ベンガーナ王国には『英雄たちの道』と名付けられた大通りがある。名が示すとおり、先の大戦で貢献した勇者やその仲間たちを讃えるために名付けられた道だ。
 通りの中央には世界中から集められた花や木々が植えられており、四季折々に通りを行く人々の目を楽しませている。国内有数の庭師による植栽も人気だ。獣王遊撃隊そっくりに刈られた植木を見てヒュンケルは口元を綻ばせる。
 城への使いを終え帰ろうとした際にアキームからこの通りについて聞かされた。
「今は紫陽花の見頃です。アバンの使徒の皆様をイメージした品種を揃えているのですよ。パプニカに戻られる前にぜひお立ち寄りください」
 直々にそう請われれば無視するわけにもいかない。ヒュンケルは同行していたポップに視線を送った。ベンガーナへは彼のルーラで来ている。寄り道をするか否かはポップの意思次第だ。無言のまま視線で問いかけると軽く肩を竦めてくる。了承の意と解釈したヒュンケルはアキームに向き直り頷きを返した。
「ベンガーナの王都歩くの久々だなあ」
 ポップはぐぐっと伸びをする。目的の大通りは城から少し離れた場所だ。賑わう街中をポップはすいすいと進んで行く。ヒュンケルは数歩後ろから彼を追った。
 先月ポップに鈴蘭を渡して以来、極端に会話が少なくなった。今日のように用事があれば快く同行してくれる。話しかければ応えてもくれる。だが、以前のように仕事の合間で雑談を交わしたり食事を一緒にしたりという機会がなくなった。どことなく避けられているような感覚もある。
(オレから花を贈られることがそれほど不快だったのだろうか……いや、それならその場で突き返してくるだろう)
 あの日ポップは花を受け取ってくれた。ヒュンケルに対して遠慮したり社交辞令を使うような男ではない。「嬉しい」と言ってくれた彼の言葉に偽りはないはずだ。きっと少し照れているだけなのだろう。そう考えることにした。
「あ、あの通りかな」
 ポップが前方を指差す。見事な植栽と色鮮やかな紫陽花が目に飛び込んでくる。
「ひとくちに紫陽花と言っても、これほど種類があるのだな」
 小花が球体を形作るものやガクアジサイと呼ばれる品種。色も形も多種多様だ。
「土の質で色が変わるとも言うよな。ほら、同じような花なのにこっちは青くてあっちは赤い」
 ポップが色の異なる紫陽花を指し示す。アバンの使徒の面々をイメージするために土質も変えているようだ。うむ、と一つ頷いて、ヒュンケルは眉間に皺を寄せた。
「確かに見事だが……これでは色が足りない」
「え?」
「お前の色が無いではないか」
 通りに植えられているのは白、青、赤、紫の紫陽花。どれも美しく咲いているが、四色だけは『使徒』を語るに足りないとヒュンケルは不満を露わにする。
「しょうがねえじゃん。緑の花なんてそうあるもんかよ」
「これだけの品種があるのだ。探せば緑の紫陽花も見つかるのではないか」
「無い無い。つーかあったらヤバい。緑色になった紫陽花は病気だ」
「病気」という一言にヒュンケルの眉間の皺はますます深くなる。
「稀にそういう花があるんだってよ。見た目は悪くねえらしいが、病気が周りの花に伝染するからすぐ根っこごと撤去しなきゃいけねえらしい」
 ポップは軽い口調で語る。花の中に己の色が無いことにも、緑に咲く花は忌避されることにも、何も感じていないようだ。
「それは……ならばなおさら、紫陽花の色で我々を表わすというのは不適切ではないか」
「わりとめんどくせえ奴だな、お前」
 ポップとしては何故ヒュンケルがここまでこだわるのか本気で分からないのだろう。
「別にいいじゃん。さっきも言ったけど、緑色の花なんて元々そんなに無いんだから。それにほら、どの花の下にも綺麗な葉っぱがある。植栽だって全部緑だ。緑は「無い」んじゃなくて「そこらじゅうにある」んだよ。
