振袖に袖を通し、着付けてもらっていると、不意に感慨が頭をよぎった。
――そっか。私、もうすっかりお姉ちゃんよりも年上になっちゃったんだ。
おかしな話だ。私はもう十九――来月には二十歳になる。お姉ちゃんは十七で止まったまま。もはや高校生を見れば、若くていいなぁなんて微笑ましく感じてしまうような年齢になった。
だのに記憶の中のお姉ちゃんは未だ私にとってお姉ちゃんだった。仮に今、目の前にあの頃のお姉ちゃんが現れたとしても、きっと私は「お姉ちゃん」と呼んで甘えることだろう。
私にとってお姉ちゃんはずっとお姉ちゃんのままだから。
だからこそ忘れていた――もう自分の年齢がお姉ちゃんのそれを上回っていたことを。
ふ、と小さく漏れた笑いに、着付けの人が「帯キツイですか?」と訊ねてくるのを首を振って誤魔化して、再び物思いへと戻る。
記憶はもうだいぶ薄れてしまってるから、正確じゃないかもしれない。昔はそれこそ、強迫観念のように何度も思い返していたから覚えていたようなことも、ここしばらくはそういうこともしなくなってたから。
だけどやっぱり、今から振り返ったお姉ちゃんは昔思い込んでたお姉ちゃんのままじゃない。
思えば意外とやんちゃというか、子供っぽい人だった。あの頃のお姉ちゃんの中に、高校生らしい稚気を、大人っぽく振る舞おうとする背伸びを、今の私は感じるのだ。
それがなんだか、ちょっと……嬉しい。嬉しいというか、お姉ちゃんよりも年上になったんだという感慨に加えて、年下に対するほんのちょっぴりの優越感みたいなものを感じる。
まだお姉ちゃんだと思ってるのに、なんだか矛盾してるような気もする。
でもそれが私だった。
着付けの間は暇だし折角だから、ともっとお姉ちゃんの想像を遊ばせてみる。
……もしお姉ちゃんが生きてたら、今は二十七歳。就職して社会人になってるはずだ。
お姉ちゃんはどんな会社に入っただろう。なにをしていただろう。
今の私を見て、なんて声をかけてくれただろう。
ちょっとは「がんばってるね」なんて言ってくれるだろうか。言ってくれそうな気がする。あの優しいお姉ちゃんのことだから。
あぁでももしお姉ちゃんがいたら、侑との関係をなんて言うだろう。誰かに話すとしたらお姉ちゃんに真っ先に話すだろうし。
意外と私を取られたみたいに思って侑に挑戦状を叩き付けたりするだろうか。そしたら私はどっちに付けば……いややっぱ侑かな。うん。
逆にお姉ちゃんが侑に「妹をよろしく」って素直に頭を下げるかも。
……脳内の二人が「燈子の相手は大変だと思うけど」「まぁ今に始まったことじゃないですし」と意気投合して私の悪態を吐き始めたので、考えるのを止めることにした。
そりゃ自覚あるけど。自覚あるからこそ侑に迷惑とか心配とかなるべくかけないようにしてるよ、うん。そのはず。
……思えば、お姉ちゃんがいなくなったことは、ずっと大切なものがなくなったという風にしか考えられなかった。実際そうだから。
だけど。お姉ちゃんがいなくなったことで、私は侑と出会えた。
お姉ちゃんを目指したことで、努力の仕方を、平均以上の成績と運動神経を手に入れた。
沙弥香という、私にはもったいない友人もできた。
自分のやりたいことが見つかった。
私は、私になれた。
それはお姉ちゃんがいなくなったっていう悲しい出来事があったから。
……別れは、悲しくて、辛くて、失うことはいやなことだけれど。
それだけじゃない。失うことで新しく得るものもあるんだと。
私はお姉ちゃんに教えてもらった。……それにようやく気付けた。
だから――
「着付け、終わりました。いかがですか?」
着付けの人がそう言って鏡を用意し、私を映してくれる。
そこに映っていたのは、振袖に着飾られた私。
お姉ちゃんとよく似た、だけどお姉ちゃんじゃない、私が映ってる。
「ありがとうございます。こんなによくしてもらって」
「いいえ、こちらこそこんな美人さんを着付けさせてもらって」
「あはは……」
未だにそういう褒め言葉には慣れないけど。
もう一度お礼を伝えて、草履を踏み鳴らしながら踵を返すと、店員さんから見送りの言葉が投げかけられた。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
「行ってきます」
――お姉ちゃん。
私、大人になったよ。
まだそんな実感はないし、お父さんにもお母さんにも、侑にも迷惑かけてばっかで情けない妹だけど。
今の私はきっと、お姉ちゃんに向けて胸を張れるような私だと思うから。
店の外に出る。
寒空の下で、鼻を赤くして待っていた彼女のところに、私は歩みを進めていった。