森を抜けた一行の眼前に、青々とした草原が飛び込んだ。
「……この先を直進か。サイクロンズ、シャークズ、行くぞ」
すぐ近くにあった看板を確認してからミズキが前を行く。
「おーう!」
「風が気持ちいいっすね!」
「ナチランのお姫様、ひと目見たかったのよね!」
その後をリッキー達が続いた。
「お姫様、どんな人なんだろうねー?」
「それはもちろん、キレイでステキなすごい人に決まってるじゃない!」
「なんでそんな子供っぽい表し方を当たり前のように言えるんだよ」
「その通りです」
「うをっ!? びっくりした……」
「アスカさん、いつ私達の後ろに?」
驚くサイクロンズに対しアスカは至って真面目な表情で口を開く。
「そんな言葉でひっくるめてしまったら失礼に値します」
「またあなたね! あたし達の話に口出ししな――」
「じゃあ、どう言い表したらいいのー?」
「ちょっとリュウ!」
「アスカさんがその人について詳しいなら、私にも教えてほしいな」
「マルーまで……!」
「そうですね。では、一般的な説をお話ししましょう」
アスカがこほんとひとつ咳払いし、ナチランの姫について話を始めた。
「代々この地域の中心的存在である自然豊かな国――ナチランネイト。その国の姫は数年前、緑の戦士として槍をとり、ミズキさんも含む四人の仲間と共に影の力を封印しました。 今では王妃として、この地域の八割を占める政治を行っています」
「緑の戦士で、しかも政治をやってるのか!?」
「とんでもなくすごい人じゃない!」
「だからその例えが失礼だって言ってるだろ……」
「槍使いなんだー」
「楽しみだね!」
「さて、雑談はここまでにして、先を急ぎますよ」
「皆行こっか!」
晴天の下、踏み均されて芝生となった路を歩いてゆく一行。森の中を進んでいた時には咲かせていた話の花も、あらかた会話が終わった今では口をつぐみ、皆まだ見ぬナチランネイトの城とそこで待つ姫の姿に思いを馳せていた。
しかしそれは、一人の息切れで解かれることになる。
「はあ、あ、の……」
「どうしたのリンゴ? 疲れちゃった?」
「ええ、足が、しびれて……もうダメ! あたし動けないっ!」
言い放ったリンゴはその場で腰を下ろしては天を仰いでしまった。
「おい、お前歩けよ」
「無理なものは無理ー!」
「足が痺れてるんじゃ、少し休ませたほうが良いと思うな。――ミズキさん! 少し休憩させてください!」
「そうしたいのは山々だが」
と辺りを見回すミズキ。彼女に合わせてマルーも周りを見ると、馬や狼や兎等、様々な動物が活動している姿を確認できた。それらは皆群れを成しており、人間であるマルー達を珍しげに見てくる。
「あれらは皆、この辺りを縄張りにしている魔生物だ。私達はそこに侵入している身。一刻も早く通り過ぎたい」
「しかもここは街でもないだろ? 暗くなったら身動きが取れねー。かといって松明なんか使ってみろ? 今見えてる魔生物が大集合間違いなしだ!」
「つまり、お城に到着するまでは休憩が危険ということですか?」
「そういうことだ」
「分かってくれたな? じゃあさっさと進むぞー」
こうして説明してくれたミズキとリッキーが先へ行く。
「なら、どうしても歩かねえとな」
「そんなこと言われても、無理なものはムリ!」
「だめだよー。ここに居続けるのは危ないんだよー?」
「でもあたしは疲れたの!」
「言ってる暇は無いんだっつーの!」
「行かなきゃ駄目なんだよー?」
「三人共! そんなに騒いだら――」
びええええええええ! と濁った鳴き声が辺りを震わせたと同時にどたどたと地面を蹴る音が近付いてくる。振り返ったマルーはその正体を認識するよりも早くその場を駆け出した!
「リンゴ走って! ボールもリュウも早くっ!」
「「「 え――っわああああああああ! 」」」
「何だ? 一斉に悲鳴あ……げっ!? まずいまずいまずい!」
走るサイクロンズの後ろを見てリッキーも逃走する始末。
「お前ら走れえええええっ!」
「リーダーどうし――うえぇっ!?」
「何なのリッ――ええっ!?」
「あれは、ネクナガノニジシロ――!」
シャークズ全員を逃げ一筋にさせたネクナガノニジシロが、虹色の鶏冠と真っ白な翼を逆立てながらダチョウの如く迫りくる。
「どうしてこんな状態のあたしを最後尾にして皆逃げてくのよーーーっ!?」
「お前が元凶だからに決まってるだろがーーーっ!」
「だけど、あのままリンゴを走らせるにはいかないよねー?」
「でも私どうしたら良いか分かんないよ! リッキーさん達だって逃げてるのに!」
と追いかけられるしかないサイクロンズ。そのリーダーであるマルーが言った通り、リッキー達も逃走中だ。
「あいつら余計なことしやがって!」
「ですが騒ぐだけでは怒りを買う条件に合致しません」
「アスカちゃんどういうことっすか!? あんなに怒ってるっすよ!?」
「きっと近くに巣があったのよ! あの子達は巣の門番みたいな存在だもの!」
「ランシーさんの言う通りです。ただ、辺りに彼らの巣は見当たりませんでしたが――」
アスカは訝しげに遠くを見やる。そこには霞越しに一本の大樹がそびえていた。
「まさか、あの子達の巣はあの大樹!?」
「そういうことになりそうです。ミズキさんもそこに着目していますから間違いなさそうです」
「……って! ミズキさんだけ追いかけられてないのはどうしてっすか!?」
「ズルいぞミズキさんーっ! 俺達はこうやって巻き込まれてるのにーっ!」
「そんなに声を上げたところであの鳥の狙いは変わらないぞ。頃合いを見て迎撃するからしばらく頑張れ」
「頑張れって……くっそーっ!!」
リッキーは鳥に向かって踵を返した! 対象に向かって駆け上がった彼はしかと地面を踏み締め両手を前方へ。眼前に一枚の透き通った長方形が出現! その長方形で鳥の進行を阻むと顔を後ろへ向けた。
「お前ら回れっ!」
早口で飛ばした指示でアスカ達がすぐさま引き返し対象の背後を取った!
