「はい、それじゃ試合開始ー!」
 武田先生が試合開始を告げるホイッスルを鳴らすと同時に、私たちの中では比較的身長の高い高田さんが大きく跳躍してジャンプボールを取りに行こうとする。
 彼女の身体能力は高く、もしかしたら魔法を使えない状態であれば私よりもいいかもしれないが、それでも性別の壁は簡単には超えられない。先にボールに手が触れたのは相手チームの男子だった。
 確かに幸田さんは運動神経がよく、4月頃に行われた体力テストではかなりの高得点を叩き出していたらしいが、そのせいで幸田さんと勝負をするときは男子たちも容赦がない。
 男として産まれたからには女子に運動で負けるのは恥らしいが、女として生きている私からしてみればその感覚はよく分からなかった。
「羽賀さん、ここはお願いしてもいいですか。私だとあの人たちを止められる気がしないので」
「了解、なら篠宮さんは幸田さんと一緒にオフェンスに回ってもらってもいい。ここは私1人が居れば十分だから」
 羽賀はもう1人のチームメンバーである篠宮に指示を出し、相手が女子であることを忘れているかのような速さで突っ込んでくる松本を止めにかかろうとする。
 あまりにも唐突なことだったのでこちらのチームは2名ほど欠員が出ているのに対し、相手はバスケ部を含めた男子で固められているので普通に考えれば負けるのは間違いなくこちら側だ。
 そんな戦力差がついているのに対し、あちらが全力で挑んできているのはまず間違いなく武田先生が変な入れ知恵をしたせいだろう。
 羽賀は大きくため息をつく。全く、あの問題教師は何を考えているのか分からない。あとで怒られても知らないだからと思いつつ、羽賀は全神経を集中させてそのボールを止めに行くことにした。
「ちょっとそこの君、試合に危険物の持ち込みはダメだよ。さ、首から下げているペンダントを外して」
 この試合が始まる少し前、羽賀は武田先生に呼び止められた。
 確かに運動をするときは首からチェーンをぶら下げていたり、指にリングを嵌めていたりしたら怪我をする可能性があるのでそれは教師として正しい行為だとは思うのだが、連合の関係者としてはまずやってはいけない指示だろう。
 なにせ、このペンダントを外してしまえば私は自由に魔法を使うことができ、無暗に魔法を使用してはいけないという連合の掟に反するからだ。
「いいんですか、これ外してしまって。武田先生なら、このペンダントがどのような効力を持っているのか分かってるでしょう」
「別にいいんじゃない、他の人に危害を加えなければ。だってそれを付けたまま体育をするわけにはいかないし、仕方ないでしょ」
 なにが仕方ないのかは分からないが、これで武田隊長がにやにやと笑みを浮かべているのかは理解できた。羽賀は首から下げられていたペンダントのチェーンに手をかけ、落とさないようにポケットの中へとしまう。
 力を使いすぎて相手に怪我をさせないようにねと念押しされたが、それをするぐらいならまずこんな指示を出すなよなと思いつつ、羽賀はコートの中に足を踏み入れていった。
「…………はえ?」
 私のすぐ隣を通り過ぎて行った松本はゴール手前まで走って行ってから自分の手にボールが握られていないことに気づき、脚を止めた。
 もちろん、そのボールは私の手の中にある。私の魔法によって宙に浮いているボールを私の手の中にあると形容するのはおかしいのかもしれないが、この際気にしない。
 周りからどよめきの声が上がり、コートの中にいる人たちは足を止めて私のことを見ているが、初めて魔法を間近で見たら皆あのような反応をするものなのだろう。
 誰もボールを取りに来ようとしないのでそのまま相手ゴールへと進んでいると、急にコート外からホイッスルを吹く人の姿がった。
「はい、羽賀さんトラベリングね。ボールを相手チームに渡して」
「…………は? この状況でもトラベリングって取られるものなの」
「当たり前でしょう。そのボールが浮いているのはあなたの能力だとして、ドリブルもせずに走りだそうとしだんだから。さ、時間がないんだからさっさとする」
 体育館内にいる誰もが私の魔法に目を奪われ、口を開けているのに対して審判をしていた武田先生だけは冷静に今の状況を分析し、相手チームにボールを渡すように言ってきた。
 彼女も魔法少女なので魔法を見慣れているのは当然として、当たり前のようにバスケットボールのルールに落とし込んでいるのは笑いすら覚える。
 スポーツの試合では審判の指示は絶対なので近場にいた相手チームの人にボールを渡していると、興奮状態の松本が私の元に近寄ってきた。
「お前すっげえな。魔法少女ってこんなに身近にいるものなのかよ。握手してもらってもいいか」
「それは普通に嫌だし、それ以上近づいてこないでくれる。暑苦しいんだけど」
 どうやら念願の魔法を間近で見れたことがよっぽど嬉しかったらしく、なにやら熱い思いを私に語り掛けに来るが、そんな彼は放っておいて私は自分の持ち場へと戻る。
 魔法の使用が禁じられていない今、この試合に勝とうとすれば余裕で勝てるだろう。魔法を使って相手チームの動きを全て封じるのもいいし、自身は動かずにボールだけを操作して相手のゴールにボールを入れるだけでもいい。
 だが、そんなことをしてしまえば周りからの視線はかなりきついものになるだろう。ただでさえ周りからの注目が集まっているのに、これ以上私に目を向けられうのは正直嫌だ。けど、勝負をしているからには負けたくはない。
 周りの目から逃れるようにしながらこの状況をどう切り抜けようかと必死に考えていると、急に背中を叩かれたので羽賀は危うく転びそうになった。
「なーに1人で考え込んでるの。せっかく同じチームになれたんだから、少しは私たちを頼ることも覚えてよね。この試合、絶対に勝つよ」
「理由はよく分かりませんが、武田隊長がいるのにペンダントを外しているのは何か理由があるのでしょう。あの人のことなのでどうせしょうもないようなことでしょうけど、私たちでよければ付き合いますよ。どうせそこの馬鹿は止まりそうにないので」
 あまりにも力が強かったのでその場で文句を言ってやろうかと思ったが、そこに立っていたのは同じチームメイトである幸田さんと篠宮さんが立っていた。
 周りに感化されているのか幸田はやけに燃え上がっており、篠宮はそんな幸田を呆れたように見つめて落ち着いた声で話しかけてくる。
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