つづきだよ~!
13  通信パート、殺されまくるド、言語の違い、ヘンリーの正体
「おい、どこまでいくあるか」
 とうとう痺れを切らしてターちゃんが問いかけた。その言葉に「しっ」と制すのはヘンリーだ。
「あんまり大声を出すな、バレるだろ」
『さっきのゾンビにかい?』
「そういう感じだ」
『ほぉーーん』
「さっきから歩いてるけどどこに向かってるんだ」
「来たらわかる」
 ヘンリーはそういうと口を閉ざした。
「なぁ、こいつ信用できるあるか?」
 ターちゃんは小声でドラルクにささやく。
『そうはいってもねぇ、他に頼る人もいないし』
「さっきの奴といい怪しすぎるある」
「ドラルクさんは知り合いじゃないのか?」
 サテツも少し屈んでドラルクにいった。
『いや、ロナルドくんがいつの間にか友達になってたんだ。わたしはよく知らない』
「ロナルドっぽいな」
「公園で仲間増やす幼児と一緒あるな」
『ヌ〜』
『中身は五歳児だからね。友達百人欲しいんじゃない?』
「なぁ、全部聞こえてるんだけど……」
 遠慮がちなヘンリーの声に直立不動になる三人。
『聞こえた?』
「まぁ……むしろそれで隠してるつもりだったのか?」 
 気まずそうに目を逸らす三人に、ため息をつく。
「まぁわからなくもないよ。俺怪しいもんな」
『まさかの自覚アリ⁉︎』
「なんで口にだすあるか!」
『だってびっくりしたんだもん』
『ヌヌ!』
「ロナルドが苦労するのが少しわかるよ」
 ヘンリーが目を細めた。それはちょうどなにか眩しいものを見るような動きで、彼の緑の目には一種の寂しさが宿っているようだった。何か声をかけようかドラルクが口を開きかけると、ヘンリーはくるりと後ろを向く。
 しばらく無言で一行は歩き続けた。やはり時折、何かが徘徊する音が聞こえる。しかし不思議と遭遇する事はなく、危険な目に遭うこともないまま船の中を進んだ。
「ほら、ここだよ」
 ヘンリーが止まった場所をみて、一同を眉をひそめる。    
「ここって」
「図書館?」
『ヌンヌ!』
 ヘンリーは何も答えず足を踏み入れる。絨毯と本が音を吸収し、ふわりと紙の匂いが鼻腔を刺激する。
『ここで何をするんだ』
「ロナルドを助けるためだよ」
「わけわかんねぇある」
「分からなくていい。協力してくれ。まずは灯りを消して」
「……灯りを消したら何も見えないじゃないか」
 サテツは不安そうにヘンリーを見た。
「少しの間だけだ。それに、ドラルクは見えるんだろ?」
『あぁ! わたしは吸血鬼だからね』
「だから信用できないある」
『スナァァ……』
 静かに砂になるドラルク。
「何か見えたらすぐ教えてくれ、な? いま頼りなのはドラルクさんだからさ」
『ヌヌー!』
『ふふ、そうであろうそうであろう』
 ドラルクはすぐ死ぬが回復も早い。
 一同は頷いて部屋の灯りを消した。ドラルクには昼間とほぼ変わらないレベルで物が確認できるが、人間には物の輪郭が消えた闇になっただろう。
 サテツは不安げにあたりを見渡している、ターちゃんは腕組みをして正面を睨みつけていた。若干イラついているようだ。
 ヘンリーはといえば、部屋の真ん中で動かずに立ちつくしていた。しばらくそうすると、きょろきょろと辺りを見渡して鏡台の椅子を持ってくる。そしてその上に登り、立ち上がる。
 天井から下がったシャンデリアの飾りがヘンリーの頭に当たって「シャラン」と鳴るのが聞こえた。見えていない二人は、その音に驚いて警戒している。
『大丈夫。シャンデリアの飾りが当たっただけだ、そうだろ?』
「なんでそんなところにいるあるか」
『なんか椅子の上に立ってる』
 ヘンリーがこちらを見てにやりと笑った。ドラルクも肩をすくめる。
「じゃあ、やるか」
 彼はそう呟くとシャンデリアを掴む。
『え』
 光が灯る。
 シャンデリアに付けられた電球部分が淡くオレンジ色に光った。それは線香花火のような微かな光、ヘンリーが掴んだ場所から順々に連鎖するように灯っていく。
 ハッ、とスイッチの方を見るが誰も触れていない。独りでに光が灯っている。
「そ、それどういう仕組みあるか?」
 ターちゃんの呟きは、その場にいたみんなが抱いた物だった。
 やがて光は強くなり、スポットライトのように強くなる。白い光が彼を包み、見えなくなるとそのまま光はふっと消えた。
「いるな」
 
 ヘンリーが床にとん、と降りた音がした。
「もう灯りつけていいぜ」
 パッと部屋に灯りがつく。急に光が目に入ったので目がしょぼしょぼする。
「地図あるか?」
 ヘンリーはごそごそとその本棚を探り始めた。やがて一冊を取り出すと机に広げる。
「ロナルドたちがいる場所がわかった。たぶんもとの船室に向かってる。かなり警戒してるみたいだから、着くのには時間がかかりそうだが」
 彼の指がページをなぞった。蛇行していた指は、やがてロナルドたちが宿泊していた部屋で止まる。
「なんでわかったある」
「灯りを使った。灯りは向こうに繋がってることが多いから」
「向こうって」
「説明する」
 ヘンリーは本棚からもう一つポスターのようなものを取り出した。絨毯を広げるように、ばさりとテーブルに紙が広がる。
 それは図面のようだった。船の図面だ。
 本の隣に並べられると、二つの図面はまるで鏡のように似ていた。
「これ、同じ図面か?」
「よく似てるある」
『確かによく似ている。が、少しずつ違うね。こちらにはプールがないし、客室も一つ足りないんじゃないかな。若干、こちらの船の方が大きいね』
「ほんとだ……」
 こちら、の部分でドラルクは本の図面をトントンと叩く。
『一体このポスターの図面は、何の船かね』
「ドラルクさん、左隅に書いてある。筆記体だな、えぇっと」
「ハーモニー・オブ・ジ・オーシャン」
 ヘンリーの声だけが、図書館によく響く。
「それがこの船の名前」
 ため息のような音が漏れる。
「急ごう」
 ヘンリーは早口に行って立ち上がった。
 あとの三人は顔を見合わせ、慌てて着いていく。
「おい! ちゃんと説明するある!」
「……この船は、いま他の場所と繋がってる。ロナルドたちは向こう側に行ってる」
「なんだそれ」
 サテツが手元の図面に目を落とす。
