『穏やかな午後を胸に』
午後は眠気との戦いだ。ただでさえ睡魔を誘うトレイン先生の低く落ち着いた声が、昼食直後の満ち足りた身にはあまりにも強い引力をもって夢の世界へ引きずり込もうとしてくる。
抗えている者は少なかった。グリムはとっくに鼻提灯を浮かべていたし、教科書の数ページ先を読んでいたエースもしばらくは気を抜いて問題なしと判断したらしく姿勢をそれとなく崩し始めた。デュースは懸命に授業に耳を傾けてはノートにペンを走らせているが、時折ガクリと船を漕ぐので今日はどうも落ちてしまいそうな気配がする。
かく言う監督生自身も、周りに視線を飛ばすことで意識を現実に繋ぎ止めようとしているに過ぎない体たらくだ。魔法史への興味はこの世界で過ごす時間に比例して増してきているが、物語を聞かされているような感覚は元居た世界の歴史の授業でもさして違いはない。入眠効果は抜群だった。
ぼやけた視界の隅でデュースが机に伏してしまうのを捉えたのを最後に、監督生は睡魔への抵抗を諦めた。
妖精の力により温度管理の行き届いた教室で、魔法が当然の世界の歴史を聞きながら、炎や風や大釜を自在に出せる気の置けない“マブダチ”と揃って眠りに沈んでいく。
そう珍しくはないこの日の授業中のうたた寝は、これもまたそう珍しくなくトレイン先生の威厳ある低音が教室中に重量をもって響くまでの、僅かな時間のことだった。
棺の中で目覚めた世界が日常になっていく中で、帰ることを諦めてはいなかった。けれど、この時間をいとおしく思う気持ちもまた、本当で。
だから、いざ戻れる日が決まった時にあふれ出した涙は純粋な歓喜のものでは決してなかった。
「がんどぐぜい、よかっだな……!! ほんっどうに、よがっ……!!!」
顔をくしゃくしゃにして肩を叩くデュースが繰り返す『よかった』は途中から言葉にできないで代わりに叩く力が強くなった。
「え、ちょっと、みんなしてガチ泣き? せっかく元の世界に戻れるんだからそんな湿っぽい喜び方すんなって」
茶化すエースはいつもの笑いを浮かべようとして失敗していたし、声は震えていた。
「オマエはこのっ、大魔法士グリムの子分、なんだゾっ!! オレ様の子分は、ぜっ、絶対にシアワセにならなきゃなんないんだゾッッ!!」
ぐずぐずと鼻を鳴らすグリムの目からは大粒の涙が後から後から零れるのに、帰るな、とは決して口にしなかった。
報告をしたオンボロ寮で、たくさん泣いて、たくさん話して、たくさん笑って、また少し泣いて、気付けば三人と一匹で雑魚寝して眠っていた。
朝、一足先に目が覚めて見渡した寝顔にふといつとも定まらない授業中の午睡を思って、一人でまた少しだけ鼻をすすった。
誰もがよく。本当によく、泣いた。泣いてくれた。
それでも。
『必ずまた会おう』と約束したから、鏡に向かうその瞬間にはもう、誰も泣かなかった。
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診断メーカー:『あなたに書いて欲しい物語』様より
『noeさんには「午後は眠気との戦いだ」で始まり、「それでも君は泣かなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字程度)でお願いします。
#書き出しと終わり #shindanmaker