※関卍サン試し書き
花垣武道という男は、三途春千夜にとって最も特別な位置に居る存在だった。
「タイムリーパー、か」
そんな言葉を一人落としてみるが、別段見咎める者は居ない。まあ当然の事だろう。何せ今この場には春千夜しか居ないのだから。
いつからそう(・・)だったのかは分からない。ただ、この今の状況が春千夜にとって最もイレギュラーなものであると、そう気づいたのはいつ頃の事だったのだろう。三途春千夜にとって最も優先するべきは自身が”王”と仰ぐ佐野万次郎ことマイキーの言葉である。然しながらそれはこの世界に居た三途春千夜にとってはという注釈を付けなければならない。何せ今の春千夜にとってマイキーと同等、いやそれ以上に上位に居る存在が件の花垣武道という男であるのだから。
春千夜が居た世界においては、花垣武道は常にマイキーと行動を共にしていた唯一無二の存在であった。マイキーにとって花垣武道は、自分の懐に納め、ただひたすらに愛でて、そして時に自身を叱り、導いてくれる羅針盤のような役割を担っていたのだろう。
だが、この世界でのあいつの立場はどうだ? 今や春千夜とマイキーの敵として立つあいつは一体全体どうしてそちら側に居るというのか。
お前の居場所はそこじゃない。俺達の隣に在るべきだろう! そう叫び、その手を引き戻せたらどんなに良かっただろう。
この世界の花垣武道が何を考え、どういう思想の中で行動しているのか俺は知らない。けれど少なくともあいつに関して理解している事が一つある。
あいつはいつもマイキーの為に、マイキーの為だけに行動していた大馬鹿者であるという点だ。
『春千夜君』
甘く、朗らかに笑うあいつの姿を覚えている。俺だけがあいつの真の姿を知っている。どうしようもない泣き虫で、諦めが悪く、けれど忍耐強いあいつは、その実途方もない虚(うろ)を抱え、寂しさと後悔と恐怖でいつも押し潰されそうになっていた。
あいつの隣に居たのは俺だけだった筈なのに。どうしていつの間にか仲間を集め、俺達に立ち向かおうとするのか。苦しいなら苦しいと叫べば良いものを。そうすれば俺はその両足を使ってあいつの元に駆けつけて、一番に抱き締めてやるというのに。
―――俺の世界の花垣武道は、マイキーを庇って殺された。あいつはいつもマイキーの盾となる事を望んで居たから、最後に肉壁としての役割を全う出来たのはあいつにとって喜ぶべきものなのだろう。
だが、俺は……俺は、そんなあいつを認められなかった。何で愛する恋人を目の前で失わなければならないんだ。なんで、あいつの為の葬式を俺が手配しなくちゃならない。
死ぬなら共にと、そう約束した癖に! 俺は、お前と共に同じ棺の中に納まって炎の中で心中したかったというのに! 何で俺は今こんな世界に居るのか。どうして生きているあいつをこの腕の中に閉じ込めて置けないというのか。
俺達を引き離す物は何だと言うのだろう? あいつの側に立っている男共が憎い。血を分けた妹が憎い。あの美しい光の中で燦然と輝く青空の輝きを宿したあいつの側に行きたい。
そうして、泣き縋り、困ったように微笑むあいつをこの胸に閉じ込めるのだ。
「俺の世界のあいつと同じじゃない? そんな事、どうだって良い」
あいつがあいつである限り、どんなに表面上の性格が変わろうとも、その生来の気質を違える筈も無い。
「だってあいつは、『花垣武道』だ」
俺の王たるマイキーが唯一自分自身のモノだと宣言し、その行動をつぶさに見守り、そして自身の特別な地位を何の気負いもなく分け与えられる人物こそが、花垣武道という男の本質である。
「愛している、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる」
例えこの世界が終わったその果てに地獄の炎でこの身を焼かれたとて、そんなもの蹴飛ばして、真っ先にあいつをこの腕の中に納め、笑いながら堕ちてやる。
「だから早く戻って来い、武道」
俺がもう一度、お前をこちらの世界に呼び戻してやる。手段なんて今はどうでも良い。俺にとってはマイキーとマイキーが作り上げた”居場所”が大事であり、俺にとって武道だけが唯一無二の宝だ。
「関東卍會なんて、ただの踏み台だ」
そこに意味なんて無い。マイキーにとって思い入れを持つ場所は、今でも過去に捨て去った人間と、自身が認め、その傍に置きたがった花垣武道にこそあるのだ。
それ以外の有象無象なぞ、俺もマイキーも端から信用しちゃ居ない。ただの駒、どうでも良い人形。使い勝手の良い兵隊。ただそれだけだ。
「俺がお前をマイキーの所に連れてってやる。だから一緒に来い、花垣武道」
お前は俺達だけの”花”だ。