『……わたしとロナルドくんは、この船にまつわる怪談話を聞いた。我々が乗船した美しき船、シンフォニー・オブ・ジ・オーシャンには姉妹船があったと。しかし船は海に消えてしまった。よく似た船は[[rb:彼ら > ・・]]には見分けがつかない。そのために、姉妹船であるシンフォニーが出航した際には人ならざる乗客が乗っていることがある』
「それと同じことが起きてるってことあるか」
『今まで消えてたって乗客たちも、もしや同じかね? よく似た[[rb:違う> ・・]]船に乗っていた。だから見つからなかった』
「……そうだ」
 同意の言葉を吐いたあと、しかしすぐ唇を噛む。
「でもこんなことは起こらなかった。こんな、向こうのものが入ってくることは。客だって自力で帰ってこれたんだ。ロナルドたちはどんどん奥へ入り込んでる」
『今までとは違うことが起きているってことかい? つまり、他の現象とは異なる何かが……』
「ちょちょっと! 待つある! ストーーーップ!」
 ターちゃんがドラルクとサテツを掴んで止めた。ドラルクは引っ張られた衝撃で、あっけなく砂になる。
「なーにを信用してるあるか! こいつが一番怪しいある。妙に詳しすぎるし、結局何者か話してないある。きと、こいつが黒幕よ」
『判断が早いな』
「で、でもヘンリーさんは親切にしてくれたし。ターちゃんだって助けてもらったんだろ」
 その言葉にぐぬぬ、とターちゃんは返した。例に漏れず彼女も根は相当なお人好しなのだ。
「でも、こんなのへんある。吸血鬼のせいにしては大規模すぎるよ。催眠や幻覚ならとうに溶けてるはずある。だいたいここはシンヨコじゃないある」
「あ、そっか。シンヨコだとよくあることだから気にしてなかった」
『シンヨコだとあり得ないことではないからね』
「お前たちの『シンヨコ』って一体なんなんだよ」
 ヘンリーは静かに絶句する。
「他にも怪しいところはいっぱいあるある。それが解決できるまではお前のことは、信頼できないある」
「……それは、もちろんわかってる」
 彼は絞り出すようにして声を出した。
「俺は君たちの目から見ると怪しいだろうな。でも信じてもらうしかないんだ。ロナルドたちを助けたいのは事実だし、この異変も止めたい。俺はただ友達を見つけたいだけで──」
「ほら、おかしいある」
 ターちゃんの目が一層鋭くなる。
「え」
「お前、わたしの言葉わかる。前もそうだった」
「……どうしたの」
 サテツは混乱してヘンリーとターちゃんの顔を交互に見た。
「わたし、いま母国の言葉で話した。でもお前、わたしの言葉わかる。わたしの国の言葉、話してるね」
「えっ!? でも俺にもターちゃんが話してる言葉は、日本語に聞こえるけど」
「イソギンチャクもそうだった」
ターちゃんは軽く舌打ちをする。
「どういうことだ」
「ショットも、こいつの近くにいる時わたしの言葉わかった。中国語なんて、あいつわかるはずない。でもその時は、あいつの言葉、まだ日本語に聞こえた」
彼女は首を振る。何度も何度も首を振る。何かを払おうとするかのように。
「……いまとても気持ち悪い。サテツ、お前もわたしの国の言葉話してるある」
「え?」
「お前もよ、ドラルク。ヘンリーとかいうお前も。ずっと言葉が違う。話してる言葉は違うのわかるのに、聞こえる。気持ち悪い、本当に気持ち悪い」
 いつもの皮肉を言っている顔とは違う。本当に気分が悪いらしい。
『実はわたしもそうなんだよねぇ』
 ターちゃんとは対象的に、実にのんびりとした声で吸血鬼は言った。
「ドラルクさんもか?」
『きみ、わたしがルーマニア出身なのを忘れているな? まぁいいが。ヘンリーくんは初めて会った時ルーマニア語で話していたんだよ。ロナルドくんには日本語で話していたから器用な子だなと思ったんだけど』
 それを聞いてターちゃんはあんぐりと口を開けた。サテツも同様である。やはり吸血鬼だけが呑気にマジロを撫でている。マジロは嬉しそうに『ヌー』と鳴いた。
「違和感とか感じなかったのか?」
『べつに珍しいなーとは感じだけど』
「でも言葉が違うのはわかったんだよね?」
『すんごい器用だなぁと思って』
「ルーマニア語なんて普通話せないと思わなかったあるか?」
『ヨーロッパ系の人だったから、あり得ない話じゃないのかなーと思ってた』
「……」
「……」
『……』
「お前、めちゃくちゃ使えないある」
『考えた末に直接表現!?』
 ターちゃんからの絶対零度の視線に耐えられずドラルクは砂になった。このバカは放っておいて、とターちゃんはヘンリーをキッと睨みつける。
「とにかく! お前が何者か話すまでは信用できないある! ただでさえ、わからないことが多いのにこれ以上厄介ごとを増やすな」
「そういわれてもな」
 ヘンリーは目線を外す。それは動揺している、というより困惑しているという表現が似合う表情だった。
「俺は、敵じゃない。それは事実だ。でもそれを証明するとなると難しい。本当に申し訳ないんだが」
「また適当なことを──!」
『安心したまえ。彼は敵ではない』
 興奮しかけたターちゃんの肩を、ドラルクはポンと叩く。
「なにね」
『今の状況を考えてみて。訳の分からないことが起こって、我々には圧倒的に情報がない。その中で彼は情報を得ている分いくらか有利な立場に立っている』
「確かに、でもドラルクさんはそれで何が言いたいの?」
サテツが停滞した状況を動かすように尋ねる。ドラルクは満足げに頷いた。
『彼は自分の有利な方法に進めることができたし、適当に理由を挙げて疑われないようにすることもできた。しかし実際はこうな訳だよ。彼は怪しまれ、疑われている。わたしが思うに、彼はそんな迂闊な人間ではない気がするが』
「買い被りすぎじゃないか」と言って、ヘンリーは肩をすくめた。
『それに、今からいうことはわたしの憶測──いや、一種の直感や勘に近いのだが。いくつか質問してもよろしいかな?』
 吸血鬼の眉間に皺が寄る。
『おそらくだが、君が鍵だ。船でいうなら錨。繋ぎ目、といってもいいかもしれんが』
「何の話あるか」
 ターちゃんが訳がわからないという顔で、ドラルクとヘンリーの顔を交互に見る。ヘンリーはどこか疲れたように眉を下げる。
「……わからない。でも、多分そうだと思う」
『自信がないようだが』
