「今日からこのクラスでお世話になることになることになりました、武田明音です。担当する教科は体育になっていますが、簡単な質問であれば他の教科でも分かると思うので質問してくれると嬉しいです。短い間にはなりますが、よろしくお願いします」
 明音は生徒の前で簡単に自己紹介を済ませ、深くお辞儀をする。
 教育実習生という存在が物珍しいのか、誰も机に伏せたりせずにこちらを見てくれるのはありがたいが、ここまで熱心に目を向けられると妙に緊張してしまう。
 なぜ明音が身分を隠して教育実習生としてこの学校に潜入しているのかというと、それは連合宛に出された一通の手紙から始まっていた。
「……というわけなのだが、その手紙を見て武田くんはどう思うかね」
「どうって言われましても……、これだけの情報じゃ判断のつけようがないですね。一見いたずらのようにも見えますが、それにしては新聞の切れ端を使って書かれていたりと妙に凝っているのも気になります。いたずらと決めつけるにはあまりにも危険かと」
 放送で呼び出されて参謀室へと入ると、明音は一通の封筒を渡された。参謀長が出勤した時は机の上に何も置かれていなかったはずなのだが、軽い会議があったので30分ぐらいこの部屋を留守にしている間にいつの間にか置かれていたらしい。
 誰かが資料を確認してもらうために置いたのだろうとしばらく放置していたのだが、午後になってその封筒の中身を確認してみると、一通の便せんが入っていて中にはこう書かれていた。
『今から約1週間後、朝日ヶ丘中学校に魔物グールを送る。きっと大勢の人が死ぬことになるだろう。魔法少女が人類の味方であるのならば全力で守りに来るがいいさ。私は逃げも隠れもせずに待っている』
「あぁ、私たちもこの手紙をいたずらと断言するには早いと思っている。それに、もしこの手紙に書かれて言葉が本当なら差出人は魔物グールを操ることができるということだ」
「……つまり、参謀長はもしかしたらこの手紙の差出人は例の統率者かもしれないと。そういうことですね」
 最近、単独で行動するはずの魔物グールを束ねて計画的に街や人を襲っている人たちがいる。連合ではその人たちのことを『統率者』と呼んで彼らの動向を探っていたのだが、もしかしたらこの差出人がそうなのではないかと参謀長は考えているらしい。
 確かにこの手紙の内容をそのまま読み解くとそう考えるのが自然だし、そもそも脅迫状であれば連合ではなく学校に送らなければ意味がない。これは朝日ヶ丘中学校への脅迫状ではなく、魔法科学連合への挑戦状なのかもしれない。
 そう考えると、ここに書かれている文章は全て事実で魔法少女を派遣するのは自然のように思えた。
「そこでだ。他の人から聞いたんだが、武田くんは教育免許を持っているそうだね」
「えぇまぁ。大学の時に取れそうだったんで中学と高校の教育免許は持ってますけど、まさか……」
「察しがよくて助かるよ。もし何かあった時の為にも、武田くんにはこの学校に教育実習生として潜入してもらいたい。手紙には来週と書かれているが、念のため3週間ほど頼む」
「いや、そんな急に言われても困りますって。もっと他に適任がいたでしょう。場所が中学校なら中学生の子たちをその学校に転校させて警備に当たればいいじゃないですか」
「それも考えたが、それだと任務が終わった後にその子たちを元の学校に戻さなくてはいけなくなる。短期間の間だけそこに忍び込むのであれば教育実習生という立場が一番都合がいいのだよ。大丈夫、学校の校長先生には既に話を付けてあるから来週から赴任できるはずだ」
 彼の作戦にはぬかりがなく、適切な判断を持って明音をこの任務に派遣しようとしてくる。さすが連合内の参謀を任されているだけある。
 明音は何も言い返すことができず、黙って彼の指示に従うしか他なかった。
「それじゃ、武田先生の挨拶も終わったところで……。まだちょっとだけ時間があるわね。誰か武田先生に聞きたいことがある人!」
 ちなみに、明音の正体が魔法少女で任務として潜入していることを知っているのはこの学校の校長先生だけであり、子供たちに負けじと元気な口調で話している藤田理恵子先生は明音のことを本当の教育実習生だと思って接してくれている。
 今も明音の緊張がほぐれるようにと、もう少しで朝のホームルームの時間が終わるのに無理やり時間を作って明音が早くクラスに馴染めるようにと場を温めてくれている。学校の先生になるわけではないが、魔法少女達の教育をしている身としては見習うべきことも多々あるだろう。
 連合へと届いた手紙の内容を無暗に広めないためにも校長先生のみに事情を話した連合の判断は正しいと思えるが、なんだか藤田先生をだましているようで申し訳なく感じた。
「はい、先生って結婚してますか」
「残念だけどそれはまだしてませんね。いつかできればいいなと思いつつ、その時を待っている感じです」
 藤田先生に当てられたその男の子は、中学生らしいとてもベタな質問をしてくる。第二次成長期を迎えている子たちからしてみれば、恋愛方面に興味を向けるのはごく自然なことだろう。
 しかし、その質問は三十路近くになってもまだお嫁に行けていない明音の心に深く刺さった。
「えっと……、じゃあいま彼氏さんいたりしますか。居なかったらどんな人と付き合いたいですか」
「彼氏さんはいま居ないですかね。2,3年前は居たんですけど振られちゃいました。好きなタイプに関しては恥ずかしいのでノーコメントで」
 次の質問も中学生らしい質問だった。結婚していないのであれば彼氏がいるのではないかと思ったのだろう。正直その質問も心が抉られる。
 つい数年前には確かに彼氏は居たのだが、お互いに仕事が忙しくなっていつの間にか仲違いしてそのまま別れてしまった。それ以降仕事が忙しすぎて新しい彼氏も作れていない。
 生徒の前に立っている立場なので顔は笑っているが、心の中は完全にズタボロ状態だった。
「つまり……、行き遅れ?」
「おい今誰が行き遅れって言った! 表出ろ!!」
 結果として、藤田先生の計らいは大成功だっただろう。
 ぼそりと呟かれた行き遅れの言葉に明音は思わず反応してしまい、いつも連合でやっているようなノリで応えてしまった。
 生徒たちにはそのノリが受けたようで、授業合間の休み時間になったら気軽に話してくれるような関係にはなれたが、初めてのホームルームで生徒相手に大きな声を上げるのはどういうことなのかと藤田先生にはみっちりと怒られた。
 〇〇中学校に赴任した初日に担任の先生から怒られた教育実習生がいるという噂はみるみる広まっていき、図らずして明音は一躍時の人となってこの学校で一番の有名人になってしまった。
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酒飲み魔法少女は夢を見る_10話_20220605
初公開日: 2022年06月05日
最終更新日: 2022年06月05日
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