妖精が住む森の調査は、空にあった星が薄らいでも続いていた。その調査を心置きなく行えるよう、拠点の留守を任されている者達が居た。
「……わ、私、寝ちゃった?」
「起きたっすか?」
「……おはようございます、ブラスさん」
 その内の一人であるマルーは寝ぼけ眼。そんな彼女に、おはようっす! と元気よく挨拶したブラスは、しっかり目が覚めているようだった。
「まだ帰ってこないんですね、皆」
「空の色も変わってきてるっす。しばらくしたら戻って来るっすよ」
「……もうすぐ朝かぁ」
 マルーはブラスとアスカと共に拠点で見張りを行っているのだが、マルーの視界にアスカが入らない。
「ブラスさん。アスカはどこですか?」
「アスカちゃんなら散歩に行ったっすよ。もうじき戻るんじゃないんっすか?」
「そうですか」
 ふう、と息をついたマルーは、寝る為に寄りかかっていた木の幹に再び腰を預けては、真っ正面の焚火がすっかり消えている様をぼんやり眺める。
 澄んだ空気と静かな環境が再び微睡みを誘う。この感覚に身を任せたら心地よく眠りに就けそうだ――そう考えると自然にマルーの瞼が下りていった。そうして視界を遮れば森中に耳を傾けられる。と思っていたのだが、何故だかそれに集中出来ない。無性に胸がざわついて落ち着かないのだ。
 そんな緊張感にたまらなくなって目を開けた時。
「え」
 マルーの喉元で、湾曲した刃が光っていたのであった。
「おはようございます、マルーさん。私があなたに刃を向けてから何秒待たせるつもりですか? まぁ、私の予測より気付くのは案外早かったですけどね。さすが五大戦士の一人、とでも言えばよろしいでしょうか」
 背後の幹越しにこう告げるはアスカ。彼女が差し出すように構えている湾刀が、マルーの首元を囲むように峰を伸ばしている。
「ですけど、これでは全くもっていけません。もしも私が敵であったら、今ごろマルーさんの首はその辺りで転がっています」
 言いながらマルーから離れ、正面に現れたアスカは、持っている刃先でその辺りの地面を指し示す。
「敵は――カゲの一部は、いつどこから私達の元に現れるか、全くと言ってよいほど検討がつきません。それに、彼らは生物全てに容赦いたしません! その生物がどんな状況におかれてあるとしても、彼らは構わず命を奪っていきます! 例え対象が眠っていようと何をしていようと――」
 勢い余る語りようにマルーから返す言葉が出てこない。それを察知してか、アスカは口を抑えた。
「すいません。話が過ぎましたね……とにかく、私は今後からマルーさんの感覚を研ぎ澄ますべく、不定期に奇襲をかけさせていただきます」
「奇襲?」
「マルーさんにしかけました、私のあの行為だと思って下さい。 予期せぬ敵からの攻撃に対応出来る力をマルーさんが得られますよう、微力ながら、お手伝いさせていただきます」
「予期せぬ攻撃に対応……」
「攻撃は最大の防御って言うっすからね。アスカちゃん、考えたっす!」
「気を抜いてしまったところをやられてしまうなんてこと、戦士としてみっともありませんから、常に気を締めていて下さいね。私はあなたに隙があればいつだって殺れます」
 そう言ってアスカは湾刀を見せつけた。明け方の木漏れ日に照らされて白く輝く刃は、短剣より長めの刃渡りだ。それを支える柄は正円の中に一本棒が通っており、その形を活かすように、アスカは指一本通してぐるぐる回したり、上空に投げ飛ばしては柄の正円側を掴んだり。その勢いのまま刃先を下にやり、ももに巻いていた帯状の皮ベルトに取り付けると、すっと刃が消えた。これで彼女のワンピースの裾に武器が隠されたことになる。
「わ、ワンピースの下に武器を隠してたんだ! すっごくかっこいいね!」
「それはどうも、ありがとうございます」
「あ」
 マルーの頭上に、アスカのもう片方の手で持っていた湾刀が光る。
「私は、隙があればいつだって殺れると、申しましたでしょう?」
「はい……」