「いつからこうなってしまったのか見当がつかない。いつのまにかこうなっちまってたんだ。俺は友達を見つけたいだけなのに」
 緑の瞳は大きく揺らぎ、佇む吸血鬼を見つめている。
『きみはシンヨコを知らない』
「そうだ」
『ずっと船に乗っているね?』
「あぁ」
『初めは別の船に乗っていたのだろう?』
「そうだ。でも、気がついたらここだったんだ」
『[[rb:この> ・・]]船が沈んだのはいつだ』
「……今日」
 ヘンリーは掠れる声で呟くように話す。
「今日の14時きっかり」
 ドラルクの眉が上がった。
『なるほど』
 主人の様子が変わったのを感じ、腕のジョンは『ヌー』と鳴く。
『わかった。では慎重に事を運ぼう』
「お前がわかっても、わたし達はわからないある」
ターちゃんは不満げに頬を膨らませた。
『はやくしないと大変なことになるってことさ。ほらほら鉄の人、今は何時だい?』
「え? えっと、12時……? くらい?」
『ではあと二時間だ! はやく客室に戻ろう!』
「まてまだ話は──」
『賢明なお嬢さん、君の気持ちはよくわかるが今は黙っておいた方がいい』
 耳元で囁かれた言葉にターちゃんは眉をひそめる。
「いきなりなんね」
『これはわたしの憶測、いや一種の野生的な勘、本能的な直感に近いものだが──』
 吸血鬼の口が開く。鋭い牙がそばでよく見えた。
『彼の正体は、まだ暴いてはいけない』
◇◆◇
 客室の様子は当たり前だがひどい有様だった。
 斧でミズキが扉をぶち破った為、破片がそこかしこに転がっている。部屋も慌てて出ていったためか、何者かが踏み荒らしたのか。荷物が散乱し足の踏み場がない。
 唯一、倒したゾンビが倒れていた場所だけが綺麗だった。なぜか細かい血飛沫が散っていたが、一同は目を逸らして考えないようにした。
『これからどうするんだ』
「さっきも言ったが、明かりをつかう」
 ヘンリーは部屋の真ん中にランプを置いた。本来は机の上にあった、丸いランプシェードのついたランプだ。
「さっきもやっていたあるが、それどういう仕組みよ」
『ヘンリーくんが手から電気出す電気人間なんじゃないの?』
「あっ、なるほど。電気って乳首以外からも出るのか〜」
「シンヨコじゃないってこと忘れてたある」
「……もう俺は無視するからな」
 ヘンリーは少しため息をついた。
「別に特別なことはない。明かりは人間に反応するんだ。だから俺が近づけばついて、遠のくと消える」
 いいながら、彼は手をかざして見せた。確かに彼の手が近づくと光が灯り、遠ざかると消える。スイッチが切り替わるのではなく、蛍のように点滅をした。
「光らせるだけなら別に君たちにもできるさ。俺はちょっとコツを掴んでるだけ」
『えー! じゃあ、鉄の人やってみてよ』
「えっ!? 俺?」
 サテツは素手の方をおそるおそる伸ばした。すると引き寄せられるように光が強まる。サテツは感嘆の声を上げた。
「すごい、これ面白いな。ターちゃんもやってみなよ」
「やらない」
 はっきり言われたので少し傷つくサテツ。ジョンがヌーと慰めるように鼻を押し付けてきたので、少し癒される。
『んで、これでどうやってロナルドくんを見つけるんだ』
「いや」
 ヘンリーはランプのコードを抜いた。
「もうここにいるな」
 ひっ、とターちゃんが悲鳴を押し殺す。凍りついた彼女の視線の先には、天井から下がった小さなシャンデリアだ。その一つがふっと光り、また消える。
『見た?』
「み、みえた」
 サテツはガクガクと頷く。
 ヘンリーはそちらに近づいてランプを左右に振った。振った、という言い方は正しくはない。部屋の隅々まで練り歩き、ランプをかざしている。もしや何かを探している──?
 そう感じた時、ヘンリーのランプが一瞬光った。かすかに、何かに反応するように。
「いるな」
 
 ヘンリーはランプをそちらに向ける。ゆっくり歩くと光が増した。一同はごくりと唾を飲んで様子を見守る。
「ここにいる」
 そこはベッドのすぐ横だった。ドラルクの棺桶が置いてあるちょうど真上だ。ヘンリーは慎重に、ランプを置いた。棺桶に当たり、こつんと音が鳴る。
「たぶんロナルドだな」
『なんでそんなことがわかるんだい?』
「この明かりが灯る理由ははっきりとは分からないが、おそらく生命力が元になってるんだと思う。前に子供が迷い込んだ時は大きく光って、老人の時は弱い光になった。ロナルドは健康体で、フィジカルも人一倍強そうだったから」
『たしかに若造はムカつくほど優良健康五歳児だ。ランプが馬鹿みたいに光ってるのはそういう訳か』
 うんうん、とドラルクは大きく頷く。今ここには減らず口を叩いても問答無用に殺してくるゴリラはいないので安心して言える。
「こんだけ光ってるってことは……無事つんてことでいいのかな」
「普通に殴られて気絶してる可能性もあるある」
「ターちゃん、縁起でもないこと言わないでよ」
『問題はどうやってロナルドくんたちを戻すかどうかだが……』
「ひとまずやってみよう」
 ヘンリーはランプを掴む。
『何をするんだ』
「チューニングするんだ」
『どういう意味かね』
「いま、ロナルドは同じ位置だが違う場所にいる。ズレてるんだよ、あっちとは。だから少しだけこちら側に近づける。その時、運が良ければこちら側に帰ってこれる」
 ヘンリーはふぅ、と息を吐いた。どこか緊張しているようだ。
「まぁ正直、向こうが気がつくかどうかは運次第だな」
『もしや、今まで消えていた人間たちが帰ってきていたのは君のおかげかね?』
「さぁね、どうだが」
 ランプを掴む手に力がこもった。手の節々が白くなるほど硬く握り、全身をこわばらせる。
 何が起ころうとしているのか、疑問に答えられるものはいない。残された三人は目配せをして様子を伺う。
 突然──チカチカ、と明かりが点滅した。
 それはまるで火花が散ったような、ぴりりとした衝撃だった。
 掴んだランプだけではなく、部屋全体の明かりが激しく点滅する。何かを訴えかけるように、伝えるように。
 ターちゃんとサテツは動揺して周囲を見渡す。ジョンも不安げに『ヌー』と鳴いた。ただ吸血鬼のドラルクだけが、眩しそうに目を細めてヘンリーの方を見つめていた。
