溶けていた意識が覚醒していく、身体が集まり元に戻って行くのを感じる。
「死」とは、常に共にあった。他の生き物にとっては恐怖の対象のようだが、ドラルクにとっては日常の一部。取るに足らない些細な出来事である。死んだとしてもすぐに再生するし、死ぬときは一瞬だから、それを恐れたり抵抗したりする必要はない。ただ受け入れるだけ。もちろんそれは、ドラルクが貧弱すぎるがゆえの一種の諦観でもあったが、もとよりお気楽な性格をしているためあまり気にしていなかった。もし、ドラルクが人間だったらこの貧弱ですぐ蘇る身体には精神が耐え切れなかったかもしれない。しかし、ドラルクは吸血鬼である。人間とは流れる時間の速さが、初めから違うのだ。この世のすべてはいつか訪れる本当の「死」のための、暇つぶしである。それゆえ刹那的に、享楽的に、吸血鬼は生きている。
『だから君が気にする必要はないんだよ、ヘンリーくん』
ドラルクは目の前に座っている青年を見つめた。彼の全身はずぶ濡れになっており、肩で息をしている。しきりにかきあげていた金髪は、額に張り付いており元気がない。
「ロナルド、いなくなったんだろ」
『そのようだね』
「やっちまった気を付けてたのに」
『……』
苛立ちを隠さず、プールの水面を激しく打った。白い水しぶきが上がり、やがて元の凪いだ水面に戻る。ドラルクは写真でしか見たことがないが、昼のプールとは違い夜のプールはとても不気味だ。本来は人でにぎわうその場所が、がらんどうになっているせいかもしれない。暗闇の中でゆらゆらと動く水面は、その腹で怪物を飼いならしているようで見ていてあまり気持ちのよいものではない。もっとも、ドラルクは吸血鬼なので真っ暗なはずの水の中がよく見えた。
本当によく見える。
だからプールに落ちたはずのロナルドがいないことはすぐに気が付いた。
自分も一緒に落ちたのだ。無謀にもあのゴリラを助けようと、手を伸ばしてしまった。
『まったく、わたしも冷静ではないようだ』
「え」
「おーい! ドラルクさん、斧の人ー! 無事だったら返事してくださいー」
『ヌヌー! ヌヌヌヌヌヌ! ヌヌヌヌヌン!』
「あ! あそこある! そんなところでなにして……る」
勢いよく走ってきたターちゃんの歩みが止まる。わなわなと震える手で、ヘンリーをまっすぐ指さした。
「こ、こいつよ! こいつがワタシ助けた変なやつね!」
「えぇ⁉ うそ、なんで急に」
サテツは混乱して、ターちゃんとヘンリーを交互に見ている。
「ん、あいついないある。斧もったサイコパス野郎」
「なんで? こっちに一緒に来たはずじゃ、あれ。ロナルドは?」
一気に情報が来たので混乱してしまったらしい。サテツはうろうろとその場をまわり始めた。
不安そうな犬のような目でサテツはこちら見た。ドラルクはため息とともに首を振る。
『我々は後手に回ってしまったようだ。ロナルドくんはいなくなった』
「い、いなくなった!? そんな」
「あいついなくなる、きつい。ムカつくあるが、あいつワタシたちの中で一番強い。ロナルドいないは、脱出むずかしい」
ターちゃんは静かに爪を噛んだ。
『わたしもそう思う。いやー困ったね』
「……なんかお前余裕ね」
『そう見えるかい?』
「ロナルドが心配じゃないのか?」
『ヌヌ?』
『あー。まぁ心配っちゃ心配なんだけどね』
ドラルクは軽く頬を掻く。
『なんというか、大丈夫そうじゃない?』
「は?」
「お前状況わかってるあるか。ワタシたちだけでゾンビ退けるの限界ある。このままだと消耗戦ね」
『うん。わかってるんだけどね』
厳しい表情のターちゃんと反対に、相変わらずドラルクの表情は緩い。しかしどこか困惑していう様子でもある。
『そう、焦るべきなのはわかっているんだけど。なんかロナルドくんなら大丈夫な気がするんだよね』
「珍しいな。ドラルクさんがそんなこというなんて」
サテツは不思議そうに口を開く。
「こういう時は憎まれ口をたたいているイメージがあったんだが」
『ヌヌ!』
『まぁね。上手くいえないんだけどね』
ドラルクはサテツからジョンを受け取る。
『ロナルドくんなら大丈夫だよ。筋肉ゴリラでバカでお人好しで騙されやすくて頼りがいもないけど、ピンチには強い。だから今回も何とかするはずだ。きっとね』
『ヌ~!』
『おや、ジョンもそう思うかい? 気が合うね』
「はぁ、なんだかよくわかんないあるな」
「……信用してるって、ことだろ」
ヘンリーがこちらを向いて呟いた。
『え! そういわれると違う気がしてきたな。なんか不安になってきた』
『ヌー……』
『な、なんだと。ジョンがわたしに生暖かい目を!』
「不思議な関係だな。お前たちは……そういえば、退治人コンビだったか」
「ほとんど役に立ったところをみことないあるがな」
「で、でもドラルクさんは吸血鬼の特徴に詳しいし、毎回誰かちゃんと助けを呼んでくれるし」
『おお、さすがだねサテツくん。自分は大して活躍もしてないのに、わたしのことはよく覚えているようだな。感心感心』
「俺は……俺はダメなんだ。俺も退治人なのに……俺だって頑張っているのに」
『おやおや』
「収集つかねぇある。とりあえず落ち着くよろし!」
ターちゃんがパン! と手を叩いたので皆飛び上がった。ドラルクはちょっと死んだ。