ざざ~ん、と波打つ音が響いている。ヒュウヒュウと鳴く鳥の声は海鳥だろうか?
水平線の向こうに、真っ赤な太陽が沈んでいく。彼らの周りのゴツゴツとした岩たちは普段は真っ黒なのだろうが、それも水面も、夕日に照らされてほのかにオレンジに染まっていた。
夕日の照らす海で、2人は両手を握り合いながら、ひたすらに後悔していた。
いや、後悔していたのは天童覚だけだったかもしれない。共に居る牛島若利はただきょとんとそれを見ていたから。
「わ、若利くん、あれ、怖くないの!?」
「天童。人を指さすのは良くない」
「ぜってぇあれ、人じゃネェし!」
2人の目の前に立ち塞がっていたのは、半分顔の潰れた半透明の人間型の何か。ご丁寧に足下がよりスケルトンでゴツゴツした岩場の造形がよく見える。
どう見ても、生き物で無い『それ』。
天童はすっかり足がすくんでしまって動けなかった。しかし、なぜか牛島はただの地元住人か何かだと思っているようだ。あんなにも顔が崩れているのに。片目が見当たらないのに。要するに、天童にはその半透明の人型の『それ』が幽霊にしか見えなかった。それこそ、岩場とかで飛び込み自殺したかのようにあちこちふやけているし、左手がおかしな方向に曲がっている。精密に見れば見るほどグロテスクな様子だった。せめてもの救いはまだ夕暮れ時で、辺りがやや明るいことだろうか?
「天童。だから言ったんだ。いくら人気が無いからってやはり屋外で不埒な行為は良くない」
そう。ついさっきまで彼らはチョット良い雰囲気だったのである。二人きりの旅行、良い感じの夕日、そして、人気の無い岩場。脱ぎ掛かった衣服。
そこで、恋人同士らしい熱い口づけをした。まさにそのタイミングで、天童の背に触れた冷たい感触と、人のうめき声のような奇妙な物音がした。いつもだったら天童は無視していたことだろう。しかし、背を這う寒気が何か嫌な予感を抱かせた。そして、うめき声のする方向に視線を上げたら『それ』が目の前に居たのである。
恐怖で涙目になっている天童の衣服を戻し、自分の衣服を整える。どこまでも牛島は『それ』を地元住民と思っているらしい。そういえば、牛島は白鳥沢学園内で座敷童のような物と遭遇したときも五色だと言い張って幽霊であることを認めなかったことがあった。だから今回も、牛島は何でも無いことのように『それ』に向き合う。
「大変失礼しました。今日は早めに宿に帰ります」
そうして丁寧に頭を下げると、崩れた顔の『それ』もこくりと頷く。その頷きの動作もまっすぐ前に頭を倒すのでは無く、やや横に頭が落ちそうな勢いで傾げたものだから、天童はその奇妙な動きにまたヒョエ! と声を上げていた。
牛島の後ろに隠れる天童を、牛島は不埒な行為を見られた恥ずかしさから隠れているのだろうと思ったらしい。深くは追求せずに、帰ろう、と天童の手を引いて砂浜の方へと戻っていく。
「わ、若利くんは、幽霊とか信じナイ人?」
「信じるも信じないも。見たことが無い」
「え、じゃァ、今の人なんで顔潰れて脚透けテたの?」
「人の美醜についてそんな言い方をするのは良くない」
「美醜!? 脚透けてたの……は?」
「足が速すぎて見えないのだろう」
「すげェ解釈!?」
「俺もあそこまで素早く足を動かせる身体能力をいつか身につける」
「何のタメに!?」
天童は疑問を口にしてから自分の愚かさにがっかりした。
「バレーのために決まっているだろう?」
牛島若利はそういう男だということを誰よりもよく理解しているのは天童であるはずなのに。
「もーイーや。宿帰って、続きシよ」
「そうだな」
彼らが宿に帰ったあとも、『それ』が熱心に彼らの様子を見ていたのを、お互いしか見ていない彼らは今度は全く気付かないのだった。