 やがて、いつまでそうしていただろうか。その時はやってきた。
『スナァァ!!!!』
 
突然、ドラルクが塵になる。
『ヌ゛ーーッ!!!!』
「急に脅かすなある!」
「どうしたの? 虫とかいた?」
 うごうごとドラルクは元に戻った。すぐ死ぬことはドラルクにとっても承知のはずだが、彼はなぜか微妙な顔をしている。
 決まり悪いのかと思ったが、そういうわけでも無いらしい。しきりにあたりを見渡している。
「……なにしてるあるか」
 やっとターちゃんが聞いた。
『わたし、いま殺された気がする』
「なにかにつまづいたんじゃないか? ほら、点滅してるから部屋の中が見にくいし」
『違う。そういう感じじゃない。明らかに意志を持った。そうちょうど拳が当たっているようスナァァ!』
「えっ⁉︎ また?」
 サテツも同じようにあたりを見渡す。
『おかしいおかしいこれ絶対おかしい! 殴られてる! 絶対殴られてる! おかしい!』
 いいながら言葉の合間に塵になるドラルク。
「ハァー、こんな大事な場面で遊ぶなよ」
『違うの! ターちゃんこれほんとに遊んでないの! だいたい自分の生死使って遊ぶわけないでしょ⁉︎』
「ベルトコンベア挟まって死んで遊んでたて、ロナルドに聞いたある」
『ウェェェン! ここで効いてくる日頃の行いーッ!!!!』
「な、なにか心当たりはないのか? チューニングの、何かしらの影響がドラルクさんを傷つけてるのとか」
 サテツが必死にでヘンリーに言う。彼はいつだって優しい。問われたヘンリーは首を捻った。
「いや、こんなことは初めてだ」
ほんとに遊んでる訳ではないらしい。ドラルクは殺され、そして蘇りながら『クソックソッ、何度殺すつもりなんだ。蘇るにも体力がいるスナァァ』と塵になっている。
「攻撃を受けている、ということあるか?」
「でも俺たちには何の影響も……」
『ヌ゛~!!!!!?????』
 混乱する一同。何度も殺され、塵になり、ドラルクはハッと気が付く。
『これはロナルドくんだ!』
「は?」
「なんて?」
『絶対そうだ。この拳の角度、容赦のない追撃……絶対ロナルドくんだ! ロナルドくんが殺してるんだよ! あだ!』
「え、え! じゃあロナルドと今繋がってるのか」
「すごいなお前ら本当に……悪運が強いんだな」
「よくわらないあるがでかしたある」
『なんでもいいけど、殺すのやめて』
『ヌヌ!』
 ジョンが虚空に向かって話しかけると、ドラルクへの追撃がぴたりと止まった。
「……もしかして、向こうに声が聞こえてるんじゃないか」
「」
つづきだよ~!
13  通信パート、殺されまくるド、言語の違い、ヘンリーの正体
「おい、どこまでいくあるか」
 とうとう痺れを切らしてターちゃんが問いかけた。その言葉に「しっ」と制すのはヘンリーだ。
「あんまり大声を出すな、バレるだろ」
『さっきのゾンビにかい?』
「そういう感じだ」
『ほぉーーん』
「さっきから歩いてるけどどこに向かってるんだ」
「来たらわかる」
 ヘンリーはそういうと口を閉ざした。
「なぁ、こいつ信用できるあるか?」
 ターちゃんは小声でドラルクにささやく。
『そうはいってもねぇ、他に頼る人もいないし』
「さっきの奴といい怪しすぎるある」
「ドラルクさんは知り合いじゃないのか?」
 サテツも少し屈んでドラルクにいった。
『いや、ロナルドくんがいつの間にか友達になってたんだ。わたしはよく知らない』
「ロナルドっぽいな」
「公園で仲間増やす幼児と一緒あるな」
『ヌ〜』
『中身は五歳児だからね。友達百人欲しいんじゃない?』
「なぁ、全部聞こえてるんだけど……」
 遠慮がちなヘンリーの声に直立不動になる三人。
『聞こえた?』
「まぁ……むしろそれで隠してるつもりだったのか?」 
 気まずそうに目を逸らす三人に、ため息をつく。
「まぁわからなくもないよ。俺怪しいもんな」
『まさかの自覚アリ⁉︎』
「なんで口にだすあるか!」
『だってびっくりしたんだもん』
『ヌヌ!』
「ロナルドが苦労するのが少しわかるよ」
 ヘンリーが目を細めた。それはちょうどなにか眩しいものを見るような動きで、彼の緑の目には一種の寂しさが宿っているようだった。何か声をかけようかドラルクが口を開きかけると、ヘンリーはくるりと後ろを向く。
 しばらく無言で一行は歩き続けた。やはり時折、何かが徘徊する音が聞こえる。しかし不思議と遭遇する事はなく、危険な目に遭うこともないまま船の中を進んだ。
「ほら、ここだよ」
 ヘンリーが止まった場所をみて、一同を眉をひそめる。    
「ここって」
「図書館?」
『ヌンヌ!』
 ヘンリーは何も答えず足を踏み入れる。絨毯と本が音を吸収し、ふわりと紙の匂いが鼻腔を刺激する。
『ここで何をするんだ』
「ロナルドを助けるためだよ」
「わけわかんねぇある」
「分からなくていい。協力してくれ。まずは灯りを消して」
「……灯りを消したら何も見えないじゃないか」
 サテツは不安そうにヘンリーを見た。
「少しの間だけだ。それに、ドラルクは見えるんだろ?」
『あぁ! わたしは吸血鬼だからね』
「だから信用できないある」
『スナァァ……』
 静かに砂になるドラルク。
「何か見えたらすぐ教えてくれ、な? いま頼りなのはドラルクさんだからさ」
『ヌヌー!』
『ふふ、そうであろうそうであろう』
 ドラルクはすぐ死ぬが回復も早い。
 一同は頷いて部屋の灯りを消した。ドラルクには昼間とほぼ変わらないレベルで物が確認できるが、人間には物の輪郭が消えた闇になっただろう。
 サテツは不安げにあたりを見渡している、ターちゃんは腕組みをして正面を睨みつけていた。若干イラついているようだ。
 ヘンリーはといえば、部屋の真ん中で動かずに立ちつくしていた。しばらくそうすると、きょろきょろと辺りを見渡して鏡台の椅子を持ってくる。そしてその上に登り、立ち上がる。
 天井から下がったシャンデリアの飾りがヘンリーの頭に当たって「シャラン」と鳴るのが聞こえた。見えていない二人は、その音に驚いて警戒している。
『大丈夫。シャンデリアの飾りが当たっただけだ、そうだろ?』
「なんでそんなところにいるあるか」
『なんか椅子の上に立ってる』
 ヘンリーがこちらを見てにやりと笑った。ドラルクも肩をすくめる。
