「伏見さん、今日もご飯美味しかったです!」
後片付けをしている臣の元へ、綴が笑顔で寄ってきた。
「口に合ったなら良かった。みんなたくさん食べてくれるから、作り甲斐があるよ」
臣はニコッと綴に返す。綴は「その気持ち、分かります」と自然の流れで臣の片付けを手伝い始める。
「臣さんも、元々家で料理してたんですよね? でも、いきなり17人分のご飯作るってなって、困らなかったですか?」
綴の問いに、臣は少し考えて笑う。
「あー……確かに家よりは作る量が増えたけど、うちも男ばっかりでしかも全員体もよく動かすから、多分軽く10人前くらいは作ってたからなあ。そこにちょっと増えたって感じだ。そんなに戸惑いはないよ」
綴は、その答えに目を丸くする。
「10人前……! 俺は7人の弟たちと両親の分とで10人前くらい作ってたけど、それと同じ量を4人で食べてたってことですか?! すっげー……」
「あはは、全員体ばっかりでかいからな。綴のとこは、まだ小さい弟もいるんだろう? 子供用の配慮とかできる綴の方がすごいと思うけどな」
料理上手な臣に褒められて、綴は微かに頬を赤くする。人生で臣のようにストレートに綴のことを褒めてくれる存在は至極貴重なので、反応に困るのだ。
「配慮だなんてそんな……うちは人数多いのもあって大皿料理が多いですし、子供用って言っても、ちょっと野菜を細かく切ったりとか味付けを工夫したりとか、それくらいで……」
「そのそれくらいがすごいんだよ。毎日のことだし、大変だったろう?」
「いえ、弟の馨も手伝ってくれてたし、伏見さんほどじゃないですよ。伏見さんこそ、料理の種類沢山知っててすごいし、俺も勉強になります!」
綴は真っ直ぐ臣の顔を見て、声を弾ませた。その視線に憧れのようなものを感じ、臣はくすぐったそうに肩を竦めて、少し身を屈め声のトーンを落として綴にだけ聞こえるように囁いた。
「……俺も、綴の料理が好きで、食べる度に勉強させてもらってる。お互い、厨房組として一緒に頑張ろうな」
「!」
いきなり近くなった臣の顔と甘い声に、先程以上に顔を赤くする綴。琥珀のように優しい深みのある瞳が自分への親愛を宿していて、やはり反応に困ってしまう。
「こ、こちらこそ、っす……!」
ぎこちない綴の返事に、臣が「ああ、よろしく」と朗らかに笑った。そこへいづみが「なになに? 何の話?」と近寄ってくる。臣が
「いや、寮の料理番として一緒に頑張ろうなって話をしてたんだ。カントクからも、いっぱい勉強させてもらうよ」
と答えると、いづみは「もちろん! カレーとスパイスのことなら何でも聞いて!」と胸を張った。
「……」
そのままカレーについて話し始める臣といづみを見つめながら、綴はほっとしたような、少し残念なような、不思議な気持ちになった。そして、そんな気持ちになった自分を、冷静に観察する脚本家としての自分もいることに気付いていた。そっと自分の胸に手を当て、じっと心の動きを見つめる綴。
(この気持ちも……いつか、脚本に活かせるかな)
〇
新生冬組も揃い、また厨房組は一段と忙しくなった。冬組メンバーは全員大人で、毎日の三食に夜のつまみ作りがひっそりと加わった。とはいえ、そのつまみ作りは夕食作りの延長で臣がさらりと作ってしまうから、綴は殆ど手伝うことはなかったが。
「……伏見さん。今、何作ってるんですか?」
「ん? これか? 生ハムの桃巻きだ。東さんからのリクエストでな」
「桃って生ハムに合うんですか?!」
綴にとってはなかなかの衝撃だった。そもそも桃はともかく生ハムを食べる機会なんてそうそうなかったし、食べるとなっても桃を巻くという発想には至らない。
「はは、生ハムメロンってあるだろ? あれの親戚みたいなもんだ」
「生ハムメロンって、空想上の食べ物だと思ってました……」
「ははは、空想上は面白いな。東さん曰く、生ハムのフルーツ巻きは白ワインとかによく合うらしい。俺も食べさせてもらったけど、なかなか美味しかったよ」
そう言われ、綴は思わず東が手ずから生ハムのフルーツ巻きを持ち、「あーん」と臣に食べさせている場面を想像して顔を赤くしてしまった。
(な、なんだかすごく……淫靡だ……!)
東は勿論だが、臣もドキッとするような色気を醸し出すから、その二人が「あーん」なんてやってた日には……ちょっと直視できないかもしれない。
(って、何考えてるんだ、俺!)
