ふと思い返すに、あの人――思い出すのにも気が進まない先輩は、きっと「真実の愛」があるのだと、純朴に思っていたのではないだろうか。
 そんな風に考えられるようになったのは、燈子に告白して振られ、そしてハルと付き合うようになったからこそなのだろう。燈子に恋をして自分が女の子を好きになる人間なのだと認め、私なりの「好き」と燈子にとっての「好き」を知り、ころころと心が変遷していくハルと一緒に過ごしているから。
 つまるところ……あの人のことが割とどうでもよくなったがために、昔に比べて冷静に捉えられるようになったのだと思う。
 いや、今でも思い出す度に腹立たしいのだけれど。視界に入ったら全力回避する自信があるけど。
 理不尽な関係解消への悲しみや苛立ちはこれほどまでに薄れている。
 あの人はよく「憧れ」を口にしていた。きっと物語の中にあるきらきらとしたものに憧れてたんだろう。そうして私に告白したはずなのだから。
 実際のところ、先輩はその憧れから手近な私を選んだのだろうか? それとも私に憧れたものを感じたから?
 いずれにせよ、もはやどうでもいいことだけど。
 あの時……高校時代に再会したあの時には、先輩にとって私はそんなものじゃなくなってた。
 先輩が憧れた「真実の愛」はきっと、永遠に変わらない感情、ずっときらきらし続けるものだったんじゃないだろうか。
 だから変わってしまった自分の気持ちに対して、「一時の気の迷い」だなんて言えたのだ。
 今もその気持ちは、その「憧れ」は、変わっていないのだろうか。
 ……そう考えるとやっぱり私はあの人に振り回されるばかりだったな。余計腹立たしくなってきた。
 自分に一歩踏み出す勇気がなかった、というのもまた事実ではあるけれど。燈子にも同じように振り回されてたけど、私から踏み込めたからこそ今でも良好な関係は保ててるのはあるだろう。
 なにより燈子は変わった。自分が変わったからこそ、変わらないものなんかないと気付いて。
 ハルも変わる。気が変わっていつか私から離れるかもしれない。だけどその時はきっと、あの人と違って私を見た結果だと思う。
「沙弥香せんぱーい」
 手慰みの思考はその声に現実へと引き戻される。
 私の好きな声なのだから。
「遅れてごめん、電車が遅れちゃって」
 バタバタと駆け寄ってくるハルを見た私は、一頁も進まなかった文庫本を閉じて、レジャーシートの上に置いた。
「連絡くれたからいいわよ。ここでよかったわよね?」
「ばっちし!」
 ――今日はハルとお花見をする約束をしていた。
 お花見なんだから張り切っていたハルの弁当が早速開陳されると、宣言に違わず美味しそうなにおいを漂わせている。
 ……まだ出会って一年足らず。不安がまるでないといったら嘘になるけれど。
 ハルとなら、ずっと一緒にいられる気がした。
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