不意に、水面に二羽の鴨が降り立った。
番なのだろうか。二羽は仲睦まじそうに、私たちの傍を泳いでいく。
それを、ぼんやりと眺めていた。
「……燈子?」
目の前から私を呼ぶ声。見上げた先には、記憶の中の彼女ではなく侑がいた。
「なに? どうかした?」
「どうかした、って、こっちの台詞なんだけど」
なにか聞き逃しただろうか。必死に耳の奥を掘り返していると、そうじゃないとばかりに侑は溜め息を吐いた。
「急にぼんやりなんかしちゃって」
「あー」
ようやく合点がいく。
二人でボートに乗ってたからといって燥ぎ倒していたわけではないけれど、楽しそうにしていたのが一転してどこかを見たまま黙り込んでしまったのだから、侑の反応も当然のことだった。
さて、しかしどうしようか。折角二人で楽しんでいたのに、他の人のことを思い出してた、なんて言うわけにもいかないし。
なによりそれは、彼女――沙弥香に対しても失礼に当たるだろう。
無二の親友。今では沙弥香も付き合ってる人がいて、それは過去のことになってしまってるけど。
それでも、私は沙弥香を選ばなかったのだから。
「ちょっとね。懐かしいことを思い出してただけ」
だから私は、本当のことを少しだけ侑に伝えた。
侑は気付くだろうか。気付きそうだな。察しがいいし、露骨に言葉を濁したし。
でも、それだけにせっついてくることはないのかもしれない。優しいから。
……それはそれで、侑の優しさに突け込むようなことじゃないだろうか。
だからこそ、答えられないからこそ、二人の時間を大切にしてないと。
「燈子」
そう考えてる端からぼんやりしていた。いや、そんなこと考えてるからか。
侑の呼びかけに慌てて顔を上げて、
「――――」
気付けば、侑の顔が間近に迫っていた。
ちょっとだけ低い熱が、触れていた。
目を瞑ってる侑がかわいいな、なんてことが頭を占めていた。
……少ししてから侑が顔を離していく。それでも私は唐突な出来事に混乱したままだった。
「えー、と、侑……?」
「……別の人のこと考えてたでしょ」
丸きり図星だった。それにしてもこんなストレートに訊かれるとは。
ともあれ事実なものだから、そこまで言われたらなにも言い訳できない。
「……ごめん」
私がそう小さく項垂れると、侑は頬を朱に染めたまま、呆れたみたいな息を吐いた。
「別に責めてないから」
「うん。でもごめんね」
「なんとなくは分かったからさ。うん。わたしも燈子と同じことするだろうし」
ぶつくさといった感じではあるけれど、ひとまず分かってはくれてるらしい。それに一安心する。
もっとも、侑の目はじとっとしたままだ。安心も束の間の夢でしかなかった。
「……それで、なんでキス?」
なにを言うべきかも分からなくて、思わずそんな疑問が口を衝く。
すると侑はますます顔を赤くして、もにょもにょと口の中で呟いた。
「……に……」
「え、なんて?」
「他の人のことなんか考えないようにだよ、もう!」
聞き返した私に、侑はやけっぱちにそう言い放って、完全にそっぽを向いてしまった。
ゆっくりと、言われた言葉を呑み込んでいく。
……ああ。そうか。そりゃそうだよね。
一歩遅れて理解が染みこんでいく。
「っ、ちょっと、先輩……?!」
だから私も、侑を思いっ切り抱き寄せた。
すぐに抵抗を止めた侑は、呆れた目で訴えてくる。
「なんですか、もう」
「他の人のことを考えさせないでくれるんでしょ?」
それが嬉しくて、嬉しくて。
そうして欲しいから。そうしたいから。だから。
口を尖らせて拗ねていた侑は、それを聞いて、いつもの仕方ないなぁって顔をした。
侑の咽喉が無防備に伸びる。まるでねだるみたいに。
それに笑みを湛えて、今度は私の方から侑へと触れた。