第116回目のお題
【トレーニング/】
呪専一年生で無自覚夏の夏→(←)五
捏造多め・ほんのりと蟲ネタ、本誌ネタ
 呪術師の中には、生まれながら扱える術式を持っているものがいる。
 非術師の中に生まれた夏油傑もまたそのうちの一人で、その術式を見込まれてスカウトを受けたのだろうと彼自身は思っていた。呪霊を降伏し、その身に取り込み、自身の手足として扱える。呪霊と相対すればそれだけ強くなることが出来る能力は、『任務』を振ってもらえる方が都合がいい。
 とはいえ本能で扱える技術は基本的なものばかりで、応用力も反応速度も、研鑽を積むに越したことはない。
「ここが演習場?」
「そ。まあいくつかあるうちの一つな」
 人里離れた場所へ降り立った傑の発言に、答えたのは同行者だった。
 今年傑が進学した呪術高専の同級生、五条悟だ。
 日本人とは思えない髪色と神秘的な青い瞳を持った彼は、呪術界における重要な名家、『五条家』の跡取りであるらしい。傑と同い年でありながらもう家を背負って立つことが決まっており、生まれながらの呪術師で、本来なら呪術師を教育する呪術高専へ入学するはずもない者である、という噂を聞いたこともある。
 けれども自身の我儘を押し通して入学した彼は、今ではたった二人しかいない傑の同級生のうちのひとりだ。
「高専の持ち物だから平地にしないなら何してもいいってよ」
「何してもって」
「オマエの呪霊を出しまくっていいってこと。申請必要なし」
 楽しそうに言いながら片手をひょいと構えた相手に気付いて、あ、と傑が声を漏らす。
 それを聞いた相手が傑の方を見たので、寄越された視線を受け止めながら、『私にやらせて』と声をかけた。
 傑の申し出に少しだけ不思議そうな顔をしてから、いいぜ、と答えた男の手が降ろされる。
 それを追うように今度は傑が片手を構えて、今まで座学でしか口にしなかった言葉を紡いだ。
「『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』」
 高い空間へどぷりと零れた闇が、真上からゆっくり降り注いで夜を作り上げていく。
 落ちていくそれを見上げてほっとした傑の横で、出来てんじゃん、と同級生が楽しそうな声を零した。
 呪術師というものを傑が知ったのは、中学の頃だった。
 それまで自分以外に『呪霊』が見えるものなんていなかったし、『呪霊』という呼び名自体、スカウトの人間に聞いて初めて知ったものだ。お化け、化け物、妖怪。そこにいるだけで恐ろしいおかしなもの。それを倒せるのは特別な能力を持っているらしい自分だけなのではないかと思っていたし、だからこそ自分と同じようにあれが見える人間がいたという事実にほっとして、自分より長く己の特殊能力に付き合っている同級生がいるという事実には安堵と共に少しの焦りすらも抱いた。
 強くなるためには練習が当然必要で、けれども結界で守られているという呪術高専では、自分の使役する呪霊を呼び出すことにすら申請が必要になる。どうやら傑の取り込んだ呪霊達は『使い魔』という奴とは少し違っていて、それぞれが傑のものとは違う呪力を保持しているらしい。未確認の呪力が結界内で感知されれば当然騒ぎになる。申請も一回だけで済むものではなく、現れた反応から申請書を確認して照らし合わせるというアナログな確認方法のため、有効期間も短い。
 いい練習方法はないものかと悩んだ傑が担任へ相談した時、『修練場でよくね?』と最初に言い出したのは隣にいた五条悟だった。呪術界は年功序列が横行しており、どうやら入学したての一年生には解放されない場所であったらしいが、必要な場所を必要な人間が使うのは当然だろうという彼の発言に担任も頷いて、日程が設定された。
 泊りがけだからと荷物も大量に持たされたが、泊まれるのはプレハブ小屋くらいだ。
「オマエ、寝る時も呪霊使うわけ?」
「ああ、うん。眠ってる間どのくらい保持できるか試してみたくて」
 プレハブ小屋を守るように外へ出した数体に気付いたのか、隣に寝袋を敷いた相手が尋ねてきたのに、傑は答えた。
 すでに帳は解除されているが、外はすっかり真っ暗だ。立ち入り禁止区域に設定されて数十年も経つ廃坑には明かりも無く、耳を澄ましてみても物音だって殆どない。
「それにしても、便利だね、これ」
 寝間着に着替えて自分も寝袋へ腰を下ろしながら、傑は軽く自分の腹を撫でた。
 長期間の任務に赴く術師が使うというものが、今は傑の腹の中にいる。食事も排泄も必要なくなるという意味の分からない呪物で、体の中に入れるという抵抗感冴えなければ大変便利なものだった。
「あんなに騒いだ割に慣れてんじゃん」
「いや、そりゃ騒ぐよ……もっとこう分かりにくく、カプセルに入れるとかさ……」
