#夏五版ワンドロワンライ#夏五版ワンドロワンライ延長戦
第138回目お題【水割り/漫画家/黒い】
※大人if夏五は付き合ってます
居酒屋に入ればまずビール、で始まるのが定番だ。
それでも炭酸というのはそのうち腹が膨れてくるもので、終盤からは大概水割りに変わる。
おっさん臭いだのなんだのと言われながら笑って手酌をするのがいつもの流れで、今日だってそのつもりだった。
「あ、それ僕やりたい」
だというのにそんな風に言葉を放られて、うん? と傑の視線が向かいを見やった。
向かい合わせで楽しくソフトドリンクを片手に喋っていた男が、傑の視線に笑ってその手を伸ばしてくる。
お互いに上背のある二人だ。居酒屋のテーブルなどなんの障害も無く、長い手がひょいと傑の手からアイスペールとトングを奪い取った。
「あ」
「はい、貸して貸して」
止める間もなく攫われたグラスが、男の長い指に撫でられる。
その手が器用にトングを使い、カラン、とグラスの中に氷を落とした。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
運ばれてきたばかりの氷がカランカランと音を立てて、しっかりと氷の入ったグラスを手にしてトングを片付けた男が、今度は酒瓶にまで手を伸ばす。
その手が思いきり酒瓶をグラスの上で傾けて、うわ、と傑の口が声を漏らした。
「私ロックで飲む予定無いんだけど」
「水で割るって~」
にんまり笑った男がそう言って、その手がグラスの中頃まで酒を注いで終える。
次にその手が水の入ったボトルを傾け、どう考えても割合のおかしな水割りがマドラーでくるくるとかき混ぜられた。
「はい、どーぞ」
「どーぞって」
にっこり楽しそうにグラスを返されて、傑の口から呆れの混じった声が出る。
差し出されたそれを仕方なく受け取って、軽く口に含み、じわりと舌と喉を焼く酒気に眉間へ皴が寄せられた。
「濃い」
「えー、一対一くらいじゃないの、水割りって」
「そんなわけ無いだろ」
君の目の前で何度も作ってきたじゃないかと呆れつつ、少しばかり中身を減らしたグラスに水を注ぎ足した。
どこかの酒豪ならともかく、傑はこれを『水割り』と言い切るほど酒に強くない。
それでなくとも度数の強い酒だ。ちびちびと中身を舐めながら水を足す傑を前に、せっかく作ったのに、とつまらなそうに言った男が頬杖を突く。
「出した料理に最初から塩かける奴って嫌われるよ」
「私のことが嫌いになったって?」
「嫌いじゃないけどぉ」
酒瓶と水入りのボトルをアイスペールと一緒に少しばかり押しやりながら、言葉を紡ぐ男は少々不満気だ。
絶対に酒など飲んでいない筈だが、雰囲気で酔いやすい向かいの相手を見やって、こんなに強いの一気に飲めないよ、と傑は肩を竦めた。ビールを飲んでいた時よりも強い酒気が腹の底を擽っているようで、一度グラスから手を離して皿の上のつまみを齧る。
「こんなの飲んでたら酔いつぶれちゃうだろ、硝子じゃないんだから」
忙しい特級術師同士が、ようやく都合を合わせることが出来たのだ。
自宅ならともかく、個室とは言えここは居酒屋である。まだまだ長い時間を過ごせるのだから、酒を飲んでも飲まれない程度でいたいと思うのは当然だろう。ましてや傑が目の前の彼と共に過ごせるのは、実に二か月ぶりだった。
「どうせ明日休みでしょ」
「そうだけど、二日酔いで潰したくないし」
「オマエそんな二日酔いとかしないじゃん」
「人間には限度というものがあるんだよ、悟」
「傑が潰れたって僕が連れて帰ってあげるって」
「…………あれ」
言葉を投げれば投げて返され、それを繰り返した傑は、ふと気が付いて首を傾げた。
ついでにまた少し減っていたグラスに水を足しながら、もしかして、と言葉を紡ぐ。
「私のこと潰したいのかい」
尋ねながら相手を見やると、右手で頬杖をついていた男が少しばかり沈黙した。
数秒を置いて、ゆっくりとその右手から頬が離れ、誤魔化すように今度は左手で頬杖を突く。
「……うーん、別に、そんなことないけど?」