 な? と微笑みかけられ、ヒュンケルは通りの木々と花を改めて見渡した。夏の日差しを浴びて、大小様々な緑の葉が生き生きと茂っている。
「ああ……確かにそう言われれば」
「な? だからいいんだよ」
 ニッと笑うポップに、ヒュンケルも薄い笑みを向ける。
「そうだな。お前の光があるからこそ、世界はこうして美しく輝くのだとよく分かる」
「なっ!?」
 ヒュンケルの言葉にポップはぎょっとする。
「お前に花を愛でることを教わってから、ずっと考えていたんだ」
 ポップの様子を気にすることなくヒュンケルは続ける。
「色とりどりの花の中にどうしてお前の魂の色を表わすものは無いのだろうか、と。しかし今、お前の言葉で分かった。緑の葉は花々をより鮮やかに見せてくれる。お前の色こそ世界が美しくあるために最も大事な色なのだ」
 地上の空気を健やかに保っているのも植物の緑だとアバンに聞いたことがある。華やかではないがあらゆるものを支え、生かしてくれる緑。まさにポップに相応しい色だとヒュンケルは瞳を輝かせた。
「あ、あのさあ」
 満足そうな表情のヒュンケルに、ポップがおずおずと声をかける。
「こないだ鈴蘭もらったときもそうだけど……お前さ、おれに対して言葉が過剰すぎねえ?」
「そうか?」
 そうだよ、とポップは頬を赤く染める。
「そういうのはもっと……なんちゅうか……他の奴に言ってやったらいいんじゃねえかな」
 他の奴、という言葉にヒュンケルは首を傾げる。
「お前に対して思うことを何故他の者に伝えねばならないのだ」
「そうじゃなくて! 分かるだろ!?」
「分からん」
 あっさりと否定の言葉を返し、ヒュンケルはポップの顔を見据える。
「もちろん、仲間たちには皆感謝している。ここで咲く花々を見ているとダイやマァムや姫たちの美しい心を思い起こしもする」
「う、うん。だからそういうのをな」
「だが、オレが今言葉を伝えたいのはお前だ」
 ヒュンケルはそっとポップの肩に手を置いた。普段は冷静さを保っている弟弟子が顔を真っ赤にして目を逸らす様子がやけに愛らしく感じる。
「お前が側にいてくれて、オレにこの世界の美しさを教えてくれることを本当に感謝しているんだ」
 大戦中はこうして素直に気持ちを伝えることができなかった。ポップが意地を張っていたせいもあるが、ヒュンケル自身も思いをそのまま言葉に乗せるのが苦手だった。だから今こそ、と真っ直ぐに思いを伝える。ポップは何故か俯いてしまう。口の中で何かをぶつぶつと呟いている。ヒュンケルは彼の口元に顔を寄せる。
「ポップ? どうかしたのか?」
「! ど、どうもしねえよ!」
 ばっと顔を上げたポップはヒュンケルから数歩離れた。そしてそのまま大通りをどんどん突き進んでいく。
「ぜ、全部見ていかねえとアキームさんに悪りいから! 通りの奥まで行くぞ!」
「あ、ああ」
 ヒュンケルもすぐさま歩み出す。横に並ぼうするとポップはサッと歩調を早めた。ヒュンケルを置いていくほどではないが、決して隣を歩かせようとしない。
(これも照れなのだろうか)
「ポップ君てすぐ調子に乗るわりに褒めに弱いわよね」
 以前レオナがそう言っていたのを思い出す。今日のところはポップの意思を尊重しようと、ヒュンケルは静かに数歩後を追った。
 白、青、赤、紫。色とりどりの紫陽花が緑の葉の上で揺れている。顔を俯かせずんずん進むポップは、ちゃんと花を見られているのだろうか。賑やかな通りを歩きながら、ヒュンケルは前を行くポップが纏う法衣の緑だけを見つめていた。
 
 
カット
Latest / 87:29
カットモードOFF