眩しい太陽がじりじりと照りつける。道行く人も、店の軒先で客寄せをする人も、皆額に汗を滲ませている。青が色濃い空の向こうにはもくもくと入道雲が盛り上がっている。カール王国は、いままさに夏の盛りだ。
大通りを歩く青年二人連れは盛夏のカールにおいて実に奇妙な格好をしていた。分厚いマントを羽織り、フードも目深に被っている。すれ違う人々は皆訝しげに彼らを眺めた。やがて二人は一軒の店の前で立ち止まった。野菜や果物を販売している店だ。店主はやはり不審な目で客を見つめ――しかし彼らのマントがふわりと翻った瞬間に顔を綻ばせた。
「そりゃあ、もしかして例のマントですか」
問いかけられた二人のうち、長身の青年が頷く。
「着用試験を依頼されて、あちこちを回っているところです」
ほうほう、と店主は興味深そうにマントを見る。
「王配殿下が中心となって進められている事業ですのでね。街の者もみんな気になっているんですよ」
小柄な青年が「そうですか」と微笑む。協力している事業が好意的に受け入れられていることを喜んでいる様子だ。
「早く実用化してほしいもんですなあ。この時期は店先に立つと暑くてかなわない」
「そうですね。これが量産化できるようになれば、人々の暮らしはずいぶん楽になるでしょう」
長身の青年はトマトや胡瓜などを注文した。店主はさっと袋に野菜を詰める。
「毎度どうも。うちの親類の娘も近々あそこの工場に務める予定なんですよ。上手くいくことを願ってますよ」
「きっと大丈夫ですよ。そのお嬢さんに頑張れとお伝えください」
青年たちは一礼をして店から去って行く。青果店店主は分厚いマントに覆われた二人の後ろ姿を見送った。
「あのマントのテストを頼まれるなんて、あの人たちはもしかして……」
今更に思い至った青年たちの正体。その予想の正誤を教えてくれる者はいなかった。
大きな川の向こうに縫製工場が建っている。青年二人は土手に座り、先ほど買った夏野菜を昼食代わりに口にしていた。
「花が咲いているな」
長身の青年――ヒュンケルが川向こうの工場に目を向ける。敷地の端に数本の木が植えられていて、ピンクや白の花が咲いているのが見えた。
「夾竹桃だろ。危ねえもん植えてんだな」
小柄な青年――ポップが眉をひそめる。盛夏に花咲くあの木は、根から枝葉、花に至るまで猛毒を有している。野営の焚火や調理器具代わりに夾竹桃の枝をうっかり使用してしまい、死亡に至った例もあるのだ。
「親も先生も、あの木にだけは触るなって言われたぜ」
「ああ、それはオレも同じだ」
ヒュンケルは遠い記憶を思い返す。地底魔城から微かに見える赤い花の危険性を養父は熱心に説いてくれた。師アバンも同様だ。ポップと己が似た経験をしていることに心が浮き立つ。
「工場の木は緑化と観賞用なのだろう。しっかり管理しているのであれば、野生のものほど心配することもあるまい」
ヒュンケルは穏やかに言葉を続けた。濃い緑の葉と明るい花の色は、照りつける太陽にも負けないくらい鮮やかだ。
ふん、と鼻を鳴らし、ポップはフードを外した。癖の強い黒髪が夏風にそよそよと揺れる。
「被っていたほうが涼しいだろう?」
「重てえんだよ。この季節に着るならもっと薄手の生地にしてほしいな。見た目も暑苦しいし」
確かにとヒュンケルは頷いた。今、二人が羽織っているマントには特殊な加工が施されている。生地には外気の影響を受けにくい術が織り込まれ、胸元の留め具には魔法石が使われている。石に込められているのは氷系呪文と真空呪文だ。分厚い布の内側では常に冷気が循環し、着用者の身体を適度に冷やしている。カールに古くから伝わる法衣の縫製技術と、王配アバンの魔法石加工の知識を合わせた新たな製品である。魔法石の出力調整などまだ試験段階であり実用には至っていないが、いずれ市井に広め、カールの一大産業にしたいとアバンはこの事業に情熱を注いでいる。
