『侑ちゃん……助けて……!』
 ある日の午後、珍しく陽ちゃんから電話がかかってきたかと思えば、切羽詰まった声がわたしを呼んだ。
「えっ、なに、なにがあったの?!」
『いいからとにかく来て! あいつが、あいつがいるの……!』
「あいつって――」
 いやな想像が浮かぶ。もしやストーカー?
 陽ちゃん、自覚ないみたいだけど普通にいい人だし。
 それとももしや佐伯先輩の方? ……いやまっさかぁ。
 いやそんな暢気にしてる場合じゃない。
「警察には?」
『え、警察?』
 現状を把握する前にどれだけ対応してるかと聞き出そうとしたところ、急に不思議そうな疑問の声が上がる。
 ……ん?
「えっと陽ちゃん、今の状況を教えてもらえる?」
『え? あいつが出たから遠巻きに見てるけど』
 ストーカーにしちゃ対応が暢気過ぎない?
 え、じゃあなに?
「あいつって?」
『あいつってあいつだよ! 名前を口にするのも憚られるあの!』
「ごめん分かんない」
『なんで分かんないの?!』
「そりゃ具体名じゃないからだよ」
『つまり、出たの! あの、黒光りするGが!』
 ……。
「……あー」
『早く助けに来てよー侑ちゃーん!』
 急激に脱力したわたしを陽ちゃんが呼ぶけれど、それに応じるのは多大に躊躇われた。
 なんにせよ、取り越し苦労なようでなによりだった。
 ――それはそれとして、陽ちゃん宅に急行したわたしは、例のあいつに対処してから、陽ちゃんに変な勘違いを生むからそういうのは止めなさいとしっかりお説教をした。
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「ごめんねー侑ちゃん、お騒がせして」
 陽ちゃんがコーヒーを淹れながら謝ってくる。どうやら佐伯先輩が持ち込んだコーヒーメーカーと豆らしい。いい香りが鼻を衝いてむずむずする。
「いやほんとだよもう……」
 その言葉にわたしは心底から肩を落とした。
 お騒がせにもほどがあるでしょ。高々ゴキくらいで。
「高々じゃないでしょ?! GだよG?!」
「別に追い払えばいいじゃん」
「いや無理でしょ。あいつら無駄にすばしっこいし逆突いてくるし」
「ジェット使えばいいじゃん」
「目を離したらどっか消えるじゃん。その方が怖いよ」
 あー。気持ちは分かる。分かるのだけど、そこまで警戒しなくてもよくない?
「大体なんでわたしなのさ。佐伯先輩を呼べば――」
 そこまで口にしてわたしは思い出した。そもそも高校の時、わたしが手伝いからそのまま生徒会への残留を強く熱望された理由を。
「……ごめん。そうだったね」
「だから頼れるのは侑ちゃんしか……」
 確かに燈子もダメだったわ。うん。仕方ないね。納得したくないけど。
 肝心の先輩たちがそれじゃダメなんじゃ? わたしは訝しんだ。
「それにしても、陽ちゃん家ってなんか物が少ないね」
 気分を入れ替えたわたしは、辺りを見渡しながらそう言った。
 地味に陽ちゃん家に初めて上がり込んだからなのかもしれないけど、いやに物が少ない。
 別にまるでないわけじゃないけど。
「このクッションいいね、柔らかいけど厚みあって」
「あ、それは沙弥香先輩が持ってきたの」
 へぇ、と納得しかけたけどちょっと待って、もう一つのクッションも同じのなんだけど?
「カーペットはどこの? 結構ふかふか」
「んー、沙弥香先輩が買ってきた奴だから分かんないなぁ」
 え、これも?
「観葉植物は陽ちゃんの?」
「スーパー寄った時に沙弥香先輩が」
「これは? この本」
「それも沙弥香先輩の」
 ふと目に留まった、陽ちゃんのイメージ像からはかけ離れた小難しそうな評論の新書を手に取ると、陽ちゃんはやはりなにごともなくそう答えた。
 ……え、ちょっと待って、この部屋陽ちゃんの物どんだけあるの?
 佐伯先輩が私物持ち込みすぎってよか、陽ちゃんが物持たな過ぎるのでは?
 あのコーヒーメーカーも佐伯先輩のだし、それこそ服とか食器とか教科書とかそんぐらいなんじゃ……。
 ……いけない、この現状見てるとそれらですら佐伯先輩の物に見えてくる……。
 これはどっちが魔性なのだろう。貢ぐ佐伯先輩なのか貢がせる陽ちゃんなのか。いやその表現は誤解があり過ぎるけど。
 まぁそれは佐伯先輩がここに入り浸ってる証拠、陽ちゃんがそれを許してる証拠でもあるし、本人同士が幸せならそれでもいい……の、かな?
 ……よくよく考えたらわたしも似たようなことしてたけど。でも燈子も物少ないけどここまでじゃないし……。
 そんなこんなで、折角友達の家に遊びに来たようなものなのに、そんなことを考えてたからかコーヒーの味もろくに覚えられない一日となった。
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