「今後は気をつけて下さいね?」
 そう言ってアスカは武器を下ろして、一方と同じように武器をしまうと、自信を覗かせてながら微笑んでみせた。
「よし。私頑張るよ! アスカに隙を見せなきゃ良いんだよね」
「そんな軽い気持ちじゃ太刀打ちできないっすよ! アスカちゃんの奇襲は本当に上手いんっすから! いつチームから抜け出していつ敵の真後ろに立ったか、リーダーでも分からなくなることがあるくらいっす」
 近寄ってきたブラスはマルーの隣でモリを構える。彼にならって武器を構えたマルーが拠点を見回した時、既にアスカは姿を消していた。再び奇襲を仕掛けるのだろう。
「こういう時、目で景色の変化を捉えるのも良いっすけど、せっかく鍛えるなら耳を使ってみるっす」
「耳、ですか」
「はいっす。相手の僅かな動きによって振動する空気を聞き取るっす。もしかしたら、足音や、身体が木の葉や枝にぶつかる音が聞こえるかもしれないっすよ?」
 言われるがままマルーは目を閉じ、耳を澄ますことにした。
 耳に意識を集中してみると、撫でるような風が耳元をくすぐってくる。森の葉一枚一枚におはようを告げるような風の中、さく、さく、と草地を踏み締める音が近づいてきた。その音は不規則なリズムを奏で、まるで複数人でマルー達を惑わしているようだ。そんな怪しげなリズムに警戒心を強めているのは彼も同じだった。
「そこっす!」
 と声を上げるや否やブラスはモリを突出! 三叉が枝を捉えた瞬間、むをっ! と声がした――ブラス以外の男の声だ。
「この俺に武器を向けるとは、いい度胸じゃねえかブラス!」
「あぁっ! リーダーすいません! すいませんっす~!」
 モリから手を離し、慌てて突き出した先へ駆け込んだブラス。そこには鋭い目つきのリッキーが立っていたのだった。そして、彼がその場でブラスを叱る横を、ボールとリュウが通り過ぎていった。
「二人共おかえり!」
「ただいま。いきなりブラスさんの武器が出てきたときはビビったぞ」
「ごめんねボール。一緒に特訓してもらってたんだ。リュウもごめん、びっくりしたでしょ?」
「うんー……」
「あれ? 元気無いけど、何かあった?」
「リュウが自分で助けたらしい妖精が、俺達に全く見えなくて落ち込んでるんだ」
「妖精さん助けたの!? こんにちは! 出ておいでよ妖精さん!」
「もう出てきてるよー」
「え? ……どこにいるの?」
「リュウの頭上で二匹が追いかけっこしてるらしい」
 へえ、と漏らしたマルーは、ボールに言われた位置へ目を向ける。凝視する彼女の為にその場を動かないでいるリュウだが、その表情には疲れが混じっていた。
「ごめんねリュウ。私にも見えないや」
「そっか。仕方ないねー」
「アスカさんはどうすか?」
「へ!?」
 ボールが呼びかけた名前によって、マルーは驚いた猫の如く身をよじった。
「どうしてマルーがそんなに驚くんだよ」
「あ。あー……ついさっきまでアスカ出かけてたから、帰って来てたんだーって思って。おかえりアスカ!」
「はい、戻りました。それでボールさん、何がどうなんでしょうか」
「おっと。今リュウの周りを妖精が飛んでるらしいんすけど、見えますかね?」
 いつの間に戻ってきていたアスカは、リュウ全体を眺めるられる距離まで近づき、止まる。静かに彼を見つめる様からして、マルーの反応と違うことは見るも明らか。それを感じてか、リュウの表情から陰りが和らいでいた。
「どう? アスカには分かる?」
 とことことアスカの横についたマルーが尋ねるも、アスカはリュウを見つめたまま。彼女の答えをじっと待っていた時、全く違う方向から木々を掻き分ける音が飛び込んできた。
 全員がその音に目を向けた瞬間、帰ったぞ、との声。直後に現した姿を見て一同は、おかえりなさい! とその人を迎えた。
「皆無事に戻ったようで何よりだ」
「ミズキさんも、ランシーさんも、リンゴも、無事でよかったです!」
「マルーちゃんこそ、その様子だと何事も無かったみたいね。アスカも、留守を守ってくれてありがと」
