「ねぇ、小糸さんとこはなにかやったりするの?」
 徐に声をかけたところ、二人がけの席に座っていた彼女はきょとんとしていた。
 最近少しずつ客足も増えてきてるとはいえ、まだ野望にはほど遠い状態だ。その中で彼女や佐伯さん、叶さんたちはありがたいことにここを気に入ってるらしく、常連として何度も来てくれている。だから軽く挨拶を交わすくらいの関係になってると言えよう。
 待ち合わせをしているそうだけど、まだ相手が来ないでいる彼女に、暇を持て余した私が声をかけたことへの反応は、思っていたよりも鈍かった。
「えぇと……?」
「ほら、もうすぐクリスマスなんだり年末年始なんだりあるでしょ。藤代書店はなにかやったりする?」
 この辺りの商店街には組み合いというか互助会みたいなものがある。地域としても商店街を盛り上げようとしているものだから、クリスマスや年末年始は、往時の勢いこそないものの未だに賑わいが根強い。
 ウチも藤代書店も組み合いに入ってるから、互いに認知はあった。まさかあそこの娘さんだったとは。
 だからこそ、好奇心半分、あとはなにか参考にならないかという思いで訊ねたのだった。
 正直年末年始のこの時期、喫茶店も本屋も盛り上がりに欠ける。というか年末年始に限らず、年中同じペースなのがこの二つとも言えよう。他の飲食店なら団体客を見込めるのだろうけれど、ウチは喫茶店だし。
 彼女も理解が及んだようで、あぁと声を上げた。
「あー……まぁ精々置けなくなった本の福袋とか、図書カードの福引くらいですかね」
「そうか、その手があるのか。ウチはそういうの使えないからなぁ」
 こちとら飲食店だから日持ちしないし、クーポンくらいじゃ常連じゃないとあまり意味ないし。
 頬に手を添え、溜め息を零しながら苦笑すると、彼女はうんうん頭を悩ませながら口を開いた。
「そうですね……コーヒー豆を売ってるとことかなら、そういうのを使って、とか」
「あぁ……ウチはまだ豆を扱ってないからなぁ。そういうのって需要あるんだ」
「どうなんでしょう……?」
 確かにそういうとこもあるにはあった。私自身は買ったことはなかったけれど、お店のコーヒーが美味しかったら、家でも同じ豆を使いたい、っていう需要はあるんだろう。
 しかしこれでも豆は一応厳選してるつもりだからなぁ。販売用まで確保できるかどうか。ちょっと色々と考えないといけないことが多いから保留。
「あとケーキ予約とかも目玉にはなりそうですよね」
 ほぅ。なるほどクリスマスケーキか。需要は言うまでもないし、結構いいかもしれない。
「それいいね。ただ……」
「本職にどれだけ競り合えるか、みたいなとこはありますよね」
 私が懸念を示す前に、彼女も同じことを口にした。
 そりゃあそうだろう。普通に考えたらケーキ屋で買った方が美味しさが保証されてるわけだし。
 一応私も理子のお墨付きをもらってるから、それなりにはできると思うけど。
「だね。それに最初は数が全然読めないから材料とか色々難しくはある……」
 問題はそこだった。あんまり少ないのも多くなるのもあれだし……。
 いや、個数を限定すればなんとかなる、か? その反響次第で来年の予想も立てられるかも。
「もしやるならわたし予約しますよ」
 頭の中で見積もっていると、彼女はそんなことを言い出した。
 ここまで言われたら後には引けまい。
「ほんと? じゃあ前向きに検討しなくちゃ」
「でもそういうのは飲食店ならでは、って感じですね。ウチじゃどう足掻いても無理です」
「そればっかりはね」
 あはは、と笑いながら、淹れたコーヒーを彼女のところまで運ぶ。
 ありがとうございますとお礼を告げる彼女に、不意に見知った子が重なった。
「――そういえば、だけど。クリスマスに予定ある?」
 逡巡した私は、店内が相変わらず閑散としているのを確認してからカウンター席に腰を下ろして、彼女への問いを重ねることにした。
 きょと、というさっきと同じような反応――そしてさっきはなかった、ほんの少しばかり警戒するような、間。
「……えっと、まぁ、はい」
「そうなんだ。……いつも一緒にいる、あの子? 燈子さんだっけ?」
 探るような彼女の視線を真っ向から受け止め、さらに畳みかける。
「……」
 流石に気分を悪くしちゃったかな。まぁ、店員とお客さんの関係で、人様のプライベートに踏み込んだのも事実だし。
「答えたくないよね。うん。ごめんなさい」
 切り上げようと立ち上がった時、彼女は……小糸さんは、ふると小さく首を振り、口を開いた。
「いえ。……そうです」
 真っ向から見つめられるその瞳は、真っ直ぐで、あんまりに真っ直ぐ過ぎて。眩しいくらいだった。
「そっか」
 思わず小さく笑みが綻ぶ。
 ……あーあ。ごめんね、佐伯さん。
 あなただけに肩入れしたかったけれど……どうやらこの子も、肩入れさせたくなるものを持ってるらしい。
 我ながら全く。理子に知られたらなんて言われることやら。
「なにか相談したいことがあったら、私でよければ聞くからさ。それだけ」
 そう伝えると、彼女は三度きょとんとした顔で首を傾げた。
「それだけ、ですか」
「うん、そうだよ」
「なんだぁ、てっきり……」
「てっきり、なに?」
「あ、いや、その……」
 珍しくわたわたと慌てた彼女は、続きを待つ私に観念したのか、恥ずかしそうに唸ってから囁くように零した。
「……前……燈子に、その……かわいいって、言ってたから……」
 ……あー。なるほど。
「なるほどね、そっかそっかぁ」
「うー」
 彼女は真っ赤になった頬を押さえて呻きを上げる。
 ……そのあと来店した当の本人がそんな彼女と私を見て、また一悶着あるのだけれど、それはまた別の話。
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