ああ、村が、燃えている。赤く、熱く、凍てつく冬の闇を裂くように、全てが、燃えている。
 父が、母が、思い出が、全て灰へと化していく。
 皆の顔は、苦痛とも悲しみとも、諦めともその全てとも言える表情に満ちている。
 私のせいだ。全て、私の――
「――ぇ、ねえ、大丈夫かい?」
 肩を叩かれる感触と、心配そうな声にハッと目が覚めた。
「っ、昆奈門、様……?」
 跳ね起き、荒い呼吸のまま、隣で身を起こしてこちらを心配そうに覗き込んでいた昆奈門様を見た。
「ひどく魘されていたから起こしたけど……大丈夫? 具合が悪い?」
「すみません、大丈夫です。夢見が、悪かっただけなので」
 落ち着いた気遣わしげな声に、表情が緩む。それでもなお、昆奈門様は心配そうにこちらを見ていた。
「君が、そんなに魘されるなんて珍しいから、心配したよ。どんな夢だったの?」
 昆奈門様の大きな手が私の頬へ伸ばされ、優しく撫でられる。その温かい手に、泣きそうなほど安堵した。
「村が、焼けた時のことを、夢に見ておりました」
 十年前、ニガクリダケとハナイグチの戦が起きた時に焼け落ちた霞田村。
 私の生まれ育った村だ。
「そうか……それは、辛いことを思い出したね」
 労しそうに私を見つめる昆奈門様の眼差しに、胸が痛む。
 ああ、昆奈門様は、ハナイグチの手によって村が焼かれたと思っているに違いない。
「昆奈門様。里の秘密で、一つお話ししていなかったことがあります」
 私は、このまま胸に留めているのも心苦しく、口を開いた。
「秘密?」
 昆奈門様は首を傾げて聞き返す。
「隠れ里の手前の村……霞田村を焼くよう仕向けたのは、私です」
 私の言葉に、昆奈門様の目が見開かれる。
「それは、どういう……?」
 昆奈門様の信じられないような言葉に、苦笑を返す。
「話を、聞いていただけますか」
「ああ、もちろん」
 私が座り直して昆奈門様へ向きなおれば、昆奈門様も改まった様子で頷いてくださった。
「あれは、私が十二の時でした――」
 目に浮かぶのは、燃え上がる村の様子。私は、全てを話すことにした。
******
 ハナイグチとニガクリダケの戦が起きたのは、十年前、私が十二の時でした。
 それまで、年貢逃れのための隠れ里を擁していることを除けば、村はごく普通の山里の小さな村でした。
 私はといえば、村唯一の医者の娘で、生まれつき目の見えない妹の世話も焼きつつ、父や母と幸せに暮らしておりました。
 ごく普通の家庭と言うには、私は些か、普通ではない子供でした。
「センリちゃんは賢いねえ。先生の真似をしているのかねぇ」
「あはは、そうかもしれません……」
 八つの時でした。初めて私が村人の応急処置した際、助けられた村人からお礼を言われ、父は驚いたそうです。
 その日は非常に暑い日で、農作業をしていた近所の人が倒れたところに私が偶然、遭遇しました。
 周囲の大人が慌てる中、私はその人の様子を見て日射病だと判断し、日陰になっている小川に入れて身体を冷やし、水を飲ませるように周囲の人に指示したのでした。
 父は、確かに自分ならそう判断するが、娘にそんなことは教えていないし、教える機会すらなかったと。
「センリ、どうしてあんな処置をしたんだい」
 父は村の人が居なくなってから、私に尋ねました。
「だって、トキおばちゃんの症状から、それが正しいと思ったから」
「お前、私の医学書を読んだのか」
 父は驚いて尋ねました。
「うん。お父さんのお手伝いをしたくて……勝手に、ごめんなさい」
 貴重な医学書を勝手に読んだことを怒られるかと思って、恐る恐る謝れば父は目を瞠りました。
「いや、それはいいんだ。まさか読めるとは……しかし、ただの貧血だとは思わなかったのか?」
 知識があるのと実際に診断ができることはまた別です。父は興味深そうに聞きました。
「だって、体温も高かったし、この暑さの中、汗をかいてないのはおかしいもの」
 人が倒れた状況で、普通は取り乱すのに、それを冷静に判断するのは大人でも素人には難しく、そこで、父は理解したそうです。
 勘のいい娘だとは思っていたが、それは洞察力が異常に高いせいだ、と。
 父のその分析と判断は、私にとっては幸運なことでした。
 この異常な洞察力の高さ――『先見の目』の力があっても、父は私をただの子供として、大事な娘として扱ってくれました。
「搾取してはいけない。でも与えすぎてもいけない。センリ、お前のその賢さは注意して扱わねばならないよ。誰かの考える力を奪わぬよう、最低限に使いなさい」
 父が、私によく言い聞かせた言葉でした。
 恐らく、父は私がこの洞察力によって、神の子か何かとして宗教的に祭り上げられることを恐れて、そのようなことを言い聞かせたのだと思います。
 私はその教えを守りました。どうしても困っている人が居れば、あくまで父から聞いたことがあるという体で、助けました。
