘やかすように亀頭のぬめりを撫でることができているなんて。それはまるで縁下には奇跡のように感じられた。ずっと、夢想していた、しかし、叶わないと思っていた事が、今日、この時、叶うのだ。しかも、自分の誕生日をこの、愛おしい恋人が祝ってくれるために猥雑な準備まで行って。
そこまで考えたところで、ふと、縁下は冷静になる。
確かに子供ではないが、元はストレートな宮内が本当の意味でどこまで準備をしてくれているのだろうか? ピンと勃ち上がり、今にも白濁を放ちそうな宮内のモノを見下ろしながら、縁下は恐る恐るそのもっと奥、付け根の先のすぼまりにそっと指を這わした。
「!?」
本来ならば他人に触れられる事などほぼ無いそこは、しかし、なぜか柔らかく開閉を繰り返している。一瞬びくりと身体を跳ねさせた宮内自身も、だがすぐに「ちょっと準備足りねぇかもだから」と冷静にベッドサイドからローションを取り出す。そのあまりにも据え膳過ぎる状況に、また、縁下はカッと胸を熱くしていた。
「みや……豊、さん」
「ん?」
「ココ、どうしたんですか?」
「だから、準備したって言っただろ?」
「なん、で……」
使うだろ、とあっさりと渡されたローションとゴムを片手に、しかし、縁下は勃ち上がったまま勢いを失わない宮内の性器と、その奥のすぼまりをまじまじと眺めていた。それらはまるで元々宮内という男が男に抱かれたことでもあるのではないかと思うほどに準備万端であったから。
なんでって、と縁下の言葉を小さく繰り返す宮内の表情をに縁下の視線は釘付けになる。それは、今まで見た宮内の表情の中でも上位に食い込む色香を漂わせていたから。
「力とちゃんと、恋人になりたかったから……」
宮内の言葉の最後の方は縁下の口付けに吸い込まれていった。絡まる舌で何かを伝えようとする宮内に縁下も精一杯の愛情と感謝を伝える。今、そうするしか縁下には宮内の全ての行動への感謝を示しきれないと思っていたから。
キスをしている間に、縁下は自身の指先にたっぷりとローションをまとわせた。それから、そのまま、緩く開閉する宮内の後孔にその指をはわせ、つぷりと刺し挿入れる。
「んっ……」
「痛いですか?」
「だいじょ、ぶ」
元々、お互いに職業上、爪は長くしない方である。しかも、以前から予告されていた縁下はいつも以上に綺麗に爪を整えてあった。それにたっぷりのローションをまとわせたのだ。痛いはずはなかったが、思わず、心配になって聞き返していた。
「ヤバい。指、挿入ってる感覚が、すごい……」
ゆっくりと抜き差しし、奥にローションを塗り込むように指を動かすと、吐息混じりに宮内が呟いていた。まだ一本しか挿入れていない状態でこれでは、きっと最後までは今日はできないだろう。それでも、ここまで準備をしてくれた、しかも、縁下のために準備をしてくれた宮内の気持ちが縁下にとっては何よりも喜ばしい事に思えた。
「ありがとうございます、こんなに、頑張ってくれて……」
丁寧に内壁を撫で上げながら、縁下が呟くと、緊張と違和感に震えていただけに見えた宮内がキッと縁下を見上げてきた。
「まだまだだろ? ちゃんと最後までやるぞ?」
「え?」
「明日休みなんだから、多少の無理も利くだろ?」
「でも……」
「時間かかっても平気だから」
全然眠くない。
いつもだったら健康的な時間帯に眠いと言う宮内が、そこまで言うのだ。もちろん、縁下だって眠さなど考えてもいなかった。
請われるまま、二本目の指を刺し挿入れる。二本になった指は、宮内のソコを益々押し開き、僅かに内部のヒダが縁下からも見えそうであった。それを、奥に奥にと割り入ると、縁下の指先にコツンとシコリのようなものが当たる。
「んっ!」
その瞬間、宮内がびくりと背を跳ねさせた。こんこんとシコリを指先でつつくと、それに合わせて「あ、あ」と小さな嬌声が漏れる。縁下の指を咥え込んでいたソコが、一斉に、ぞわりと締め付けを強くしたことに縁下は益々劣情を抱いてしまう。
「ゆたかさん、きもちぃですか?」
「あ、あッ、ちから、ちからっ」
両手を縁下に伸ばしてきた宮内に応えるように、縁下は片手で宮内を抱きしめる。ぎゅうぅっと抱きつかれた縁下は思わず興奮からか、クスリと笑っていた。
「あんまり抱きつかれちゃうと、動けないです」
そう言いつつも、縁下は器用に咥え込まれた指先を動かす。宮内がよがる所ばかりを攻め立てると、きつく締まっていたソコが徐々にわやわやと縁下の指を奥に誘うように動き始めた。
「ちから、ちか、らッ……」
「指、三本目、挿入りそうですよ?」
抱きつかれたまま耳元で囁くと、宮内がブルリと身体を震わせていた。そろそろか、と思って手を伸ばした宮内の中心は、先走りでしとどに濡れていた。そのまま、後孔に三本の指を射し挿入れ、前をもう片方の手で扱く。
「ダメ、やだっ、俺だけイッちゃう!」
「良いですよ。先に出しちゃってください」
「やだ、っつてんだろ!」
