第94回お題
【魔法のランプ】
#夏五版ワンドロワンライ
呪専夏五が成立する話/ご都合呪物注意
 呪術界というのは、夏油傑にとっては知らないもので溢れた場所だった。
 毎日対峙していたあの嫌な雰囲気のものが『呪霊』と呼ぶのだと傑に教えたのも呪術師だったし、あれを祓えるのが自分だけではないのだと教えてくれたのもそうだ。
 捕まえて小さな丸い玉になったものを飲み込むのが傑にとって正しいやり方だと教えてくれたのも、傑と父母に違いがあるのが『当然』だということも。
「つまり、魔法のランプ?」
 だから、自分が知っているものに似ているものがあるという事実に、思わず言葉を零して首を傾げていた。
 傑の発言に、向かいにいた相手の方が不思議そうな顔をする。
 魔法のランプ、と言葉を繰り返されて、見たことないの、と思わず尋ねた。
 子供だったら見ていそうな、有名な企業のアニメ作品だ。原作は別にあるらしいが、傑が見知った最初はそれだった。魔人が現れ傅いて、願いをいくつか叶えてくれる。
「これランプに見えるか?」
 どっちかって言うと水差しじゃねぇのと尋ねられ、そう言う形の奴があるんだよ、と傑は答えた。
 ふぅんと声を漏らした男が、手元のそれをひょいと揺らす。
「まぁ、変なモノって言う意味では間違ってねぇかも」
 言って笑う男の手元には、大きな取っ手がある。背は低く、蓋はしっかり閉じていて、滑らかな側面にはびっしりと、黒い墨で刻まれたような文字があった。書体は随分と古すぎて、傑には何と書いてあるかも分からない。
 桐箱から取り出されたそれは、つい先ほど、実家から直接登校してきた男が『面白いもんがあった』と言ってきたものだった。
 呪力を込めて撫でれば呪力が充填され、容量を超えると発散するべく小規模の簡易領域のようなものを展開する。展開される領域は、込められた呪力にある程度起因する。
『領域展開の押し合いの練習相手みたいなもん』
 軽く笑った男の発言に傑は困惑とともに引いたが、領域の中ではそれほどの危険も無いのだと男は言った。
 ただ望むように夢を見せてくるだけ。それに抗うのも鍛錬の一つだと。
『つまり……願いを叶えてもらえるってこと?』
『うん?』
『見たい夢を見せてもらえるんだろう』
 人の欲望を煽るような効果だ。
 傑の発言に不思議そうな顔をしていた男は、オマエに使わせようと思って持ってきた、と言って傑の机の上に無造作にそれを置いた。
「うわ」
「何ビビってんだよ」
 思わず身を引いてしまった傑を前に、男がケラケラと笑っている。
 高い位置にある腰が自分の机へと下ろされて、伸びた足が傑の座る椅子の下へと片方潜り込んだ。
 おかげさまで立ち上がることも出来ないまま、ちょっと、と視線を向ければ、椅子に座った男が足を組む。片足を傑の椅子の下へ滑り込ませているせいで体が机の上で少しズレたが、本人の術式を思えばそのままもう少し横へ移動したって床へ落ちるような無様を晒すことも無いだろう。
 傑とは違うふわふわとした髪をわずかに揺らして、同じ色の睫に縁どられた青い目が傑を見やる。
「さっきぎりぎりまで呪力ぶち込んどいたから、オマエが突っ込めばすぐ展開すると思うぜ、それ」
「は……」
 面白そうに言葉を放られて、傑は何と言ったらいいのか分からなくなってしまった。
 もはや頭痛がしてきた気がして、思わず片手で額を掻く。
 最近、この同級生は『領域展開』とやらが出来るようになったらしいとは聞いている。
 それは術式の極致にあるもので、修得し展開できるような術師自体が限られているらしい。
 しかし、それを『出来るようになった』と久しぶりに楽しそうな顔をして言われた時、傑はあまり驚かなかった。
 彼なら恐らくやってしまうだろうと思ったし、それで当然だとも思った。
 相も変わらず、傑と彼の間には、深くて越えがたい谷間がある。
 もはや隣に居た時間は随分と遠くて、今日だってこうして同じ教室にいること自体が不思議な話だ。四年生に進級した今、五条家の当主になる準備を始めた彼は、あまり学校にも顔を出さない。ついでに言えばもう一人の同級生だって、今は進路に向けてほとんど予備校通いらしく、週に一度程度しか顔を合わさない。
 傑の方はと言えば、つい先月、ようやく謹慎が開けた。
 いろいろなことがあり、非術師達への嫌悪はいまだに胸にあるが、それでも術師として生きていこうと、そう決めたばかりである。
「私はまだ領域展開なんて出来ないんだけど」
「『まだ』な!」
 言葉を落とした傑を前に、ニヤニヤ笑ったままの男が言う。
「オマエ結構脳筋だから、一回体験した方が早いと思うんだよ」
「体験した方がって、そんなスポーツ感覚で?」
「大丈夫、オマエが展開無理なら、俺が押し合いしてやるし」
 言葉を放ちながら、ほらソイツに手を伸ばせと男が言う。
 無遠慮で傲慢で高慢な言い方だった。
 なんとも彼らしい発言に、傑の口からため息が漏れる。
 それでもその手が机に置かれたばかりの呪物に触れてしまったのは、『出来るようになった!』と宣言してきた誰かさんの顔が脳裏を過ったからだ。
 いつか追いつきたい相手へ、追いつくための手段になるなら、手を出してみてもいいかもしれない。
 手が触れた呪物は金属製なのか冷たく、滑らかな局面を呪力を込めた掌で撫でる。
