「うーん・・・どうしよ・・・」
真っ白の原稿を前に、私はかれこれ三時間ほどペンを持って固まったまま唸っていた。足元には、ぐしゃぐしゃに丸まった幾つもの紙が堆く積みあがっている。ああ、後で掃除しないとな。そんな余計な考えがまた脳裏を過ってしまって、私は発狂しそうになりながら頭を掻きむしった。
「あーもう!また色々飛んだ!!」
漫画家鬼頭はるかは、ここ一か月程スランプに陥っている。あの戦い以来数年ぶりのそれは思いの外しぶとくて、納得のいく原稿が中々完成せず、結果今は体調不良の体で休載している。不本意な事だけど、微妙な出来の漫画を読者に提供するのは、私の漫画家のプライドが許さないのだ。
結局今日も、紙の山を少し高くした所で書くのを断念した。今は私の人気と編集部の好意のお陰で何とかなってるけど、このまま新しい原稿をいつまでも出さなかったら、いつか愛想を尽かされるだろう。このままではいけないとわかっているのに、事態をどうにかする術を今の私は持ち合わせていなかった。
時刻はまだ昼間。最早仕事が出来ない以上何かして時間を潰すしかないが、平日の真っ昼間から暇している知り合いは猿原さんしかいない。・・・いや、猿原さんがいたわ。あの人に連絡して、ついでにスランプについて何か相談してみるか。そう思ってスマホを手に取ると、私が電源ボタンを押すよりも先に、スマホが大声で鳴き始めた。
驚いて危うく取り落としそうになったが、ぴょんぴょん跳ねるそれを何とかキャッチして事なきを得た。画面を見てみれば、そこには猿原さんではなくタロウの名があった。今日はシロクマで働いてるはずじゃなかったかと思いつつ、通話ボタンを押してスマホを耳に当てる。
『・・・はるか』
らしくなく、それでいて懐かしい覇気のない声が、電話の向こうで私の名を呼んだ。
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もちきび1250g。上新粉250g。片栗粉・・・は家からちょっと拝借して、残りはまあタロウの家にあるだろう。食べればすぐ治るだろうけど、一応スポドリも。主にずしりと重たい袋で満たされた籠を両手で持ち上げて、レジに向かう。大層な買い物である事に違いはないけど、人気漫画家にとって大した出費ではない。タロウは真面目だから返して来そうだが。
長らくの相棒である赤い車に荷物を詰め込んで、タロウの家に向かった。ちょっと古くなったからか、ガタガタと嫌な音がする。ドライブするのは楽しいし、そろそろ買い替え時かも知れない。注射する時、横に止まっていた人が目を丸くしていた気がする。多分、気のせい。
「え・・・バック早・・・駐車、だよな・・・?殺す気か・・・?」
予め空けておくように言っていた扉を開けて、玄関にどすりと荷物を置く。タロウ、と犬にするように呼び掛けてみれば、奥の方からふらふらとタロウが現れた。久方ぶりで二度目の、物凄く酷い顔をしていた。
タロウもタロウで、私とはまた違う不調に陥っていた。年に一度陥る絶不調の時期――通称ぼろたろう期。誰かに黍団子300個作って貰わないと、絶対に治らない奇妙な症状に苦しんでいたタロウは、私に助けを求めて来たのだ。
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2022書き納め配信
初公開日: 2022年12月31日
最終更新日: 2022年12月31日
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