 ですからその頃は、医者の娘だから父の教えのおかげで賢いセンリ、という印象で通っていました。
 そして十二の時、ハナイグチとニガクリダケの戦が始まりました。父は戦医として駆り出され、母もその手伝いに着いていきました。
 私は、妹とともに叔母の家に預けられました。叔母も医者の心得があったので、戦場へ行った父の代わりに村の医者の仕事を引き継ぎ、私はその手伝いを進んでしました。
 父からある程度、私の事情を聞いていた叔母でしたが、実際に一緒に暮らして、父と同じ危機感を覚えたそうです。
 この子は利発すぎると。
 叔母が忙しくしていれば、進んで年下の従妹や妹の面倒をみる。言われずとも家事を先回りしてやる。叔母が疲れた頃を見計らって茶を淹れる。
 診療にやってくる患者が不安そうにしていれば、無邪気な子供として話しかけて気を紛らわす。薬の減り具合を覚えていて、薬草を仕入れる叔母に進言する。
 そんな私の行動を見かねて、叔母は私に注意しました。
「センリ、あまり大人みたいなことをし過ぎたらいけない。アンタはまだ子供なんだから、気を回さず大人に甘えておきなさい」
 叔母に深刻な顔で言われて、私は苦笑しました。
「でも、叔母さんだって一人でお父さんの分まで医者の仕事をして大変でしょう。叔父さんだって戦に取られて不安だろうし……面倒を見てもらっているんだもの。これくらいやって当然よ。お父さんも『叔母さんの手伝いをするんだよ』って言ってたし」
「兄さんの言う『手伝い』は、そこまで求めてないよ。あたしに手伝いを求められたらその通りやるくらいのことさ。『与えすぎてはいけない』と言われているだろう」
 父の教えを引き合いに出して、叔母はなおも注意します。
「でも、自分に出来ることがあるならやりたい。叔母さんは私の憧れで、大好きだもの」
 私が笑って答えれば、叔母はどこか悲しそうに微笑んで私のことを抱き締めました。
「叔母さん?」
「アンタは本当にいい子だよ。いい子過ぎて、申し訳なくなるくらいさ……ねえセンリ、アンタのその優しさは美徳だけど、それで自分の気持ちを蔑ろにしたらダメだよ」
 私が驚いて聞き返せば、叔母はどこか苦しげに言い聞かせました。
「『蔑ろ』だなんて、大げさね。私は、私の大事な人を大切にしたいだけだよ。叔母さんも、マリも、さくらも、かえでも、大好きだから。皆が楽しく暮らせるようにしたいの。それには、叔母さんを手伝うのが手っ取り早いでしょ?」
 当然の帰結としてそう述べた私を抱きしめる叔母の力が強まりました。
「まったく、聞き分けがいいくせに妙なところで頑固なんだから……じゃあ、あたしがたんと甘やかすから、その時はちゃんと甘えること」
 叔母は笑って言います。
「ええ? 何それ、変なの」
 大人が子供へもっとしっかりしなさい、甘えるな、と言うのは見たことがあっても、甘えることを指摘されることは見たことがなかったので、私は驚いて言いました。
「私だって可愛い姪を大事にしたいのさ。とにかく、もう少し子供らしく大人に甘えなさい。たまには、我儘の一つでも言ったらどうだい」
 叔母に言われて、私は困りました。
 ただでさえ、叔母には生まれつき灰を患っている目の見えぬ妹と一緒にお世話になっていて、よくしてもらっているというのに、これ以上何を望めばいいのかと、思ったのです。
「ええと、じゃあ……私に、医学を教えてもらえないかな? 私もね、お父さんみたいな医者になりたいの。いずれお父さんや叔母さんがお年寄りになって亡くなった時に、村に医者が居なくなると困るでしょ? 勿論、叔母さんが忙しいのは、分かってるんだけど……」
 ようやく絞り出したのは、かねがね思っていた医者になりたいという夢でした。
「アンタの望みは、どこまでも、誰かの役に立つことなんだね……いいよ、お安い御用さ」
 目を丸くした叔母は、優しく私の頭を撫でました。
「ありがとう! あ、そろそろマリの薬の時間だから、私、もう行くね」
 快く受け入れてくれた叔母に礼を言って、妹の薬の準備のために立ち上がりました。
「ああ、もうそんな時間か。私も行くよ」
「いいよ、叔母さんは午後の診療の準備をしてて」
 私が笑って答えるのを見て、叔母は肩を竦めました。
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砂凪
いらしゃいませ!何かあればぜひコメントをどうぞ~
48:26
砂凪
今日はいったんここまでにします!ありがとうございました!
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zat夢文庫版書き下ろし原稿
初公開日: 2026年07月12日
最終更新日: 2026年07月12日
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「雑渡昆奈門と先見の仙女」のイベント頒布用文庫本の書き下ろし用の話。