「触り方エロくない?」
「馬鹿言わないでくれ。触ってるだけなのに」
 横から言われた言葉に傑がそう言い返したところで、わずかに、自分の呪力が奪われた感覚があった。
 その事実にぴたりと傑が動きを止めたところで、周囲が急に暗くなる。
 音が遠のき、驚いて目を瞬かせた傑の前に、彼方まで空間が広がった。確かにあった教卓や黒板が消え失せて、薄暗い空間に星が散る。
 どことなく美しさすら感じさせるそれに思わず見入ってしまった傑の前に、ふと光が現れた。
 目にしたのと同時に、自分の視点がそちらへ入ったのが分かる。明るい日向の中、歩いている傑の横にはよく見知った人間がいて、彼が傑の方を見ているから、傑もそちらを見やった。
 音がとても遠くて、何を言っているのかは分からない。
 ただ、足を止めた彼の手がぎゅうと傑の手を上から握りしめたから、傑は笑って一度その手を解き、下から迎え撃つように掬いあげてその掌を握り返した。
 身長はそこまで変わらない相手だ。少しだけ高い目線に青い瞳があって、いつだって自信にあふれたその双眸が、何故だか少しだけ迷うようにうろうろと揺れる。頬どころか髪から覗く耳まで赤くて、照れている時の彼だと傑には分かった。
 あまりにもそれが可愛かったから、さとる、と口を動かす。
 傑の耳には届かなかったが、きちんと音は伝わったのか、相手がさ迷っていた視線を傑へ向けた。
 眉を寄せた相手に微笑んで、傑の顔が相手に近寄り、そうして。
「『無量空処』!」
 放たれた声が傑の耳を打ち、そうしてしっかりと肩を掴まれた。
 急に意識が引き戻されて、目の前にあった光景が遠くなる。悲鳴を上げるようにたわんで揺らいで震えて、最終的に周囲に広がっていた全てが遠ざかり押しつぶされた。
 代わりに訪れた何かが数秒も経たずに消えて、傑の耳に音が戻る。
 数拍の後、ドッ、と急に心臓が大きく音を立てたのが傑にも分かった。
 今のは、なんだ。
 傑の認識に間違いが無ければ、あの光景の最中、傑は誰かさんに口づけていなかったか。両手を握って、優しく微笑んで、顔や耳まで赤い相手を『可愛い』だなんて思って。
 ただの友人に対する行動ではない。
 その事実と共に、つい先ほど聞いた呪物への説明が脳裏を過る。
 『ただ望むように夢を見せてくるだけ』。
 それはつまり、つい先ほどの光景を、傑が望んでいたものだと呪物が認識したということだ。
 そんな馬鹿な話があるかと思うのに、ぶわりと掻いた冷や汗と腹の底を冷やすような焦りが、傑の思考を肯定している。
 過る考えは『嫌われたらどうしよう』なんて言うもので、自分の見たものに対する嫌悪感なんて一ミリも無かった。
「あ、あの……悟……」
 そんなつもりは無いんだとか、何かの間違いなんだとか、そんなどうしようもない言い訳をしようとしながらゆっくりと、自分の肩を掴む相手へ顔を向ける。
 いつの間にか真横に寄り添うようにしていた男の顔は間近にあって、その事実に驚いたが何よりも傑を困惑させたのは、そこにある顔が真っ赤だという事実だった。
 頬どころか、耳まで。
 可愛らしいその姿が『照れている』時の彼だということを、傑は知っている。
「…………え?」
 驚き声を漏らした傑の横で、びくりと体を震わせた男が傑から体を離した。
 その手が素早く動いて、傑から呪物を回収する。そのまま桐箱へしまわれるのかと思ったら、見る見るうちに小さなそれは押しつぶされてしまった。中に魔人がいたら悲鳴もやむなしの小さな塊が、大きなその手に握られて隠される。
「い、今のは、ちげーから」
「え?」
「別に、俺はそういうんじゃ、ねーし」
 必死になって言葉を零した男が、じゃあな、なんて言い放って傑へ背中を向ける。
 自分の机の上に桐箱と蓋を放置して、傑すら置き去りに教室を出て行ってしまった男を、傑は椅子に座ったままで見送ってしまった。
 見送りながら、どういう意味だ、とあっけにとられたままの頭で考える。
 先ほどの光景を彼も見たのだろう。それは分かる。
 問題は、どうしてあんな反応だったかだ。
 あれではまるで、傑の前で展開されたあれが、『彼の望むもの』であったかのようだ。
「…………え?」
 閃いた可能性に思わず声を漏らしてしまって、ぶわりと体の熱が上がる。
 沸き立つそれは嬉しさだとか喜びだとかそう言った分類で、やはりまるで、嫌悪は湧かない。
 これは、絶対に確かめなくてはならない。心に誓い、傑はがたりと音を立てて立ち上がった。
 綺麗に並べられている机の向きがおかしくなったが、今はそれどころではない。
「さ……悟!」
 声を上げて教室を飛び出して、傑がそのまま廊下を駆けていく。
 術式の常時展開に慣れてしまった誰かさんのおかげでしっかり後を追うことができ、最終的には捕まえた。
 恐らく甘酸っぱい状況に似つかわしくない必死の形相をしていただろうが、捕まえて引き倒した相手の顔つきもなかなかだったのでお相子だ。
おわり
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夏五版ワンライ
初公開日: 2022年12月10日
最終更新日: 2022年12月10日
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