「やあ、こんにちは。或いはこんばんは、おはよう、Hello、Bonjour、你好。ふむ、まだまだ全然言えるけれど、一旦こんなものだろうかね。私の名前はサンジェルマン。サン・ジェルマンだ。只のしがない享楽主義のペテン師さ。いや、宮廷魔術師とも、稀代の奇術師とも、或いはただのホラ吹き野郎とも揶揄されることのある、何処にでもいるようで、何処にもいない、君の瞳にしか存在しないかもしれない男の名前さ。
 なに、どうせすぐに忘れてしまうのだから、憶えていなくても構わないよ。再会の暁には私は何度だって名乗りを挙げるからね。朗々と、高らかに! 故に、どうか、お見知りおきを、お客人。ん? ここは何処かって? 何処だろうね、何処が良いかい? 私としては、雲ひとつない晴れの2月の正午の、美術館なんてロマンティックでおすすめなのだけれど。そう、特にこだわりがないのであれば、その設定で行こう。大丈夫さ、想像力は無限なんだ。目を瞑って、想像してごらん。
 少し肌寒い季節の、澄み渡るような青空を。冬空は澄んで雲は少ないが、その分昼間の日差しはぽかぽかと暖かろうね。そんな日に君は、散歩に出るんだ。そう、ふとそういえば久しぶりに美術館にでも行こうかな、と思案してね。うん、我ながら良い感じだ。その調子。そして君はチケットを購入して、静かな美術館に足を踏み入れる。そうだな、平日の正午はお客さんもまばらでね。ゆっくりと、静かに、古今東西の美術品を鑑賞出来る。そうして君はひとつの絵に目を奪われるのさ。
 それはひとつの大きな絵だった。一辺が4メートル近い、大きな絵だ。青い絵の具に、異国情緒あふれる女たちがひとつの人生を表している絵画だ。その絵画の名は『D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?』という。これはフランス語だね。『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』と訳されることもある。素晴らしい絵だろう? 私はこの絵を見るたびに、つい後ろ手を組んでしげしげと眺めてしまうものだ。その出来の良さに、美しさにね。だから君もきっと、後ろ手を組んでこの大作を眺めることになるだろう。自身の手首をぐるりと一周掴んで、骨の硬さを感じながら、この絵の問いについて深く、深く考えておくれ。
 『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』うん、良い問いだね。人生の集大成と言っても良い。この問いの解を得るために人は人生と言う長い長い航路に就き、やがてその旅の終着点へと辿り着くのだろう。私はね、そういう人の人生の答えを得る瞬間を見届けることを至上の歓びとしているのかもしれないな。ん? 私の答えかい? そうだなぁ、まだ考え途中だと言いたいが、特別出血サービスだ! 全てではないが、いくつかは答えてあげようじゃないか。私はサンジェルマン、サン・ジェルマンだ! 君の道標であり、破滅を匂わせる警告者であり、終わりを告げる預言者であり、時には希望の枝を咥えた鳩となる事もある男さ。そうして、私が行く先は、君が人生の問いに解を得る瞬間の未来であり、過去だ。だからどうか、君がどこから来て、君が何者で、君がどこに行くのか。その解を得た時、また再び私は君の目の前に姿を現すだろう! ん? お前はどこから来たのか? ふふ、それは秘密と言うものさ。ペテン師が己の手の内を明かしたら面白くないだろう? だから、その話は君が君自身の解を得た後のエンドロールにでも取っておこう。以上! 君の人生を彩るただの夢幻の詐欺師、サンジェルマンでした!」
サンジェルマンさんは雲ひとつない晴れの2月の正午、美術館の飾られた絵の前で手首の骨は案外飛び出ていると気がついたときの話をしてください。
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初公開日: 2026年07月15日
最終更新日: 2026年07月15日
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サンジェルマンさんは雲ひとつない晴れの2月の正午、美術館の飾られた絵の前で手首の骨は案外飛び出ていると気がついたときの話をしてください。
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