恋する乙女は盲目で愚かで愛おしい。
 恋に溺れると人は盲目になる。
 彼の、彼女の悪いところが見えなくなる。
 周りの人が指摘すると、それは愛を燃やす燃料となるだけ。
 私の友達、どうみても騙されている。
 男、顔良いだけで、性格滅茶苦茶悪い。
「今、すぐ近くなんだって、ごめん。彼に会ってくるから」
 そう言って彼女が途中でいなくなることが何度も続いた。
「もうちょっと自分の時間を大切した方がいいよ。都合よくつかわれていない?」
「それ、嫉妬?どうしても私に会いたいって言ってくれるのよ。だから、会いに行くの」
 友達はまったく聞き耳を持たず、一か月後、彼女は妊娠。
 その途端、男は行方をくらましたらしい。
 最悪だ。
 だけど、彼女は騙されたとは思っていなかった。
 何かあったから連絡とれないと信じていた。
「ちょっと顔かして」
 歩いていると、私はあいつを見かけた。
 ちょっと文句言いたくなって、声を掛けた。
「誰?」
 男は訝しげに私を見る。
 それはそうだろう。
 面識なんてないから。
 彼女が見せてくれた彼氏の写真、私はそれで男を見つけた。
「あんたが騙した女の友達。どうも頭にくるのよ。文句言ってやりたいと思って」
 私がそう言うと急に奴は私の両腕を掴んだ。
「その友達のところへ連れて行ってくれないか」
「はあ?なんで今更?あんた自分がやったこと知ってんの?」
「知らない。ただ、弟の恋人だった女性に会いたいんだ」
「弟?」
「君の友達と付き合っていたのは俺の弟だ」
「作り話しないでよ」
「作り話じゃない。ほら、これ」
 スマホの写真を見せてくれ、そこにそっくりの顔が二つ並んでいる写真があった。
「……加工ってこともあるけど」
「そんなに疑ってんの?だったら、戸籍見せてやろうか?」
 男は私の腕を掴むと、役所を歩いていき、戸籍謄本を発行してもらった。
 確かに、彼らは双子だった。
「ごめん。疑って」
「ああ、いいよ。だって、何かあったんだろ?友達に」
「うん。友達、妊娠したんだ。でもあんたの弟は!」
「妊娠!」
「おろしたほうがいいって言ってるんだけど、きかなくて。あんたの弟、遊びだったんでしょ?責任とってくれるの?みちちゃん、ずっとあんたのクソ弟を信じてるんだけど?」
「クソ弟!俺の弟のことをそんな風に言うな!弟だって好きで放置してたんじゃない。弟、事故にあったんだ。それで記憶がなくて」
「事故?記憶喪失?そんなこと」
「信じてない?だったらついてこい」
 私はそいつにつられて、病院にいったら、そいつと同じ顔の男がベッドに寝ていた。
「釣りしていたら、船から落ちて頭を打ったみたいなんだ。一緒に乗っていた友達が助けてくれたら、なんとか命は助かった。その友達のことはごめん。弟はこんな状態だから」
「おろしてってこと?」
 そう言うと、そいつは黙った。
 確かに記憶がない状態なら、子供はおろしたほうがいいだろう。だけど、
「みちちゃんに事情を話して、連れてくる。それでみちちゃんが決める」
 みちちゃんを見て記憶を取り戻す、なんてドラマ的なことはないかもしれない。 
 だけど、そんなことあったら、私、恋する気持ちを信じてもいいと思った。
☆
「大丈夫?」
「うん」
 事情を説明するとみちちゃんは、やっぱり会いたいって言った。
 だから私は、彼女を病院に連れいくことにした。
「……陽介くん」
 みちちゃんは、ベッドで座っている彼を見て泣き出してしまった。
「……みちこ?」
 彼は美智ちゃんを見て、そう名前を呟く。
「陽介!お前」
「わからない。だけど、」
「陽介くん、私、あなたがこんな状態だって知らなくて、ごめん。きっと私のことわからないよね?」
 みちちゃんは泣きながらそう言う。
「わからないよ。だけど、だけど」
 陽介、そいつもぽろぽろと泣き出した。
「君のこと見ると胸が苦しくなって、わからない」
「ごめんなさい。私、陽介くんの負担になっていたんだよね。ごめんなさい」
 そんなことあるはずがない。
 そう叫びたかったけど、私は我慢した。
 もう一人、兄のほうも何か言いたいけど、堪えているみたい。
「でも、陽介くんが無事でよかった。ありがとう」
 みちちゃんはそう言って、頭を下げるとベッドに背を向けた。
「みちちゃん!」
 そして出ていくので私は慌てて追いかけた。
 彼女は私に構わず、どんどん歩いていく。
「連れてきてくれてありがとう。もういいから」
「みちちゃん?」
 みちちゃんは、このまま産むことにしたみたい。
 だけど認知は要求しないって。
 私には信じられない。
「彼の子どもを産みたいの。私が彼を好きだって気持ちは本物だから」
 私には理解できない。
 本当に。
☆
「どういうこと?記憶はもどったの?」
「もどっていない。だけど、父親になりたいって陽介が」
「わからない」
 お腹が大きくなったみちちゃんに寄り添う、男。
 それは陽介で、隣にいる奴の弟だった。
「責任感?」
「それもあるけど、多分、陽介、もう一回みちちゃん?のこと、好きになったと思う。スマホが海に落ちたけど、アプリにバックアップされていたみたいで、メッセージとか復活したんだ。全部じゃないけど。そのみちちゃん?とのやり取りを眺めて、陽介は決めたみたいだ。もう何度かあってるみたいだ。ほら、本当に夫婦みたいだろ」
 言われてみれば、とても仲よさそうな夫婦に見える。
「理解できない」
「俺もだけど、幸せそうだから」
 先のことはわからない。
 私は当事者じゃないし。
 だけど、目の前の二人はとても幸せそうだ。
「何かあったら、全力で支える」
「俺も、そうするよ」
 そいつは笑う。
「あ、あのさ。もしかして、俺の名前知らないでしょ?」
「知らない。興味ないから」
「酷いな。俺の名前陽太っていうんだ」
「ようた、ね。登録しておく」
「あ、そういえばスマホの番号教えていたよな。その時、なんて登録してたんだ?」
「ようちゃんの元彼の兄」
「長っ!」
「知りたくない人の名前なんて知りたくないから」
「変わってんな」
「どうでもいいでしょ。じゃあ、私は帰るわ。みちちゃんも元気そうだし」
 陽介ってやつの隣の、みちちゃんは本当に幸せそうだ。
 笑顔がとても可愛い。
 
 恋する乙女は盲目だし、愚かだと思った。
 だけど可愛い。
「みちちゃん、私、帰るね。気を付けて帰ってね。陽介くんだっけ、みちちゃんのことよろしく」
 二人に声を掛けて、背を向ける。
 私は一生恋なんて、わからないかもしれないなあ。
「恵ちゃん、待って。一緒に帰ろうぜ」
「……嫌だから」
(おしまい)
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初公開日: 2026年09月26日
最終更新日: 2026年09月27日
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