午後1時、すなわち13時。
行きつけのとある一般チェーン喫茶店(なおデカ盛りが有名)にて、■■■は目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまったらしい。目の前には、未だ湯気を立てるKUSODEKAcoffeeが置いてある。
余りのKUSODEKAっぷりに未だ冷めていないのか、それとも睡眠時間がほんの少しだったのかは、今の■■■には判断ができない。
しかし、とりあえず確かなことは一つだ。
醒めたコーヒーなんていう、おそらくこの世で最もむなしい飲み物№1を口にしなくて済んだということである。
とりあえず何も考えず、■■■はずずずと目の前のコーヒーを手にとってすすった。
陶磁器のカタチを模したカップは、それより少し冷たい。
机の上の兎を撫でて手を温める。
アツアツのコーヒーを冷たいカップを口につけながらずずっとすすると、腹部から声がした。
【おうこら、起きろ馬鹿】
訂正、声ではない。
開口一番に馬鹿といった彼の口から声は出ない。
代わりに伝わるのは、■■■が知る感覚では説明できない言語フォーマット。
音でもなければ光でもなく声でもない。しいて言うのなら、皮膚感覚が一番近い。わかりやすいたとえをするのならば、それはつまり「表情で語る」というものだ。
「能」が一番近いだろう。あれは役割や言いたいことを、面に割り振られた役割と陰影で語る。
そんな彼の言語を、しかし■■■は正常に受け取った。
「なあに、|マサキ《かわいこちゃん》。そんなもちもちして。」
【かわいこちゃん言うな!あとそんなとってつけたような口調でしゃべるな、気持ち悪い!】
「あっそ。じゃあなおすわ。」
無関心ではないが無気力ではある態度で、■■■は一人用のソファの背もたれに飛び込んだ。
ぼふんと、チェーン店にしては嫌に高級な調度品が揺れる。
一般的な人間の体躯よりそこそこ大きく育った■■■が全力でもたれかかっても壊れない程度には上等だった。
リクライニングチェアのように、■■■の腹部にもたれかかり座っている|もの《・・》も、同じように跳ねた。
生後二か月の赤ん坊である。
誤解なきよう弁明しておくが、■■■が生んだわけではない。
というかそもそも見た目通りの子供ではない。
因みに実際に生後二か月の子供をこのようにぞんざいに扱えば、最悪首が折れる(物理)の可能性があるので良い子も悪い子もみーんなやっちゃだめだぞ☆
お姉さんとの約束だ。
それはさておき。
もちもちぷにぷにと赤ん坊の頬をつつきながら、■■■はぼんやりと周囲を見渡した。
お昼時を少し過ぎているからか、繁忙時ほどのそれではないが、周囲はいまだに人間が多い。
がやがやとしている人たちの中には、パッと見てPCに難しい顔をして向き合っている壮年の男性や、何かのレッスンをしている男女、どう見ても怪しい勧誘をしている二人組や、たまたまそこで気が合ったと言わんばかりに談笑しているおばさま方まで、鬼のような多様性がある。
時折人や盆が飛んでいる騒ぎになっているのはご愛嬌だろう。その証拠にほら、怪しい勧誘をしている人が吹き飛ばされていった。
一方、■■■たちがいる方面は平和なものである。時折銃声が向こう側から聞こえてくること以外は、何の異常もない。
此処は窓際に近い席で、放課後や終業の時刻になるとごった返すのだが、今はそうでもないので時間的にも静かだ。
まして今は団体客が多い時間なので、なおさらである。
季節も夏真っ盛り、日向ぼっこをしたい時期ではないのだから、当たり前というやつか。
机に反射する日光は、間接照明として使う分には非常に優秀である。
青い空と白い雲、そして映えわたる光が美しい。
エモいというには郷愁が足りないが、ありふれたと一周するには少々。
…否、宝物のように美しい空間だった。
「きれいだねえ。」
【そうだな。】
しかして、この赤ん坊も美しさでは負けていないのだった。
夜を溶かした湖面のような髪、月の宿る星見の瞳、何よりそこに宿る、希望の光が美しい。
その髪をゆるくなでながら、■■■はしばし、二つの蒼に見惚れていた。
【…あとはこの騒動さえ何とかなれば完璧なのにな…。】
「あっはっは。豊かでにぎやかでイイジャナイノ。」
【そういえるのは本当にお前だけだよ■■■…】