 ランシーの言葉を受けたアスカがこくと頷く付近で、大きい欠伸が一つ。それにより場の皆の視線が向けられた本人は、大きく伸ばした背筋をぴたっと止め、申し訳なさげにはにかんだ。
「ごめんなさい。到着した途端、気が緩んじゃって」
「そうだよね。リンゴお疲れ様!」
「途中で仮眠をとったとはいえ、気は休まらなかったわよね……ねえミズキさん、しばらく休息の時間にしましょ?」
「そのつもりだ。正午までは自由時間とする」
「じゃあ、あたしはその時間まで休みますね」
 構わない、というミズキの言葉を聞いたリンゴは、据わりの良さそうな幹に近付いては腰を下ろし、瞳を閉じた。
「じゃあ私は……アスカに色々教えてもらおうかな!」
「そういえば、そんな約束をしてましたね――」
 とマルーはアスカに付いていく。その二人を見て、リュウの隣を飛ぶレトが口を開く。
「けっきょくだれも、わたしたちに気付かなかったね」
「そうね……」
 レトに同意するラトは、リュウが言っていた仲間達を静観する。必死に謝るブラスにも、その謝罪に耳を澄ませるリッキーにも、最後に帰って来たグループの中に居た、ランシー、ミズキにも目をやった。
「たくさんのおなかまさんが、いらっしゃいますね」
「どの人もたのもしそうなのになぁー。どうしてきみにしか見えないのかなー?」
「やっぱり皆、二人のことが見えないんだねー」
「ねぇリュウ? そのしゃべり方はなんとかならないの?」
「どんなしゃべり方ー?」
「その「たぁー?」っていうしゃべり方! マヌケなかんじがするし、他の人と比べたら明らかにたよれない!」
「レト! そんなこと言わないの!」
「いいのいいのー。よくマヌケそうって、言われるからー」
「ですけど!」
「大丈夫だから、ね?」
「……はい」
 しゅんとするラトと、頬を膨らませるレト。二人の姿をなんとなしに見ていた時だった。
「リュウー! 良かったらおいでよ! アスカが分析してくれるってー!」
「分析ー? 何を分析してくれるのー? ――」
 マルーに声を掛けられたリュウは、吸い込まれるように彼女の下へ。こうして、妖精が住む森、滞在二日目が幕を開けた。
カット
Latest / 190:15
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
イセカイサイクロン『074話 夜明けの森』'22.3.11~25
初公開日: 2023年03月25日
最終更新日: 2023年03月25日
ブックマーク
スキ!
コメント
“イチから成長する異世界転移ファンタジー”をモットーに綴っています『イセカイサイクロン ~Earth's Wind's Souldiers~』の超最新話執筆ライブです! 超最新話の為ネタバレ必須⚠ ですが、70話以上あるので一周回って新鮮に感じるかも?笑
最近は、ごく少数ですが執筆模様を閲覧してる方が居て励みになってます! 気に入っていただけましたら「カクヨム」または「小説家になろう」で001話から読みに来て下さーい!
カクヨム版▶https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054884112223
小説家になろう版▶https://ncode.syosetu.com/n4486hv/
※ここで執筆しているものはカクヨム版の最新話です。なろう版はこれの40話程更新を遅らせてます。
イセカイサイクロン『073話 妖精擁護』'22.3.3~3.10
“イチから成長する異世界転移ファンタジー”をモットーに綴っています『イセカイサイクロン ~Earth…
かーや・ぱっせ【チャット歓迎】
彼女の翼を捥ぐ話 第三十二話
堕天した天使とそれに付き添われている主人公のお話の三十一話目を書きます。
ひさぎ
ぶくなぎが婚姻届け差し出してくる話
ぶくぶ先生の描いたP5X主人公可愛くない?
むいこ