「行くっすよ!」
「はい!」
「はあっ!」
背後から急に飛んできた、三叉と双剣とホノオに対応出来なかった鳥は、一声あげて息を引き取った。
「私が出る幕でもなかったか。サイクロンズ、シャークズ、城へ向かうぞ」
「うっす! ――ふぅ、危なかったぜ」
「ありがとうございました、リッキーさん。おかげで助かりました!」
「気にするな、マルー。悪いのは大騒ぎしたあいつらだしな」
とリッキーが視線を送った先には、すっかり伸びているリンゴとボールとリュウの姿が。苦笑を浮かべるしかないマルーを横目に彼は三人の下へ歩み寄った。
「いいか? ここは比較的温暖で、生息する魔生物も穏やかなヤツが多い。とはいえ! 生活の邪魔されたら対象を排除しようと襲いかかるに決まってる。つーか基本はな? 国や街の外は魔生物の巣窟なんだぞ!? もたもたするのはおろか、騒ぎ立てるなんて以ての外だっ! お前らが今回どれだけ危険で軽率な行動をしたか! これで分かってくれたな?」
「「「 はいっ! よく分かりましたっ! 」」」
「じゃあさっさとここから離れちまおう」
そう言ったリッキーの視界が急に暗くなる。
サイクロンズの周辺が、どんよりと影におちていた。
「なんだ曇ったのか? でも今日は安定の晴れだって……」
ぶつぶつとつぶやくリッキーの上から、不意に七色の羽が一枚舞い降りてきた。羽を手に持ったリッキーが、降りてきた方向へ視線をやると……
「お前ら動くな。親玉に目をつけられた」
「親玉ですか?」
リッキーが上空を指差す。見上げたサイクロンズの目には、虹色の身体に真っ白なとさかを生やした巨大な鳥の腹が見えたのだ。その鳥はマルー達を離れ、今にも大きく左へ旋回しようとしている。
「おー……」
「あれがさっきの鳥のメスだ。子分を殺した犯人を探している」
「でっけーな……」
「こんな魔生物もいるのね……」
「これ以上目で追うな。平然を装って進もう」
それからのマルー達は無言のまま目的地へ歩み続けた。だが、先に進んでいたミズキ達に合流しても、ナチラン城の面影が見えてきても、巨大な鳥が偵察をやめることはなかった。
「まだ付いてくるみたいっすよ?」
「私達を怪しんでいるようね」
「実際やったのは私た――」
「はいはいはいアスカちゃんー? もう分かりましたから話さなくていいわよー?」
「……そうですか?」
「参ったな。もうすぐナチランの城に着くっていうのに」
一行がお手上げ状態となったその時だ。
「皆さん! しーっ、です!」
「どうしたのマルー? 急に静かにしてなんて」
「聞こえてこない? フルートみたいな音色が」
「フルート、ってなんだ? 笛っぽいヤツの事か?」
「そうですそれです!」
マルーの言葉に従って静かにしていると、どこからか、風に乗って彼方へも届きそうな、心地の良い笛の音が聞こえてきたのだ。
「いい音色ね」
「確かこの音は――」
ミズキがそう言って見た先は、白色を基調とした辺りを水流が囲う城であった。その城から確かに聞こえてくる笛の旋律は、一行の上空に居た大きな鳥の進行を止めさせ、やがて城を背にどこかへ飛んで行ってしまったのだった。
「帰っていくねー」
「あの音のおかげなのか?」
「それだとしたらすごいわ!」
「動物をも従えてしまう。これがこの国の方々に備わった力なんです」
「力?」
「その通りだ。そして、あれほど巨大な鳥の意までも動かしてしまう。それがあの――」
言葉を止めたミズキに合わせて全員が視線を向けた先で、城中層部の扉から一人の女性が現れた。一行に微笑むと、ドレスの胸元の飾りが傾いて光り、女性の笑顔も静かに華やいだ。