ぶるぶるといきなり頭を振り出した綴に、臣が「綴?」と不思議そうな顔で声をかける。綴は慌てて話題を変えた。
「ふっ、伏見さんは、白ワインとか飲むんですか?!」
学生の中では、臣だけが成人していて酒を飲める。綴も酒に興味はあるがまだ飲めないので、ちょっと聞いてみたかった。だが、臣の反応は芳しくない。
「あー……あんまり飲まない、かな。成人した時に親父と飲んだんだが、俺、あんまり酒癖が良くないみたいで……あんまり度数の強いものは飲まないように気を付けてるんだ」
「え? そうなんですか?」
意外だった。臣は体格もいいからお酒もよく飲めるのだとなんとなく思っていたのだが、思い返してみれば確かに東や左京、至と飲んでいる時も、ビールなどを付き合い程度、という感じだった。
「酒はどれも美味しいとは思うんだが、まだ怖くて量はちょっと飲めないな。慣れてくれば東さんや左京さんたちみたいに、色々飲めるようにはなりたいと思うんだが」
そう困ったように笑う臣に、綴は気付けば声を上げていた。
「じゃあ、俺が飲めるようになったら一緒に練習しませんか?! 俺も脚本書く時の参考に色々酒が飲めるようになりたいと思ってますし、伏見さんとなら大学の帰りとかで一緒に買い物もできるし、こうやって厨房でつまみ作りながら飲むのとかドラマや映画でちょっと憧れたりとかしてて……!」
我ながら言い訳がましい誘い文句だな、と思ったが、臣はきょとんとした後で嬉しそうに破顔した。
「それはありがたいな。左京さんも鍛えてくれるって言ってくれてるしそれはそれで有難いんだが、やっぱり同じ足並みで一緒に馴れていくっていう仲間がいるのも心強いからな」
「! はい!」
臣の言葉に、綴は声を弾ませて答えた。耳が熱くなっているのが自分でも分かる。
(本当に、いつか伏見さんとこうやって並んでつまみを作りながら、こっそり飲みたいな……)
その時は、お互いお酒を味わえるようになっているのだろうか……まだ少し先の未来に、綴は明るい期待を馳せた。
〇
「綴、お疲れ様」
「伏見さんこそ、お疲れ様です」
綴と臣がMANKAI寮で料理番となって、数年が過ぎた。各組新入団員も加わって、団員たちは24人になった。そして明日は、MANKAIカンパニーで全団員が主演公演を務めた記念のパーティーだ。
いづみがカメラマンや資料の作成で忙しかったので、料理番の臣と綴が中心となりパーティー料理を準備した。仕込みは全て今日までに済ませ、当日は焼いたり揚げたりオーブンで温めたりするだけだ。
他の団員たちは明日のパーティーが待ちきれないようにいつもより早めに部屋に引き上げて行ったので、厨房の片付けをしていた綴と臣が最後までキッチンに残った。臣が綴の傍にそっと近寄ってきて、耳元で低く囁く。
「……綴。もう少しだけいいか?」
「え?」
その声の甘さにドキッとした綴は、臣が手に持っている小さな瓶に気付くのが遅れた。
「準備お疲れの労いに、ちょっとだけ早い祝杯だ」
臣が掲げたのは綺麗な瓶の日本酒と2人分のお猪口。綴は思わず破顔する。
「はい! 喜んで」
そして、キッチンの中で小さく乾杯をする。臣がお猪口と一緒に取り出したのは、あんのかかったつくねのおつまみだ。
「これ……」
「これは、明日の仕込みの時に、俺たち用に余分に作ったおつまみだ。だから、みんなには内緒な?」
そう言って唇の前で人差し指を立てる臣はくらっとするほど様になっていて、綴は思わず見惚れてしまう。格好良くて、料理上手で、気遣い上手。そんな臣が自分たちの為だけに作ってくれたというおつまみとねぎらいの祝杯に、綴の胸は高鳴った。
「……この数年、伏見さんと料理作ってきましたけど、やっぱりずっと伏見さんには敵いませんね」
お酒を飲みながら、いつもは言わない言葉が零れる。臣のお陰で料理の腕も上達したし料理のレパートリーもかなり増えたけど、そのどちらでも臣には全く敵う気がしない。
臣はゆっくりと猪口を傾けながら微笑む。
「俺は、綴の得意料理にはどれも敵わないって思ってるけどな」
「そんなこと……」
「あるさ。綴のチャーハン、何回も真似しようとしたけど、なかなかうまくいかないんだ」
そう言われて、綴は嬉しさで顔を赤くする。自分の尊敬している人にその分野で褒められたら、舞い上がってしまう。それに、臣の言葉には常に気持ちが通っている。それが本音だと分かるから、綴は臣の言葉にいつも胸を高鳴らせてしまう。
「じゃあ、お互い敵わないって思ってるってことで。また一緒に厨房組として一緒に頑張りましょうね」
「はは、そうだな。って、前にもこんな会話したな」
「はい。新生秋組結成当時、一緒にキッチンでこんな話しましたね」
お互い見合って、自然とくすくす笑いが零れる。
「あの時から時間が経って、料理の幅も増えたし、一緒にキッチンでお酒も飲めるようになりましたけど……でも、あの頃から変わってないのかもしれないですね」
綴がそう言うと、臣も「そうだな」と頷いた。そして、空になった綴の猪口にお酒を注いで微笑む。
「でも、そうやってお互いに尊敬しながら切磋琢磨していくところは、変わりたくないって思うよ。これからも、綴と一緒にこの寮の厨房を守っていきたい」
とろりとした琥珀色の真摯な瞳に、綴も思わず目を潤ませる。この場だけは、誰にも邪魔されない二人だけの空間だ。
「……はい、俺も。ずっと、伏見さんと一緒にこの厨房を守っていきたいっす」
(そして、時々こうやって、2人だけで互いを労いたい……なんて、ちょっと我儘かな)
そう思って口に出さなかった綴。だが、臣はふっと微笑んでまた猪口を掲げた。
「そして、時々こうやって、2人だけでこっそりキッチンで飲もうな……二人だけのささやかなご褒美だ」
「!」
心を読まれたかのような臣の言葉に、綴は目を見開いて、そして頷いた。
「はい! 楽しみにしてます」
やっぱり伏見さんには敵わないな――……そんなことを思いながら、綴はカチンと盃を交わした。【終】