呆れながらも、撫でられる手から無理に逃れようとはしていない。
共に、空の青色を眺めている。
見ているだけで熱い夏の景色。からん、と氷の落ちる音。
■■■が頼んだのはホットコーヒーであるからして、おそらく別の人の物だろう。
この騒動の中で、なぜその音だけが聞こえてきたのかは知らないが。
机の上の白兎に、席の横の黒猫。
そんな中で、しばしぼんやりとしていた。
涼しいクーラーがガンガンに聞いた店内で、BGMを肴にコーヒーを飲む。ついでに赤ん坊に|ちょっかい出そ《肉球を無理やり触らせよ》うとする猫をいさめる。
このまま、二度寝をするのも悪くないかもしれない、そう思いながら赤ん坊を小脇に抱えた、その時。
ちゃりん!と音がして、スリープ状態の端末が明るく光った。
どこかで見たことがある光景だなあと思った瞬間には、すでにそこから誰かが出ていた。
色鮮やかで、目が死にそうな|極彩色。
光りをまとって現れ出でたその少女は、目をつむったまま向かいの席へと着席した。
白い少女である。髪も、服も、全てが白い。
髪は肩より上に切りそろえていて、ぴょろっとわずかな髪を肩に流すように二つ結びにしている。
服は|いつも《・・・》の幾何学模様が書かれたものではなく、どこかで見たようなノースリーブのシャツとローアングルのミニパンツ。その上から、夏用の日よけのためのような生地をした、幾何学模様のあるパーカーを羽織っている。
見ようによっては破廉恥だが、彼女の神秘性は、不思議とそういった色気を一切廃していた。
まるでマネキン、もしくは最上質のドールに真新しい服を着せたような、不思議な感覚。
たとえるならば、「ただ、そこにあるだけのもの」が、そこにあった。
それを担保するように、ゆっくりと、少女が目を開く。
生物にはありえない、美しい色彩の瞳。
水色の瞳孔、青色の角膜、マゼンタの虹彩。
そして何より、おしゃれと言い張るには目立ちすぎる髪飾り。
「失礼しま…」
そういいながら、彼女が■■■を見たのとちょうど同じタイミングで、■■■の背後を爆音と爆風が襲った。
なお、赤ん坊の耳は片方を■■■の横っ腹、片方を■■■の右手に覆われていたため、無事であった。
「―――――…何事ですか?」
「何も?」
【いや無理があるだろ。】
冷静な赤ん坊のツッコミをさておくように、猫とウサギがゆったりとあくびした。
■。
方向から察するに、おそらくは厨房付近だろう。
たしかここは厨房とレジが限りなく近いので、おそらくレジでひと悶着あったのだろうな。とは察せられるが、それだけである。
やる気もないし緊急性もないので、■■■はただ、コーヒーを飲むだけにとどめていた。
【…いかなくていいの?】
「私が出る幕じゃないみたいだしねえ…。」
「これで…???」
困惑したように困り果てるかわいらしい少女はともかくとして、■■■は注文を追加しようとタッチパネルに手を伸ばす。
しかし。
「…あ、やっぱりダメみたいですね(再確認)」
【だろうな】
「…」
画面には白地に黒&赤い文字で
「お手数をおかけしますが、少々トラブルが発生しております。
しばらくお待ちください。」
と書かれていた。
そりゃそうである。
「どうするんですか、これから。」
「とりあえずこのアイスココアでも飲めよ…。」
【どこから取り出した???】
懐から取り出した。
それはそれとして。
さあて、これからどうしようかな…
ふよふよと揺蕩う避難してきたオーブをふにふにしながら考える。
どこどこと走り抜ける巨大な女性が窓の外に見える。
破壊音が鳴り響く。
それがどうしてかを考える必要はない。鉄球や壁やとげは、大したことがなく破壊されている。
尊厳破壊かなあ。草。
まあそれはさておき。
「可不ちゃん、どうする?これからどこかに行きたいとかってあるかな?」
【のんきに聞いている場合か?】
「え、ええっと…何かあるかなって言われると、その…」
可不ちゃんは周囲をふらふらと見回している。特に何かをしたい様子はない。
しいて言うなら動乱の中心部をよく見ているが、それだって私にはわからないものだらけだ。
大したものではないでしょうにとは思うが、それはさておき。
ずずず、とコーヒーをすすりながら、窓の外を見る。
世界は晴天。全く持って、異常なしである。
以上しかない世界だ。
晴天強制世界、キラメキ☆レボルティオ