そこで手を伸ばすのが宮内らしさだったろう。力の入りきらない様子の両手でまごまごと縁下の下着をずらし、下着の中から縁下の中心を取り出す。そうして、そのまま震える指先で上下にゆるゆると扱き始めた。
縁下の中心は全く触れられていなかったにもかかわらず、すっかりと硬く勃ち上がっていた。宮内が触れた先端はぬるりと滑り、幹にはしっかりと血管が浮かび上がっている。つまりは、宮内に触れられてしまえばすぐに宮内のモノと同じように限界を迎えてしまいそうであったのである。
「豊さんっ」
だが、縁下はできれば、最初に達するのならば宮内の中で達したかった。早急にコンドームのパッケージを開け、サッと自身のモノに被せる。そうして、宮内の手をかいくぐり、ひたりと先程まで指を射し挿入れていた場所に押し当てる。つい先程まで三本もの指を咥え込んでいたソコは、はくはくと物欲しげに開閉を繰り返し、どろりとローションを零していた。
ごくり、とどちらののどからか解らぬ嚥下音が部屋に響く。
「いきます」
「こい」
試合でも始るかのようなやりとりに疑問を感じる間もなく、ずぷりと縁下の先端が挿入る。
「うぁ……」
指の圧迫感とは全く比にならないだろう圧力に、宮下の両下肢がピンと張る。その両ももを両手で抱えながら、縁下は少しずつ奥へ奥へと腰を進めた。
初めてネコをする者の多くが、この瞬間にめげてしまう。それまでどれだけ勃起していた性器もその圧迫感と痛みでふにゃりと萎縮してしまう。
しかし、なぜか宮内はそうはならなかった。変わらず前を熱く滾らせ、ふっふと短く吐息を吐いていた。縁下はその熱い中心を片手に取り、丁寧に愛撫する。すると、下がってしまうと思われた片方の足を宮内自ら抱え上げていた。
「ちから、もっと、もっと、奥……」
じわじわと腰を進める縁下を急かすように、空いた片手で宮内が縁下の腕をさする。もっと、もっとと舌足らずに求める唇に思わず縁下は食らいついた。そうして、唇が腫れてしまうのではないかと思うほど吸い付き、食み、舌を、歯列を合わせる。
その衝動のまま、縁下はぐっと最奥まで腰を打ち付ける。ビクッと宮内の腰が大きく跳ねた。その瞬間、びゅっと宮内の前が弾ける。何も纏わないそれは、勢いよく跳ね、深いキスを続ける二人の顎に雫を飛ばした。
「ゆったかさ、ん、すみません……」
達した宮内の両足をもう一度抱え直し、ぐっと引き抜き、何度もピストン運動を繰り返す。縁下も限界が近かった。ぱちゅんぱちゅんと尻同士がぶつかる音に、宮内の嬌声と、縁下のくぐもった唸りが交じる。ふ、ふ、と短い呼吸を繰り返す縁下の顎からぽたりぽたりと汗がしたたっていた。シーツを握りしめるばかりだった宮内の両手がふらふらと宙に舞う。それを自身の背に絡ませると、縁下は、一層、そのピストン運動を速めた。
「ちから、ちからっ」
「ゆたかさん、ゆたかさん……ッ」
ピストン運動に合わせてお互いの腹の間でこすれる宮内のモノはまた硬度を増していた。熱く滾るソ レが、ぶるりと震えた時。いっそう、縁下が宮内の最奥を突いた時。
強い内部の収縮と共に、宮内は二度目の、縁下は初めての吐精をしたのであった。
時間を忘れてぐちゃぐちゃになるまで愛し合った二人。いくら体力があるといえども、深夜27時を過ぎたらさすがにぐったりとするものだろう。
「力」
ぐちゃぐちゃになったシーツも精液まみれの身体も洗わなくてはと思うのに、指一本動かせない。その中で、カラカラに枯れた声で、宮内が縁下を小さく呼んだ。
「お前さ、丁寧語禁止」
「どうしてですか?」
「エッチ中も丁寧語だろ。なんか、いたいけな青年をたぶらかしてる気がして悪いことしてる気がするから禁止」
「間違ってはないですけど……」
たぶらかされてはいます。のうのうとそう返す縁下の額にを宮下は弱々しいデコピンをかます。その撫でるような仕草に縁下が余裕そうに笑うと宮内は益々苦々しい表情になった。
「職場では今まで通りで良いけど、オフの時は敬語禁止。タメ語じゃなかったら返事しねぇから」
「それは困る。わかりま……わかった」
「よし」
疲れたから寝る。それだけ言うと、宮内はそのまま瞼をしっかりと閉じ、すぅすぅと寝息を立ててしまった。そのあどけない表情の横顔の下。筋張った首筋にいくつもの赤い点が残っているのを見ながら。縁下はせめて、と床に落ちていた布団をしっかりと首までかけてやった。
さて、一応。濡れタオルで身体くらい拭いてやらなければ。そう思うのに、倦怠感と充足感でついつい、宮内の眠る布団に潜り込んで温かな宮内の身体を抱きしめて瞼を閉じてしまうのだった。
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縁下力の告白
初公開日: 2023年08月09日
最終更新日: 2023年08月24日
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縁下力好きの八さんのすすめで書きます