「じゃあ、やるか」
 彼はそう呟くとシャンデリアを掴む。
『え』
 光が灯る。
 シャンデリアに付けられた電球部分が淡くオレンジ色に光った。それは線香花火のような微かな光、ヘンリーが掴んだ場所から順々に連鎖するように灯っていく。
 ハッ、とスイッチの方を見るが誰も触れていない。独りでに光が灯っている。
「そ、それどういう仕組みあるか?」
 ターちゃんの呟きは、その場にいたみんなが抱いた物だった。
 やがて光は強くなり、スポットライトのように強くなる。白い光が彼を包み、見えなくなるとそのまま光はふっと消えた。
「いるな」
 
 ヘンリーが床にとん、と降りた音がした。
「もう灯りつけていいぜ」
 パッと部屋に灯りがつく。急に光が目に入ったので目がしょぼしょぼする。
「地図あるか?」
 ヘンリーはごそごそとその本棚を探り始めた。やがて一冊を取り出すと机に広げる。
「ロナルドたちがいる場所がわかった。たぶんもとの船室に向かってる。かなり警戒してるみたいだから、着くのには時間がかかりそうだが」
 彼の指がページをなぞった。蛇行していた指は、やがてロナルドたちが宿泊していた部屋で止まる。
「なんでわかったある」
「灯りを使った。灯りは向こうに繋がってることが多いから」
「向こうって」
「説明する」
 ヘンリーは本棚からもう一つポスターのようなものを取り出した。絨毯を広げるように、ばさりとテーブルに紙が広がる。
 それは図面のようだった。船の図面だ。
 本の隣に並べられると、二つの図面はまるで鏡のように似ていた。
「これ、同じ図面か?」
「よく似てるある」
『確かによく似ている。が、少しずつ違うね。こちらにはプールがないし、客室も一つ足りないんじゃないかな。若干、こちらの船の方が大きいね』
「ほんとだ……」
 こちら、の部分でドラルクは本の図面をトントンと叩く。
『一体このポスターの図面は、何の船かね』
「ドラルクさん、左隅に書いてある。筆記体だな、えぇっと」
「ハーモニー・オブ・ジ・オーシャン」
 ヘンリーの声だけが、図書館によく響く。
「それがこの船の名前」
 ため息のような音が漏れる。
「急ごう」
 ヘンリーは早口に行って立ち上がった。
 あとの三人は顔を見合わせ、慌てて着いていく。
「おい! ちゃんと説明するある!」
「……この船は、いま他の場所と繋がってる。ロナルドたちは向こう側に行ってる」
「なんだそれ」
 サテツが手元の図面に目を落とす。
『……わたしとロナルドくんは、この船にまつわる怪談話を聞いた。我々が乗船した美しき船、シンフォニー・オブ・ジ・オーシャンには姉妹船があったと。しかし船は海に消えてしまった。よく似た船は[[rb:彼ら > ・・]]には見分けがつかない。そのために、姉妹船であるシンフォニーが出航した際には人ならざる乗客が乗っていることがある』
「それと同じことが起きてるってことあるか」
『今まで消えてたって乗客たちも、もしや同じかね? よく似た[[rb:違う> ・・]]船に乗っていた。だから見つからなかった』
「……そうだ」
 同意の言葉を吐いたあと、しかしすぐ唇を噛む。
「でもこんなことは起こらなかった。こんな、向こうのものが入ってくることは。客だって自力で帰ってこれたんだ。ロナルドたちはどんどん奥へ入り込んでる」
『今までとは違うことが起きているってことかい? つまり、他の現象とは異なる何かが……』
「ちょちょっと! 待つある! ストーーーップ!」
 ターちゃんがドラルクとサテツを掴んで止めた。ドラルクは引っ張られた衝撃で、あっけなく砂になる。
「なーにを信用してるあるか! こいつが一番怪しいある。妙に詳しすぎるし、結局何者か話してないある。きと、こいつが黒幕よ」
『判断が早いな』
「で、でもヘンリーさんは親切にしてくれたし。ターちゃんだって助けてもらったんだろ」
 その言葉にぐぬぬ、とターちゃんは返した。例に漏れず彼女も根は相当なお人好しなのだ。
「でも、こんなのへんある。吸血鬼のせいにしては大規模すぎるよ。催眠や幻覚ならとうに溶けてるはずある。だいたいここはシンヨコじゃないある」
「あ、そっか。シンヨコだとよくあることだから気にしてなかった」
『シンヨコだとあり得ないことではないからね』
「お前たちの『シンヨコ』って一体なんなんだよ」
 ヘンリーは静かに絶句する。
「他にも怪しいところはいっぱいあるある。それが解決できるまではお前のことは、信頼できないある」
「……それは、もちろんわかってる」
 彼は絞り出すようにして声を出した。
「俺は君たちの目から見ると怪しいだろうな。でも信じてもらうしかないんだ。ロナルドたちを助けたいのは事実だし、この異変も止めたい。俺はただ友達を見つけたいだけで──」
「ほら、おかしいある」
 ターちゃんの目が一層鋭くなる。
「え」
「お前、わたしの言葉わかる。前もそうだった」
「……どうしたの」
 サテツは混乱してヘンリーとターちゃんの顔を交互に見た。
「わたし、いま母国の言葉で話した。でもお前、わたしの言葉わかる。わたしの国の言葉、話してるね」
「えっ!? でも俺にもターちゃんが話してる言葉は、日本語に聞こえるけど」
「イソギンチャクもそうだった」
ターちゃんは軽く舌打ちをする。
「どういうことだ」
「ショットも、こいつの近くにいる時わたしの言葉わかった。中国語なんて、あいつわかるはずない。でもその時は、あいつの言葉、まだ日本語に聞こえた」
彼女は首を振る。何度も何度も首を振る。何かを払おうとするかのように。
「……いまとても気持ち悪い。サテツ、お前もわたしの国の言葉話してるある」
「え?」
「お前もよ、ドラルク。ヘンリーとかいうお前も。ずっと言葉が違う。話してる言葉は違うのわかるのに、聞こえる。気持ち悪い、本当に気持ち悪い」
 いつもの皮肉を言っている顔とは違う。本当に気分が悪いらしい。
『実はわたしもそうなんだよねぇ』
 ターちゃんとは対象的に、実にのんびりとした声で吸血鬼は言った。
「ドラルクさんもか?」
『きみ、わたしがルーマニア出身なのを忘れているな? まぁいいが。ヘンリーくんは初めて会った時ルーマニア語で話していたんだよ。ロナルドくんには日本語で話していたから器用な子だなと思ったんだけど』