目隠しもサングラスも外した青い目が少しばかり揺れているのは、明らかな嘘の証明である。
分かりやすく動揺を見せた相手に瞬きをして、傑の手がそっとグラスへと触れた。
それを握って口元へ寄せてみると、明らかに目の前の相手が傑の様子を観察しているのが分かる。
「…………何か入れた?」
「え? 何を?」
尋ねてみるとわざとらしいくらいのとぼけ方をされるが、見ていた限り目の前の男に怪しい行動は無かった筈だ。
運ばれてきた酒は傑の手が封を開けたし、水や氷だって店員が運んできてすぐテーブルの上に置かれた。店員がグルだったなら話は別だが、そもそも目の前に座る男がわざわざ居酒屋で何らかの薬を傑へ盛る必要はない。二人は自宅を行き来する中だし、傑の自宅の冷蔵庫の中身に細工をした方がよほど簡単だ。
ぐるぐる考えても分からないままでグラスの中身を飲むと、やはり濃い水割りが舌を撫でた。
あまり多く飲むと反射で喉が締まってしまうので、鼻へ抜ける酒の香りを確かめるように緩く息を吐きながら一口分を飲み下してグラスを揺らす。
殆ど無色透明に近いグラスの中身が、氷を覆っててかりと照明を反射している。
「なぁんにも変なものとか入れてないけど?」
グラスを観察する傑に対して、向かいの相手はにまにまと楽しそうに笑った。
僕のこと信用無いんだぁ、傷付いちゃうなぁ。そんな胡散臭いことを言う相手にやれやれと息を零した傑の手がまたグラスを傾けて、一口、二口とグラスの中身を飲む。
浅くて口の厚いグラスの中身はすぐに氷だけになり、どうにか吐き出すことなく強い酒を飲み終えた傑の手がグラスを置くと、すぐに向かいの男が傑の手からグラスを奪い取った。
「じゃあ二杯目ね」
楽しそうに言いながら水割りを作る男の声が少し遠いのは、一気に体へ酔いが回ったせいだろう。
眉間の皴を深くしつつ、口の中の酒をどうにか唾液で流しながらテーブルへ肘をついて、傑の片手がぐらついた状態を支える。
「……君、私のこと酔わせてどうするつもり?」
楽しそうにカラカラとマドラーで酒を混ぜる男へ言うと、別にどうもしないけど、と答えた男の手がまた傑の方へ水割り入りのグラスを寄こした。
「お持ち帰りはするけど、そのくらいはいいよね? 彼氏だし」
とても楽しそうな声が、そんな風に言葉を寄こす。
放られた言葉に、酒で感覚が少しだけ鈍くなった指を動かした傑は、置かれたばかりのグラスを撫でながら少しだけ考えた。
お持ち帰り、とはつまり、向かいの相手は傑を連れて帰りたいということだろうか。別に今更、そんなこと酒を使わずとも誘ってくれたらいいだけの話だ。そうでなくとも傑だって悟を自宅へ誘うつもりだったし、彼が好きそうな新作アイスだって冷凍庫に準備してある。なんならベッドメイクだってしてきたし、彼が傑の家に置いている私服だって使いやすい場所へ出しておいたし、眠りの浅い彼を余計な物音で起こしてしまわないようにロボット掃除機の明日のスケジュールも消しておいた。
彼の家に誘われるということは傑の用意が無駄になるということだが、明後日の任務は彼の方が早く出なくてはならないと聞いていたし、それなら補助監督による迎えの都合上、彼の自宅にいる方が長く一緒に過ごすことだって出来る。なにせ夏油傑の自宅は郊外で、補助監督が高専から迎えに来るには少々遠い。呪霊で飛ぶならひとっ飛びだが、色々な許可を取らないと後々面倒なことになるのが非術師の世の中の不条理である。
「…………あ」
そこまで考えて、ようやく相手が言いたいことに思い至り、傑の手がグラスを掴んだ。
引き寄せつつ俯き加減だった顔を上げて視線を向けると、三杯目を用意するつもりなのか水も酒も氷も自分の側へ寄せたまま、つまみのポテトを摘まんでいる男が少しだけ不思議そうにする。
「つまり、長い時間一緒にいたいってことでいいかな」
酔いで少し掠れている気がする声が口から出て行って、それが耳に届いたらしい相手がぱちりと瞬いた。
宝石のように輝く青い瞳が、そのまますいと逸らされる。
「……別にそういうんじゃないけど?」
もそ、と漏れた声はどう考えても嘘の香りしかなく、ポテトを齧っていたせいで少し油のついた唇が拗ねたように少しばかり尖った。