「夾竹桃は希望の花なのだそうだ」
ヒュンケルの唐突な言葉に、ポップは目を瞬かせた。
「超竜軍団の侵攻を受け壊滅状態になったカールで、最初に咲いたのがあの花だったのだと女王陛下が仰っていた。炎に焼かれ、踏みにじられても、たくましく枝を伸ばし美しい花を咲かせる。あの花はカールの復興のシンボルともいえるそうだ」
「へえ……」
ポップはぼんやりと向こう岸の花を眺める。美しいことは間違いない。だが「危険だ」「毒だ」と言われ続けてきた記憶が先に立ち、その鮮やかさに希望を抱くカールの民の心にはまだ共感できずにいるようだ。
「お前が教えてくれたんだ、ポップ」
再びヒュンケルの言葉にポップが首を傾げる。
「おれ、さっきの話は初聞きなんだけど」
「そうではなく」
ヒュンケルは柔らかく笑う。
「毒を持つ花にも様々な思いを抱く人がいることを。役に立つ、立たないではなく、花を愛でることの尊さを。美しいものを美しいと思える心を。オレに教えてくれたのはお前だ」
「んな……大袈裟な」
ポップは膝を抱え、俯いた。
「おれは……自分のやりてえことにおめえを付き合わせただけだ……おめえのことを大切に想ってくれてる人は、他にいるだろ」
「そうだな。犯した罪の重さを思えばオレは恵まれすぎている」
闇に向かおうとしていたヒュンケルの心を光に導いてくれた人がいる。たとえ憎まれてもと一途な愛情を注いでくれた人がいる。その想いを忘れることはない。
「大切に想ってくれる人の心に救われて今のオレがある。それは事実だ。だが――」
ヒュンケルはそっとポップの近くに顔を寄せた。思わず仰け反るポップに苦笑いし、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ポップ。オレはお前が好きだ」
びくりとポップの身体が震えた。俯いていた顔が上向き、榛色の瞳がヒュンケルを見つめる。揺れる瞳を見据え、ヒュンケルは微笑む。
「誰と比べてどう、ということではない。お前と共に過ごす時間がオレにとってこの上なく充実したものだと気付いたのだ。お前が隣にいてくれることで、オレは花の美しさを知った。お前が側にいてくれたからこそ、世界は美しいと改めて知れたのだ」
ポップはぱくぱくと口を開閉した。常は雄弁な彼が一向に言葉を返してこない。
「この想いは……恋と呼んで差し支えないものだと思う。ポップ、オレはお前のことを愛している」
想いの丈を伝え、ヒュンケルはふうっと息を吐いた。魔法石から発する冷気に包まれているはずなのに、身体がやけに熱い。
「答えを求めているわけではない。ただオレの想いを知っていてほしい」
ヒュンケルの告白を聞き届けたポップは、再び膝に顔を埋めた。黒髪の下に覗く耳朶が赤く染まっている。
「……あつい」
ぽつりとポップが呟く。ヒュンケルは俯いたままのポップの頭にそっとフードを被せた。
「あつい。お前のせいだ」
「ああ……そうだな。すまん」
分厚い布に身を隠し、ポップは身を固くする。ヒュンケルはポップからやや距離を取った。視線を川の向こう岸に向ける。二人のやり取りなど知るよしもなく、陽光に照らされた夾竹桃の花はきらきらと輝いている。
(本当に熱い)
着用試験のレポートを作るには時間がかかりそうだ。ヒュンケルは苦笑いを浮かべ、鮮やかに咲く花を見つめていた。ポップは俯いたまま動こうとしない。盛夏の昼下がり、魔法の冷気に包まれた二人は熱く頬を染めていた。