 それを聞いてターちゃんはあんぐりと口を開けた。サテツも同様である。やはり吸血鬼だけが呑気にマジロを撫でている。マジロは嬉しそうに『ヌー』と鳴いた。
「違和感とか感じなかったのか?」
『べつに珍しいなーとは感じだけど』
「でも言葉が違うのはわかったんだよね?」
『すんごい器用だなぁと思って』
「ルーマニア語なんて普通話せないと思わなかったあるか?」
『ヨーロッパ系の人だったから、あり得ない話じゃないのかなーと思ってた』
「……」
「……」
『……』
「お前、めちゃくちゃ使えないある」
『考えた末に直接表現!?』
 ターちゃんからの絶対零度の視線に耐えられずドラルクは砂になった。このバカは放っておいて、とターちゃんはヘンリーをキッと睨みつける。
「とにかく! お前が何者か話すまでは信用できないある! ただでさえ、わからないことが多いのにこれ以上厄介ごとを増やすな」
「そういわれてもな」
 ヘンリーは目線を外す。それは動揺している、というより困惑しているという表現が似合う表情だった。
「俺は、敵じゃない。それは事実だ。でもそれを証明するとなると難しい。本当に申し訳ないんだが」
「また適当なことを──!」
『安心したまえ。彼は敵ではない』
 興奮しかけたターちゃんの肩を、ドラルクはポンと叩く。
「なにね」
『今の状況を考えてみて。訳の分からないことが起こって、我々には圧倒的に情報がない。その中で彼は情報を得ている分いくらか有利な立場に立っている』
「確かに、でもドラルクさんはそれで何が言いたいの?」
サテツが停滞した状況を動かすように尋ねる。ドラルクは満足げに頷いた。
『彼は自分の有利な方法に進めることができたし、適当に理由を挙げて疑われないようにすることもできた。しかし実際はこうな訳だよ。彼は怪しまれ、疑われている。わたしが思うに、彼はそんな迂闊な人間ではない気がするが』
「買い被りすぎじゃないか」と言って、ヘンリーは肩をすくめた。
『それに、今からいうことはわたしの憶測──いや、一種の直感や勘に近いのだが。いくつか質問してもよろしいかな?』
 吸血鬼の眉間に皺が寄る。
『おそらくだが、君が鍵だ。船でいうなら錨。繋ぎ目、といってもいいかもしれんが』
「何の話あるか」
 ターちゃんが訳がわからないという顔で、ドラルクとヘンリーの顔を交互に見る。ヘンリーはどこか疲れたように眉を下げる。
「……わからない。でも、多分そうだと思う」
『自信がないようだが』
「いつからこうなってしまったのか見当がつかない。いつのまにかこうなっちまってたんだ。俺は友達を見つけたいだけなのに」
 緑の瞳は大きく揺らぎ、佇む吸血鬼を見つめている。
『きみはシンヨコを知らない』
「そうだ」
『ずっと船に乗っているね?』
「あぁ」
『初めは別の船に乗っていたのだろう?』
「そうだ。でも、気がついたらここだったんだ」
『[[rb:この> ・・]]船が沈んだのはいつだ』
「……今日」
 ヘンリーは掠れる声で呟くように話す。
「今日の14時きっかり」
 ドラルクの眉が上がった。
『なるほど』
 主人の様子が変わったのを感じ、腕のジョンは『ヌー』と鳴く。
『わかった。では慎重に事を運ぼう』
「お前がわかっても、わたし達はわからないある」
ターちゃんは不満げに頬を膨らませた。
『はやくしないと大変なことになるってことさ。ほらほら鉄の人、今は何時だい?』
「え? えっと、12時……? くらい?」
『ではあと二時間だ! はやく客室に戻ろう!』
「まてまだ話は──」
『賢明なお嬢さん、君の気持ちはよくわかるが今は黙っておいた方がいい』
 耳元で囁かれた言葉にターちゃんは眉をひそめる。
「いきなりなんね」
『これはわたしの憶測、いや一種の野生的な勘、本能的な直感に近いものだが──』
 吸血鬼の口が開く。鋭い牙がそばでよく見えた。
『彼の正体は、まだ暴いてはいけない』
◇◆◇
 客室の様子は当たり前だがひどい有様だった。
 斧でミズキが扉をぶち破った為、破片がそこかしこに転がっている。部屋も慌てて出ていったためか、何者かが踏み荒らしたのか。荷物が散乱し足の踏み場がない。
 唯一、倒したゾンビが倒れていた場所だけが綺麗だった。なぜか細かい血飛沫が散っていたが、一同は目を逸らして考えないようにした。
『これからどうするんだ』
「さっきも言ったが、明かりをつかう」
 ヘンリーは部屋の真ん中にランプを置いた。本来は机の上にあった、丸いランプシェードのついたランプだ。
「さっきもやっていたあるが、それどういう仕組みよ」
『ヘンリーくんが手から電気出す電気人間なんじゃないの?』
「あっ、なるほど。電気って乳首以外からも出るのか〜」
「シンヨコじゃないってこと忘れてたある」
「……もう俺は無視するからな」
 ヘンリーは少しため息をついた。
「別に特別なことはない。明かりは人間に反応するんだ。だから俺が近づけばついて、遠のくと消える」
 いいながら、彼は手をかざして見せた。確かに彼の手が近づくと光が灯り、遠ざかると消える。スイッチが切り替わるのではなく、蛍のように点滅をした。
「光らせるだけなら別に君たちにもできるさ。俺はちょっとコツを掴んでるだけ」
『えー! じゃあ、鉄の人やってみてよ』
「えっ!? 俺?」
 サテツは素手の方をおそるおそる伸ばした。すると引き寄せられるように光が強まる。サテツは感嘆の声を上げた。
「すごい、これ面白いな。ターちゃんもやってみなよ」
「やらない」
 はっきり言われたので少し傷つくサテツ。ジョンがヌーと慰めるように鼻を押し付けてきたので、少し癒される。
『んで、これでどうやってロナルドくんを見つけるんだ』
「いや」
 ヘンリーはランプのコードを抜いた。
「もうここにいるな」
 ひっ、とターちゃんが悲鳴を押し殺す。凍りついた彼女の視線の先には、天井から下がった小さなシャンデリアだ。その一つがふっと光り、また消える。
『見た?』
「み、みえた」
 サテツはガクガクと頷く。
 ヘンリーはそちらに近づいてランプを左右に振った。振った、という言い方は正しくはない。部屋の隅々まで練り歩き、ランプをかざしている。もしや何かを探している──?
