「共犯者」「癒着関係」
 目が覚めた時には病院であった。弟と名乗る彼が言うには、俺の住んでいたアパートの部屋には降圧剤と睡眠薬が散らばっていたらしい。
「仕事仲間」「友人」「他人」
 弟が紹介した男は、自身と俺との関係をそう言った。言うたびに、関係性は変わった。
「癒着関係のあった警官A」「汚職警官」
 ネット上には自分の事はそう書かれてあった。多くは溝口恭平と癒着関係にある俺の事はさらりと流して、溝口の犯罪について言及している記事が殆んどだった。
「ヤクザって、簡単に足洗えるものなんですか」
 風呂から上がった溝口に聞いた。風呂上りのこの男には、なぜかいつも普段よりも懐かしい気持ちが湧く。過去の失った記憶の中でも印象に残る出来事があったのだろうか。
「いや……でも俺の場合は破門って形だったからな」
「なにかしたんですか」
「後輩の尻ぬぐいだよ」
「はあ」
 なぜ、今、この男の部屋に自分は居るのだろうか。弟は、双子の弟だと名乗った幸志郎くんは、この男を共犯者だと言っていた。
「ヤクザなんて斜陽産業だからな。お前と……大門と、その時、俺は銀行の金を奪おうとして捕まった訳だ。それだけなら組の為の仕事でヘマしただけだから別になにも、破門なんて処分受ける必要ねえんだけどさ。出てきたとき、俺がヤクザとしてやっていくよりも、堅気としてやっていった方が良いだろうってボスは考えたんだろうな。やらかした後輩の責任を被った俺を破門にして、五年、刑務所で……」
 元暴五年条項って知ってるか? と男が言った時、髪から水滴が落ちるのが見えた。知っている、と思った。立ち上がり近づくと、溝口は「どうした?」と首を傾げた。
「俺は、今、どうしてここにいるんですか」
「……お前は、今、記憶を失ってる。ひとりで暮らすのは困難だとお前の弟が判断して俺が一緒にいる」
「弟は?」
「あいつはあいつの家庭があるから」
 溝口の体から、小さな白い粒となった水蒸気が立ち昇っていた。スウェットの袖から出ている指を手に取る。熱い。
「今はヤクザじゃないんですよね」
 男の手は熱くて湿っていて、自分の手のひらとよく馴染む気がした。
「違うよ。真っ当に働いてる」
「俺と溝口さんてどんな関係だったんですか」
「癒着関係にあった犯罪者と警察官」
 手のひらを辿り、手首を掴もうとすると溝口はぱっと手を払った。
「あと、友人な。お前全然友達いねえからさ、だから世話する人間が俺しかいねえの。覚えてねえと思うけどお前かなり嫌な奴だったぞ。誰に対しても偉そうだし、細けえし、横暴なやつだったんだよ、お前は」
 今度はもうちょっとマシな人間やれよな。そう言うと溝口はコップを取って水を飲んだ。
「記憶が戻らなくてもさ、いいじゃねえか。一般常識とかは残ってるみたいだし、運が良いぜお前。仕事だって休職から復帰してさ、あと半年もしたらひとり立ちできるんじゃねえの」
「ひとり立ち?」
「そ」
 シンクにもたれかかる男に近づくと、男はあからさまに逃げた。服を掴むと、男は立ち止った。
「待てよ」
「……なに、なんか思い出した?」
「溝口さんは、俺と癒着関係にあった犯罪者で、俺は警察官で、友人で、本当にそれだけだったのか?」
「それだけだよ」 
「俺は、あんたのことを知っている気がする」
「そりゃ知り合って結構長いこと癒着してたからな」
 それだけではない、そう思った。しかし、なにがそうではないのか分からなかった。何がそうではないのか思い出そうとして、記憶をたどる。病室に活けられていた鮮やかな花の桃色。幸志郎くんの、安心したような不安が混じった顔。「……共犯者だよ」と言った声に含まれていた躊躇い。「癒着関係」と言われて初めて病室に顔を出した時の、この男の硬い表情。時々感じる、激しいずれるような感覚。何かが違うような、間違っているような、ずれていくような、眩暈のような。
「俺は、知っている気がします」
「うん」
 椅子を引かれ、座らされる。何かが違う気がした。そうではない気がした。
 溝口は変わらず一定の距離を保って俺を見ていた。溝口のスウェットを握っている俺の指に溝口の手がかかる。
「お前はまだ混乱してんだよ。無理に思い出そうとすんな」
 俺の手はスウェットから離されて、静かに自分の膝に置かれた。離れる時の溝口の手はもう乾いていて、湿った手に触れた時のような感覚は起こらなかった。男の体からも、いつのまにか湯気は立っていない。その様子を見ていると、先ほどの感覚がもう思い出せなくなっていて、それが何だったかも、それがあったことも錯覚だった気がして、何かが遠くなる。
「まっとうに生きてけよ」
 男が呟く。確か、弟が、幸志郎くんが、俺とは癒着関係だと言っていた男だった。
「まっとうになって、ひとり立ちして、まともな人たちと知り合ってさ」
 ネットニュースでは指定暴力団組員と書かれていた。普通の奴では太刀打ちできない暴漢。そう書かれていた。目の前にいる男の、俺を見下ろす瞳が揺れている。
「まともな人と生きてけよ」
 仕事仲間。他人。友人。そんな風に男は自分との関係を語っていた。そう思い出すと、そんな気がした。自分はこの男とかつて癒着関係を結んでいた他人で友人。そんな気がした。
「あんたは?」
「なに」
「あんたは、まともじゃねえの?」
 男は俺を見下ろしたまま押し黙った。マンションの下を通る自動車に交じり、救急車が近づいて離れていく音がする。ぽた、ぽたとシンクから水滴の落ちる音が聞こえる。先ほど男の毛先から落ちた水滴が、かつて、どこかで落ちた水滴が、雨が、何かが、何かが。
ごはん。ごはんのあと鎌倉殿みるしほぼ終わりやと思います
いったん終わろうと思います♡ありがとうございました。
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