なんだこの男は、と傑の目が眇められてしまうのは仕方のない話だろう。
「君ね……」
「え、何、顔怖いんだけど」
「…………」
唸った傑に対してわざとらしく身を引かれるが、傑は構わず深くため息を零した。
酒の匂いが強い息を零してしまって、酒が抜けるまでキスはさせてもらえないだろうな、なんてことを考えながら手元にあるグラスへ口をつける。やはり中身は随分濃ゆくて、二口飲むまでが限界だ。
すぐにグラスを置いて、代わりに自由を取り戻した掌で目の前の相手を招く。
「おいで」
声を掛けて視線を向けると、年甲斐もなく拗ねた顔をしたままの相手が、そろりと席を移動した。
個室の座敷で、掘りごたつに足を入れたまま移動をする彼の服が、畳を擦る音がわずかにする。その手は酒や水達を引き連れており、それは置いて行きなよと呆れたものの、傑は隣に座った相手へ自分が座っていた座布団を譲り、そちらを見やって頬杖をついた。
「なに?」
もう少しお酒入れる? なんて言いながら、男の手が酒入りのボトルを持ち直す。
けれどもそれを捕まえてテーブルへ戻させ、傑は傍らの相手を見ながら言葉を放った。
「私のこと酔い潰して持ち帰ったら、一緒に寝るだけで何にも出来ないと思うんだけど、悟はそれでいいのかな」
意地悪く微笑んで見せると、傑の言葉を聞いた相手がなぜか少しばかり眉を寄せる。
何となく不満そうな相手におやと傑が眉を上げたところで、別にいいけど、と言葉を零した相手がぐいと酒瓶を傑のグラスへ近付けた。
「別に体が目的で付き合ってねぇんだわ、こっちは」
「私も別にそんなつもりはないけど」
「じゃあいいじゃん、潰れちゃえよ」
「いや、君ね」
「それで僕に持ち帰りされて、ゲロ吐いたのも全部世話されて、一日甘やかされちゃえばいいじゃん」
言いながらぐいぐいと寄せられた酒瓶を捕まえたまま、ええ、と傑は困り声を漏らした。
「私、甘やされるより甘やかす方が好きなんだけど……」
なんなら恋人のことは全部世話してもいいと思っている。もちろん成人男性である誰かさんをそこまで構わせてもらうことは出来ないし、何より『何でもできる』を自負する男はなかなか甘やかすことが出来ないのだが、たまに二人で過ごす時は甘えてくれるから、それを楽しみにしているところもあるのだ。
だというのに人のグラスへ酒を注ぎたがる相手は、傑の発言へ『知ってる』と答えた。
ついで、その体の呪力が増した気配がして、ぐん、と押しやる力が強くなる。
こんな場所で呪力強化を使われて、応戦した傑の手にも力がみなぎった。
間に挟まれた憐れな酒瓶を破壊しないように気をつけながら支えると、それを青い双眸で見つめた男が言葉を続ける。
「オマエ毎回楽しそうだもん」
「そりゃ、まあ君を甘やかすのは楽しいけど」
「だから俺もそれやりたいんだよね」
「え」
放られた言葉に、思わず傑の口から間抜けな声が出た。
それと同時に相手の呪力がさらに増して、ぐんと押しやられた酒瓶が傑のグラスの上で傾けられる。
二口分減った質量が呪力を纏った酒によって補われて、先ほどより少し澄んだ色を宿して傑を見上げた。
「楽しいことは分け合うべきでしょ、彼氏なら」
どこで何を聞きかじったのか、言い放った傍らの相手がにんまりと笑う。
さあ飲め、とグラスを勧められ、仕方なく酒瓶から手を離した傑は、自らのグラスを掴み直した。
「…………あんまり格好悪いところ見せたくないんだけど」
「オマエのそう言うところも全部可愛いから大丈夫」
「ええ……」
何が大丈夫なのか、まるで分からない。
しかし、恋人にそんなことを求められて、叶えてあげようかな、なんて言う馬鹿な迷いを酒の回った頭が考え出していた。
これはもはや敗北の兆しなので、仕方なく、傑の手がグラスを持ち上げる。
「キスもさせてくれる?」
「ほっぺにならいーよ」
なんとも酷い恋人はそう言って、そのまま傑のことを酔い潰してしまった。
彼曰くその日の傑は大変可愛かったらしいが、傑はまったく覚えていない、ということにしている。
おわり!