 そう感じた時、ヘンリーのランプが一瞬光った。かすかに、何かに反応するように。
「いるな」
 
 ヘンリーはランプをそちらに向ける。ゆっくり歩くと光が増した。一同はごくりと唾を飲んで様子を見守る。
「ここにいる」
 そこはベッドのすぐ横だった。ドラルクの棺桶が置いてあるちょうど真上だ。ヘンリーは慎重に、ランプを置いた。棺桶に当たり、こつんと音が鳴る。
「たぶんロナルドだな」
『なんでそんなことがわかるんだい?』
「この明かりが灯る理由ははっきりとは分からないが、おそらく生命力が元になってるんだと思う。前に子供が迷い込んだ時は大きく光って、老人の時は弱い光になった。ロナルドは健康体で、フィジカルも人一倍強そうだったから」
『たしかに若造はムカつくほど優良健康五歳児だ。ランプが馬鹿みたいに光ってるのはそういう訳か』
 うんうん、とドラルクは大きく頷く。今ここには減らず口を叩いても問答無用に殺してくるゴリラはいないので安心して言える。
「こんだけ光ってるってことは……無事つんてことでいいのかな」
「普通に殴られて気絶してる可能性もあるある」
「ターちゃん、縁起でもないこと言わないでよ」
『問題はどうやってロナルドくんたちを戻すかどうかだが……』
「ひとまずやってみよう」
 ヘンリーはランプを掴む。
『何をするんだ』
「チューニングするんだ」
『どういう意味かね』
「いま、ロナルドは同じ位置だが違う場所にいる。ズレてるんだよ、あっちとは。だから少しだけこちら側に近づける。その時、運が良ければこちら側に帰ってこれる」
 ヘンリーはふぅ、と息を吐いた。どこか緊張しているようだ。
「まぁ正直、向こうが気がつくかどうかは運次第だな」
『もしや、今まで消えていた人間たちが帰ってきていたのは君のおかげかね?』
「さぁね、どうだが」
 ランプを掴む手に力がこもった。手の節々が白くなるほど硬く握り、全身をこわばらせる。
 何が起ころうとしているのか、疑問に答えられるものはいない。残された三人は目配せをして様子を伺う。
 突然──チカチカ、と明かりが点滅した。
 それはまるで火花が散ったような、ぴりりとした衝撃だった。
 掴んだランプだけではなく、部屋全体の明かりが激しく点滅する。何かを訴えかけるように、伝えるように。
 ターちゃんとサテツは動揺して周囲を見渡す。ジョンも不安げに『ヌー』と鳴いた。ただ吸血鬼のドラルクだけが、眩しそうに目を細めてヘンリーの方を見つめていた。
 やがて、いつまでそうしていただろうか。その時はやってきた。
『スナァァ!!!!』
 
突然、ドラルクが塵になる。
『ヌ゛ーーッ!!!!』
「急に脅かすなある!」
「どうしたの? 虫とかいた?」
 うごうごとドラルクは元に戻った。すぐ死ぬことはドラルクにとっても承知のはずだが、彼はなぜか微妙な顔をしている。
 決まり悪いのかと思ったが、そういうわけでも無いらしい。しきりにあたりを見渡している。
「……なにしてるあるか」
 やっとターちゃんが聞いた。
『わたし、いま殺された気がする』
「なにかにつまづいたんじゃないか? ほら、点滅してるから部屋の中が見にくいし」
『違う。そういう感じじゃない。明らかに意志を持った。そうちょうど拳が当たっているようスナァァ!』
「えっ⁉︎ また?」
 サテツも同じようにあたりを見渡す。
『おかしいおかしいこれ絶対おかしい! 殴られてる! 絶対殴られてる! おかしい!』
 いいながら言葉の合間に塵になるドラルク。
「ハァー、こんな大事な場面で遊ぶなよ」
『違うの! ターちゃんこれほんとに遊んでないの! だいたい自分の生死使って遊ぶわけないでしょ⁉︎』
「ベルトコンベア挟まって死んで遊んでたて、ロナルドに聞いたある」
『ウェェェン! ここで効いてくる日頃の行いーッ!!!!』
「な、なにか心当たりはないのか? チューニングの、何かしらの影響がドラルクさんを傷つけてるのとか」
 サテツが必死にでヘンリーに言う。彼はいつだって優しい。問われたヘンリーは首を捻った。
「いや、こんなことは初めてだ」
ほんとに遊んでる訳ではないらしい。ドラルクは殺され、そして蘇りながら『クソックソッ、何度殺すつもりなんだ。蘇るにも体力がいるスナァァ』と塵になっている。
「攻撃を受けている、ということあるか?」
「でも俺たちには何の影響も……」
『ヌ゛~!!!!!?????』
 混乱する一同。何度も殺され、塵になり、ドラルクはハッと気が付く。
『これはロナルドくんだ!』
「は?」
「なんて?」
『絶対そうだ。この拳の角度、容赦のない追撃……絶対ロナルドくんだ! ロナルドくんが殺してるんだよ! あだ!』
「え、え! じゃあロナルドと今繋がってるのか」
「すごいなお前ら本当に……悪運が強いんだな」
「よくわらないあるがでかしたある」
『なんでもいいけど、殺すのやめて』
『ヌヌ!』
 ジョンが虚空に向かって話しかけると、ドラルクへの追撃がぴたりと止まった。
「……もしかして、向こうに声が聞こえてるんじゃないか」
 サテツがつぶやいた瞬間に、ドラルクがまた塵になった。繰り返し激しく塵になる。
「ほんとに聞こえてるあるか」
『どうなっているんだ、もっとましな会話方法はなかったのか? 暴力ゴリラだから、肉体言語でしか会話がつながらなブエェェェェ!』
「どうなるかわかってるのに、なんでいっちゃうかな」
「口から生まれた吸血鬼だから仕方ないね」
『ヌ~……』 
『呆れてないで早く止めて!  やめてよ! やめっ! やめんかゴリラ!』
 またピタリと殺す手が止まる。ドラルクは肩で息をする。
『君のせいでえらい目にあったぞヘンリーくん』
「正直、予想以上だ。会話が出来るとは思わなかった」
『うむ、君はさっきの状況を見て会話出来ていると思っていたのかね? 明らかにコミュニケーションのドッジボールをしていたと思うのだが』
「たしかに向こうの状況はわからないよね」
 せっかくつながったことはわかったのに、とサテツは眉を下げる。
「こういうのはどうある? 『はい』なら一回殺す、『いいえ』なら二回殺す」
『却下』
「そうすれば、言葉はなくともある程度つたわるな。やってみよう」
『なにがやってみようなの? それわたしが犠牲になるよね。なんで本人の同意なく進んでるの』
「ごめんドラルクさん」
