「もしかして…」
「ヨレンタの彼氏?」
「ゲホッゲホッゴホッ…友だちです!!」
「よかった〜」
「佐々木くん、言ってました!『俺の父親もノヴァクさんみたいな人だったのかも』って!」
「…それ…」
「…褒めてるの?」
「はい!きっとそうです!」
「最近、私のパパもノヴァクさんみたいな人だったらいいなって思うようになったんです」
「もしそうだったら、嬉しいな」
「ヨレンタは絶対幸せになるし、それはノヴァクさんの力があってこそだと思います。素敵ですよ。どうか、ヨレンタと同じようにご自分のことも誇ってくださいね。少なくとも私は、友人の父親がこれほど愛情深く、娘の成長を見守ることのできる人物だという事実がたまらなく誇らしいですよ」
「いつだって犠牲になるのは子どもか…」
「え?」
「いや、こっちの話だよ」
「私も」
「私も、ノヴァクさんみたいなパパが欲しかったな……」
かろうじて笑顔を象った睫毛から、受け止めきれなかった数滴が光って落ちた。瞬間、ヨレンタはそれ目掛けて落ちる流星のような勢いで彼女を抱きしめた、そのまま目を閉じ、涙も出ない怒りと悲しみを祈りに焚べる。
佐々木も静かにヨレンタの背を抱いた。肉付きの薄い腕と手のひらが自分を包む。きっと聖母はこのように触れるのだろうとヨレンタは思う。その腕が覆い方が、自らの背の輪郭、背骨の凹凸、肩甲乙の丘の全てに添って、優しすぎたから。
「元気でね、ヨレンタ。
ノヴァクさんにも、よろしくね」
囁く声までもやはり優しい。寝る子を起こさぬようような、平穏の維持に尽くしているような、もう何ものに対しても変化を望まぬ声色をしている。全てを受け入れた佐々木へ、ヨレンタはしがみついていた。
開いたが、言葉どころか自らの呼吸さえままならず、代わりに、熱が胸から脳、手足に至るまでどんどん伝わっていく。体内でどんどん高まっていく圧力に耐えられなくなったヨレンタの手腕は佐々木の肩へ伸び、そのまま自分の身体へと強く引き寄せた。
「どこの会社?」
「……? どうしたの」
「あ、ごめん。ぼーっとしてて」
「えーっとね」
「内緒」
「え?」
ざーー。鼓膜を直接叩くような雨音で、車内の沈黙が満たされた。ノヴァクはバックミラーへ視線を上げる。少女の肩から上のみがそこへ写っていた。本人の見目の良さもあってか、楕円に切り抜かれているようなそれは何かの広告を思わせた。
「……本気で言ってるのか」
「親はなんて?」
「その親が言ったの。夜の仕事しろって」
ま、親って言うか保護者だけど。
彼女はにこっと笑った。
「返してほしいんだって。私が学校とか食べるものとかで使ったお金」
「ヨレンタが羨ましい」
「……なんで?」
「ノヴァクさんみたいなパパがいて」
「私も、ノヴァクさんみたいなパパが欲しかったな」
「そしたら……」
「……」
「さすがに出ます。門限過ぎてるから相当怒られちゃうなー、これは」
「仕事のこと、絶対ヨレンタには言わないでくださいね」
「ヨレンタがどんなにいい子だったって、そんなんしてる友だちはさすがにキモいっしょ」
「私、ヨレンタとは友だちでいたいんです」
「あ…でもノヴァクさんが嫌なら──」
「ヨレンタは自分で友だちを選ぶ。そこに制限をかける権利は私にはない。ヨレンタが君のことを好きじゃなくなったら、ヨレンタは自分から君と距離を取るだろう」
「……うん」
「……」
「……」
「結局これか……」
「え?」
「いや、人を守ることは難しいんだなってね」
「私のこと?」
「そうだよ」
「私、自分が酷いことされてるなんて思ってないよ。施設に預けられたり、もっと酷いことされる人だって世の中にはいると思う。でもおじさんは私に家で生活させてくれるし、学校にも行かせてくれるし、暴力を振るわれたりもしないもん」
「ただ、私より私にかけたお金の方が大事な人ってだけ。別にそれ以外は普通だよ」
「……」
「そうかな……」
「……私はそうは思えないよ。経緯は違えど、同じ親となった身としてはね」
「……」
「うん」
「……ありがとう」
電話来る
「おじさんだ」
「ごめんなさい!もう家の前にいるんです。友だちのお父さんに送ってもらってきてて」
「代わって」
「え?」
「……えっ」
「もしもし!もしもし? ……突然申し訳ない、私の娘があなたの姪っ子さんをなかなか離そうとしなくてね……ははは!最もだ……私はノヴァクと申します、はい、娘が同じ部活動に所属してまして……」
「……」
「ふう。はい、ごめんね突然取っちゃって」
「い、いえ」
「おじさん、少し声が大きいね。話してて怖いときない? 私の上司みたいで嫌だなー」
「あ……ど、どうだろ……」
「……」
「……他人と関わりがあることを意識させると」