 口から親指の爪ほどの大きさの不安な形のものを摂取するなど、傑の人生ではまるで経験のないことだ。
 傑の発言に笑い声を零した相手が、ゆっくりと伸びをして寝袋の上に転がる。
 彼もまた寝間着に着替えている。明日の着替えを想定してかトレンカを履いており、露出している爪先がしなったのが見えた。ランタン型の電灯しかない薄暗い室内に浮かび上がった白さに何となく視線をやった傑に気付いてか、ちょこちょこと指先が動く。
「なぁに見てんだよ」
「いや、別に」
 笑いを含んだ声が聞こえて、向けていた視線を引きはがした傑は、自分の動きを誤魔化すようにごそごそと寝袋の中へと入った。
 君もちゃんと寝袋使いなよ、と隣へ声をかけると、笑った男が同じように寝袋の中へと入る。
 少し温かな寝袋に体を包まれて、仰向けになった傑の目が天井を見上げた。
 プレハブ小屋らしい簡素なつくりだ。外には呪霊の蠢く気配があって、彼らと自分が繋がっているのを感じる。
「今日はなかなか派手にやったよな」
「うん、そうだね。君の術式、ああいうことも出来るんだって初めて知ったよ」
 少しだけ呪霊の方へ向けていた意識を引き戻すような声に応えながら、傑は昼間のことを反芻した。
 結局今日は、傑の下ろした帳が時間切れで解除されるまで、二人で様々なことを試していた。
 何体の呪霊を同時に出現させられるか。その速度。呪霊同士の相性。それによる変化など、傑にとって試したいことは山のようにあって、時間はまるで足りない。
 悟はそれにちょっかいをかけたり、傑へ疑問を放ったり、傑の相手をしたりしていた。
 彼は無下限呪術という生得術式を持っており、それを使って大地を抉る様子も見せてくれた。人体に向けてはいけないレベルの攻撃力だ。彼曰く、術式の対象は『彼自身』であるらしいのだが、詳しく説明されても傑にはあまりよく分からない。傑の呪霊操術の感覚が相手に伝わらないのと同じだろう。
「頑張れば空も飛べたりする?」
「宙に浮くのは簡単。明日試してみるか?」
「それは良いね。私も飛べる呪霊が欲しいな……」
 手持ちにいたかな、と自分の降伏してきた呪霊達のことを思い浮かべてみるが、想定する行動の出来るものはいない。積み重ねて上に登ることは出来るかもしれないが、それだけでは『空を飛ぶ』とまではいかないだろう。
「今度鳥型の呪霊が出たらオマエに回してもらえば?」
「そうしようかな」
「それでいい感じの捕まえたら、俺にも見せろよ」
 隣で楽しそうな声がする。
 寄越されたそれに視線を向けると、うっすらとしか明かりのない暗がりの中でも、傍らの彼がとても楽しそうな顔をしているのが見てとれた。
 子供のようなそれに少しだけ笑ってしまい、いいよ、と傑の口が言葉を紡ぐ。
「二人乗り出来る子だといいね」
「駄目なら傑の膝に乗ってやるよ」
「そんな大きい体で私の膝に納まるつもりなのか?」
 絶対邪魔だからやめてくれ、と言って笑った傑に、悟の口も同じく笑い声を零している。
 笑みに緩むその瞳が明かりを反射して、きらきらと輝いた。
 六眼と呼ばれる特異体質らしいその瞳は、傑が今まで見た中で一番美しい青をしていた。
『オマエがゲトースグル?』
 入学したての初対面で、そう言って無遠慮にじろじろと傑のことを見てきた相手が五条悟だった。
 傑は彼のことをまるで知らなくて、寄越された言葉とその無遠慮さに少し戸惑ったくらいだ。
 だから名前を聞いたら『俺のこと知らねーのかよ』となんとも不思議そうな顔をされて、あれからずっと傑のすぐ傍にいる。
 五条悟は傑が見知った中で一番綺麗な目をしていて、顔立ちも整っており、なんだかとても美しい生き物だった。
 その口が自分と同じようにあれを飲んだのか、と腹に納まる蟲を思い返してみると、なんだかなんとも言えない気持ちになる。
 浮かんだものを追い払うように少しだけ視線を逸らしたところで、ふと気配を感じた傑の口が、あ、と声を漏らす。
「どうした?」
「いや……相性が悪かったな、喧嘩してる」
 共食いしたら困るな、とプレハブ小屋の外を見やった傑に、マジだ、と同じ方向を見たらしい悟も声を漏らした。
 壁を隔てているから屋外の呪霊の姿は見えないが、傑は自分の使役している呪霊の状態を確認することが出来る。数体出しているうちの二体がお互いの近くへ移動していて、大きい方が小さい方を威嚇していた。身を縮ませながらも小さい方が逃げ出さないのは、『小屋の側で待機していろ』という傑の命令を守っているからだ。
 軽く呪力を編んで弱い方を回収すると、勝利したと思ったらしい残された呪霊が喜びをあらわにして身を震わせている。
「喧嘩もしないように言っておくべきだった」
 やれやれとため息を零した傑に対して、呪霊をペットみたいな扱いしてんなよ、と隣が面白がった声を出す。
