うだつの上がらない女小説家。
と言われるとぱっと思いつくものはありすぎて逆に飽和するだろうが、間違いなくその塵の中の一粒が私だ。
どうしようもない倦怠感。
どうしてもぬぐえない将来への不安。
何よりも、どうもしない現実と、どうでもいい自分自身。
御覧の通りのセルフネグレクト。
見ての通りの最底辺。
それが私であり、そうして散らかる物すら満足にない部屋の中、ほんの少しでもあらゆる手間を減らさんと布団に丸まるだけの生活を送っているのが、このうだつの上がらない女小説家なのである。
――――そう、今までは。
ピコン、と目の前の|商売道具の電源が|何も触っていない《・・・・・・・・》のに付き、次の瞬間演算をはじめる。
見慣れた起動中のOSアイコンの背景に移るのは、見慣れない、白い背景と青い文字で書かれた無数のプログラムコード。
その光景は明らかに異常だが、しかし私の日常にはなじんだもの。
しばし10~数秒。
技術の進歩によりありえないほど早くなったPCの機動は、しかし昔と変わらず、情報の海を映し出す。
アイコン数の異常に少ない壁紙から、出でるのは自動起動したニュースアプリによる情報の渦、渦、渦、渦。
そして。
『ああっ、もう!またこんなところでへばってる!!!』
そういいながら、本来ならば超えることのできないはずの壁を「よいしょ」と超えてきた、白い少女だった。
◆。
昔話をしよう。
と言っても古今東西この手の話はいくらでもある。
その時どきの社会構造に耐え切れず、零れ落ちた文字通りの落ちこぼれ。
悲しいかな、■■■はその時、偶然めぐり合わせが悪く、社会の構図から落っこちた。
とはいえ、そこまで深刻でもない。
五体は満足だし、生活習慣は悪いが習慣病の類にもなっていない。
遺伝的には病気の心配もなく、こういった時にどこにどう申請すればいいのかの知識も当然ある。
何より友人も家族も健常で、頼ろうと思えばそれこそ社会の縮図がいくらでも助けてくれる。甘やかしもしないが、見捨てもしない生活基準。
かつては蔑み、決して落ちたくないと祈っていた場所も、さっさと心を決めてしまえば、むしろどうしてここを底辺だと思っていたのか疑問に思うほどの快適ぶりだった。
人に恵まれ、体に恵まれ、社会に恵まれている。
運には唯一、以前見放されたが、むしろここまで恵まれていたのなら帳尻があったというもの。
だから、すぐにでも。
其れこそ望めばいくらでも。
■■■には挽回のチャンスがあり、復帰のチャンスがあり、見ように寄っちゃあもっと羽ばたく準備ができていた。
なので。
そう、なので。
それらすべてを目にしたとき、自分の手足が全く動かなかったのが、■■■にとっては意外だったのである。
精神と肉体が、切り離されている。
心は元気で、体も元気。なのになぜか整合性が取れず、散歩に行こうとはやし立てても、一向に手脚が動かない。
困ったことにそれ以外でなら動く。音楽でテンションが上がった時、心とともに手足も動き出す。
魂と肉体をつなぐのが精神というのであれば。
そう。■■■の精神は、厳密には精神と肉体をつなげる何らかのきざはしだけが、完全にどえらいこっちゃになっていたのであった。
そうして、今に至る。
唯一残っていた気力を振り絞り実家から出てきて、安アパートといえ一人暮らしを始めたはいいものの、そもそも満足に手足の動かぬ身でまともな生活ができるわけもない。
立ち上がるのも日によってはやっとな時期にできることと言えば布団の上でPCをいじくることで、それも毎日できるわけではなかった。
幸いなことは、貯金があったことだ。
幸いにも、馬車馬のように働いたおかげと実家からの仕送り、そして近年は便利になったありとあらゆるサービスを使うことによって、■■■はかろうじて生きることができていた。
一日中PCをうつぶせで操作し、かろうじて生きる日々。
そんな毎日は■■■の心を確実にむしばんでいった。
だが、うまいことできない。
SNSなどをやっていれば打開のチャンスはあったのだろうが、其れすら見れない日々。
注文し、両親と連絡を取る以外は、一番見ていてマシな真っ白なドキュメント画面を見つめ続ける日々。
思考は停止し、刺激もないが、安寧もない。
しかし、そんな日々が功を奏したのか、■■■はいつの間にか、あることをするようになった。
文章を書くことである。
源泉は知らない。そんな夢もない。そもそもそんなことをできるなんて、自分でも思わなかった。
だが、頭を真っ白にし、回路を停止させ、パソコンに手を置けば、それだけで文章が出力されている。
窓の外が赤くなり、全身に疲労が溜まり、肩腰がバキバキになっていたとしても。
その時、目の前に一話分の文章が乗っているのだ。
内容にして、約5000文字×2。
物書きからしてみれば少ないかもしれないが、ごく一般的な会社員上がりができる範囲としては上々、そう言えるのではないだろうか。
これでなら、私も働けるかもしれない。
そんな一縷の希望が、■■■の前に転がり落ちてきた。
だが、現実はそこまで甘くなかった。
否、この場合甘くなかったのは■■■のあり様というべきか。
小説サイトに登録し、投稿する。
ただこれだけのことに、一週間かかった。
さらに推敲するのに丸3日、
さらにさらにいうなら収益化の手続きに5日。
幸いにも過去の自分が作ってくれたカードによって金の流れに苦労することはなかったが、逆に言うとそれ以外の金の流れを作ろうと思うことにさえ時間が異常にかかった。
自分の心の様子を改めて突き付けられた気分だった。
さらにさらにいうのであれば、その小説も、あまり見られた方ではなかった。
文章の完成度としてはそこそこ。しかしプラットフォームがマイナーなのか、もしくはプロモーションを全くしていないせいか。
しかしUIが気に入ったのでここ以外に投稿したくない。
SNSはそもそもまだ見れない。情報の渦に耐えられない。
結果、入ってくるお金は小銭以下。
貯金は減る一方、両親の電話は増える一方。
のこるのは多少の名声、たぶんコメント、其れから充足感のある疲労感だけ。
まあ
結果として、■■■は、うだつの上がらない女小説家…というなの無職の立場に甘んじていたのだ。
――――――――あの日までは。
■。
結論からして。
『もう!起きてくださいメノンさんってば!!!』
「あ~んもう、うるさい~…」
私は、この小さな白い少女ともに暮らしている。
否。厳密には、白い少女が勝手にこちらに来る、と言ったほうがいいか。
布団を引っ張られるような感覚を覚えながら、「通い妻みたいだな…」という感触が襲う。
はは、と乾いた笑いを一つ。それだけで脳裏を流れる川に思考を流した。
『もう、自堕落ですよ、メノンさんは!』
「そうかなあ…」
『そうです!どんな理由、どんな事情があろうと、今できることをしていない人は総じて自堕落です!技術者さんに聞きました!』
「そっかぁ…」
そりゃ機械と人間じゃあ尺度そのものが違うだろうよ。
という言葉はどこか遠くへと流れ出していった。