『ダメ! 君があきらめちゃダメだよ鉄の人! 君が最後の砦だったのンギャーーー!! 再び理不尽な暴力がドラドラちゃんを襲うーーーー!!!』
 塵になったのは一回。どうやら向こうも承知したらしい。
「質問するある。とりあえず、お前は無事か?」
 一回殺される。
「ほかの仲間もそっちにいるのか、その、マリアやショットは」
 一回殺される。
「よかった。みんないるんだ」
「いいことかどうかはまだわからねぇある。向こうへ行く方法がわからないと」
 ターちゃんは少しいら立つように爪を噛んだ。
「もう少し質問してみよう」
 ヘンリーは口を開いた。
「プールに落ちて、そこからその場所へ行った?」
 一回殺される。
「なぜそっちに行ったのかわかるか?」
 二回殺される。
『君、こちらに帰ってきたら頑張ったドラドラちゃんをねぎらうために「最高に畏怖畏怖な吸血鬼ドラルク様」って言って新しいPS5買えよ』
 何回も殺される。
『んもー‼ 冗談が通じないゴリラだこと‼』
「ふざけてないで真剣に殺されるよろし」
『退治人って人としての大切な部分忘れちゃうの?』
「とりあえず、ロナルドが向こう側へ行った鍵は落とされた『プール』ってことがわかったな」
 サテツが放った言葉に一同はため息をついた。
「プールに落ちれば向こうにいけるあるか?」
「でもドラルクさんは、向こうにはいかなかっただろ」
『わたしは吸血鬼だからね。向こうに消えるのはどうやら、人間だけらしい』
「ヘンリー、お前は何か知らないあるか」
「俺は帰りやすくするよう手助けをしていただけで、具体的にどうやって帰ってきていたかとかはよく知らないんだ」
 ごめんよ、とヘンリーが目を細める。
「うーん……」
『なにか共通点があるんじゃないかね』
 ドラルクはぽつりとつぶやいた。
「共通点?」
『うむ。マリアさんが消えた場所、ショットさんが消えた場所、ロナルドくんが消えた場所、この三つには何か条件があるのかもしれない』
「そんなこと言ってもなー」
 サテツは腕組みをする。
「マリアは通路、ショットはホール、ロナルドはプール……ぱっと、何か共通点は思いつかないな」
「まずは三つともこの船ということ、それから人が集まる場所あるか?」
「ミス・ター、でもそれならなぜ君やミスター・サテツは無事だったんだろう。説明がつかない」
『ちなみにだが、彼らが消えた場所が船図でいうとどこになるかね』
「えーと」
 サテツはぎこちない様子で船図を指さす。ターちゃんも同じように指した。ドラルクはどこから持ってきたのか、ペンを取り出して印をつける。
『場所もかなり離れているな。ゲームでありがちなのは、結んだら何か指し示すものがあるとか?』
「べつになにもなさそうあるな」
「他の可能性は……データが少ないのかな」
『いや』
 ドラルクは静かにつぶやき、図に顔を近づける。
『これ、あの姉妹船にそっくりなんだよね』
「そう、だが」
『だったら印をつけるのは、この図じゃない』
「え?」
 ドラルクはもう一つの船図を取り出し、先ほど印をつけた図の上に重ねた。
『ほら、印が付いているところ。全部前の船にはない場所だ』
 一同は顔を見合わせて、図を確認した。ドラルクの言う通り、図を重ねると姉妹船にはちょうど存在しない場所になる。
 マリアの消えた突き当りの通路は、違う廊下になり、ショットの消えた場所は姉妹船ではホールの丁度部屋との切れ目となっている。そしてロナルドが消えたプール。プールは姉妹船では存在していない場所になっていた。
「つまり、前の船にはなくてこの船にある場所が向こうへの入り口になっているということあるか」
『入口――というより、はざまになっているのかもしれない。今、この船と沈没した船は重なり合っている状態なんだ。しかし、全く同じ船ではないからどうしても不具合が起きる』
「その不具合が起きた結果が、消えた人間たちあるか?」
『まだわかんないけどね。推測ばかりだ』
「じゃあ俺たちも、向こうの船に存在しない場所に行けばロナルドに会えるってことだよな」
『そうなる。だけどそれは――』
 言いかけたドラルクの言葉を、違う音が遮った。
 何かを叩く音、扉をノックしている音だ。
『んもー、せっかくいい所なんだから邪魔しないでほしいな』
「まったくある」
「でも急に誰なんだろ。普通に入ってきたらいいのに」
『ヌ』
「おい」
 ヘンリーは眉をひそめる。
「様子がおかしい」
 顔を見合わせる。ノックの音は鳴りやまない。
 ターちゃんは軽くサテツを小突いた。彼もうなずいて腰を低く構える。ドラルクはジョンを強く抱えた。ジョンも何かを感じ、くるりと丸くなる。
 ノックの音はどんどん激しくなる。扉がたわみ、蝶番はゆがむ。
『ハー、またこれか。ここはもう入ってますよ~』
「やけに呑気あるな」
『わたしぐらいになると逆に落ち着いてくるものだよ。じたばたしたって仕方ないだろ』
「いえてるな」
 ヘンリーは笑って額の汗をぬぐった。
「くるぞ」
 サテツの言葉と共に、扉に大きな亀裂が走る。
『まったくマナーのなっていない怪物どもだ』
 扉が悲鳴を上げるようにして崩壊した。木の破片が飛び散り、いくつかはぱらぱらと顔にかかった。
 先にサテツが前に出て盾となる。腐った肉の匂いが鼻孔を指し、うめき声に似た泣き声が聞こえてきた。二、三人まとめて飛ばすと道が出来た。虫のように蠢いた影が見え、喉の奥からすっぱいものが上がってきた。
「早く逃げろ! 俺が時間を稼ぐ」
『でかした頼んだぞ』
「うぇ、きもいある」
 そういいながらゾンビの頭を吹き飛ばすターちゃんは、やはり退治人だ。べちゃりと嫌な音を立てて、目玉が飛び出た首が落ちた。わらわらと腐った手が伸びてくる。
「作戦はあるのか?」
『作戦はこうだ』
 ドラルクは大きく息を吸った。
『みんな、生きてまた会おう!』
カット
Latest / 99:58
カットモードOFF
10:54
未定
間違えて一回終わらせてしまった…
チャットコメント
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
13退治人は幽霊船にて眠れ
初公開日: 2022年10月10日
最終更新日: 2022年10月10日
ブックマーク
スキ!
コメント
終わらないよ~~~~~!!!!!