「大量に扱うんだから群れみたいなもんだろ。オマエがトップなのは当然として、それぞれで序列決めたらやりやすいんじゃねえの?」
「それだと新しいのを降伏した時に少し面倒くさいだろ。そもそもうちは絶対王政だよ」
「暴君かよ」
 ウケる、ととても楽しそうな声を零した相手が、それから少しだけ息を零す。
「オマエさ、これからもどんどん呪霊取り込むだろ」
「まぁ、そのつもりだけど」
 放られた言葉に、傑は答えた。
 夏油傑の生得術式は、呪霊を取り込めば取り込むだけ強さを得られるものだ。
 強くなりたい、というのもまた、スカウトを受け入れた理由の一つだった。呪霊達は全てがとんでもなく不味く、飲みこむことへの苦しみがあるが、それでも必要な行動だから受け入れている。
 どうしたの、と変な質問をしてきた相手へ尋ねながら視線を向けると、傑の方を向いている青い瞳がそこにある。
 じい、と見つめ合ってから、相手の唇が言葉を零した。
「……呪術師ってさ、たまに死んだとき呪霊化するって知ってるか?」
「…………文献でだけなら、まぁ」
 資料室にあった小難しい古い冊子を思い浮かべて、傑は答えた。
 呪力を扱う呪術師が、死後呪霊に転じた事例はいくつかあるらしい。
 心残り、強い執着。そう言ったものを持つ呪術師に多いとあったが、傑にはいまいちピンとこなかった。何せ、そうならない呪術師の方が数は多い。
 傑の言葉に『そっか』と頷いた悟が、言葉を続ける。
「もし万が一俺が呪霊になったら、オマエにやるよ」
「…………え?」
「今日見た感じ、ちゃんと使いこなしそうだしな」
 にんまりと、傍らの呪術師が笑った。
 わずかな明かりに照らされるその顔を見て、どき、と胸のうちが騒いだのを感じる。
 ぶわりと体温が上がったのを感じ、わずかに身じろいだ傑は、寝袋をぐいと上へ引き上げた。
 背中も丸めて一度額近くまで隠してから、あのさ、と寝袋の中から傍らの相手へ声をかける。
「それって私より先に死ぬってことなんだけど」
 そう言うこと言わないでくれ、と顔を隠したままで言葉を零すと、なんだよ、と隣で笑いの混じった声がした。
「呪術師なんてどうなるか分かんねーし、約束しとく方が無駄がねーだろ」
「そもそも君が呪霊化するかどうかも分からないし」
「オマエより先に死んだときは絶対してやるよ」
「なんだその自信……」
 思わず呆れた声が出てしまうが、傍らの相手には気にした様子が無い。
 そのままごそごそと少しだけ物音がして、ふっと寝袋の外の明かりが消えた。
 どうやらもう眠るつもりらしい相手に気付いて、少しだけ丸めていた背中を伸ばし、目元を外へと露出する。
 覗いたプレハブ小屋の中はもうすっかり真っ暗で、隣に転がる相手の顔すらも見えない。
 そのことにほっとしながらも、なんだか少し残念な気がして、傑の口が少しだけため息を零した。
 まだ少し、心臓がおかしい。
 ドキドキと跳ねるそれは、友人からその死について語られたにしては不釣り合いだった。
 まるで期待するようなときめき方に、思わず眉をひそめてしまう。
 それでも、先程抱いた興奮は未だ醒めない。
『もし万が一俺が呪霊になったら、オマエにやるよ』
 だってあれはつまり、『もしも』があれば、傑が傍らの彼を手に入れられるということだった。
 青い瞳も美しい顔も白い爪先も何もかも。
 呪霊化してしまえば見た目がどうなるかも分からないのに、彼を小さく丸めて飲みこんでいいと、彼自身に許されたという事実がソワソワと落ち着かない気持ちにさせている。
 こんなのは駄目だ。傑の中の良識が、必死にそう警告している。
 こんなのは、まるで『友達』らしくない。
 しかしそれでも、彼を自分のものに出来たらどれだけ嬉しいだろうかと、頭の端がずっとそんなことを言っている。
 きっとそれがどんなに酷い味だったとしても間違いなく傑は飲み込むし、絶対に吐き出さない。
「……正直、そんな何十年も未来のことなんて想像も出来ない」
 闇の中に放り出した傑の嘘に気付いた様子もなく、そりゃまあ確かにな、と悟が言う。
「まぁそれでも、何かあったときの為に覚えとけよな」
 更にはそんな風に言葉を続けられてしまって、傑はその日、自分が扱う呪霊の中に美しい青が混じる夢を見た。
 イメージトレーニングでしかない夢の中で、呪霊はその口で『なぁ傑』と傑の名前を呼んでいた。
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【腐向け】夏五版ワンドロワンライ第116回
初公開日: 2023年05月13日
最終更新日: 2023年05月14日
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夏五版ワンドロワンライさんよりお題をお借りしました
1時間で書き終わるのが目標です
二次創作腐向けです