「ほらそこ、ちんたら走ってないでちゃんと走る。次喋りながら走ってるところを見かけたらグラウンドもう5周走ってもらうからね」
 赤名島への出張任務が終わって数ヵ月後、明音は連合内にあるグラウンドで魔法少女たちを走らせながら本来の業務へと戻っていた。
 魔法科学連合5番隊隊長を務めている明音の仕事は、今から魔法少女になる子たちに魔物グールとの戦い方や魔法の扱い方について教え、後任を育てていくことである。
 魔法少女の寿命はもって5年というところで、ある日突然身体に魔力が流れていることを理解して魔法の力に目覚めるも、いつの間にか魔法の使い方が分からなくなってそのまま引退する。歳で言えば大体10歳~18歳ぐらいだろうか。
 大学生活を送りながら魔法少女を続けている人は約200名ほどの魔法少女の中でもわずか数名しかいないのに対し、中学入学と共に魔法の力に目覚めて16年経った今でも魔法少女をやっている明音は異例中の異例だった。
「隊長、もう限界……。少しの間だけでいいから休ませて……」
「だーめ。昨日は20周は走れてたんだから15周ぐらい余裕でしょ。そんなに言うなら明日はもっと走らせてあげようか」
「うあぁ、隊長の鬼ー! いくら若くても筋肉痛っていうのは辛いものなんだよ。隊長みたいに何日も続くことはないけどさ」
「……もしかしてもっと走りたかったりする?」
「あっ、やべ。すいません、あと3周すぐに走ってきまーす」
 明音の殺気を俊敏に察知し、彼女は颯爽と駆けていく。無駄口を叩くほどの余力が残っているのであればあと20周ぐらいはさせてあげようかと思っていたのだが、どうやら走るのは嫌いらしい。
 全員が走り終わるのを見守って記録表に全生徒の健康状態と走行タイムを記録していると、ふと一行だけ名前があるのに何も書かれていない欄があることに気づいた。
「あれ、今日って羽賀さん訓練所に来てるんだね。ここにはいないみたいだけど誰か羽賀さん見た人いるー?」
 その子の名前は羽賀かおり。魔法少女になって僅か2年足らずで最高クラスであるSクラスに到達し、最強の魔法少女と呼ばれている中学3年生の少女である。
 彼女の類を見ないほどの強さから任務に狩りだされるのは日常茶飯事であり、普通の学校生活だけでなく連合内の訓練にさえ出ることができないほど多忙な人生を送っている。
 今日ももしかしたら郷田統括とかに用事があってただ連合に寄っただけなのかもしれないが、魔法少女の教育を行っている身からしてみれば顔だけでも出してほしかった。
「それにしても優等生ちゃんはいいですよね、特別扱いされて。こんなきつい訓練に出る必要もないし、お偉いさんからは大切にされてるから超VIP待遇。あの子が居たら私たちみたいな魔法少女はいなくても変わりないんじゃね?」
「こらっ、そんな僻むような言い方をしない。いくら羽賀さんが強かったとしても、あんたたちにしか守れない命もあるんだよ。ちょっと羽賀さん探してくるからみんな休憩してて。20分経ったら訓練再開するから、身体冷やしすぎないようにしなよ」
 本来の予定でも持久走が終わったらしばらく休ませるつもりだったということもあり、明音はみんなに日陰で休んでいるようにと伝えて羽賀を探しに行くことにする。
 彼女が忙しい毎日を送っているのは承知の上なのだが、それでも少しだけでもいいので他の魔法少女たちと友好関係を築いてほしかった。
 連合内の誰に聞いても羽賀さんの行方を知っているものはおらず、連合内にいるかも分からないと言われたので明音は仕方なく魔力の粒子を辿って彼女の元へと辿り着く。
 常に魔力の流れを意識しなければならない魔法を多用している明音とは対照的に、意図せずに体外へと魔力を放出し続けている羽賀の居場所を探るのは、明音からしてみればかなり簡単なことだった。
「こんなところにいたの。訓練もう始まってるから羽賀さんも一緒に出な。ここにいるってことはどうせ暇なんでしょ」
「……なんだ、隊長か。驚かせないでくれる。こう見えても私忙しいんだけど」
 中学生用の校舎の側に生えている木の上で本を読みながらくつろいでいる羽賀に声をかけるが、羽賀は目も上げようとしてくれない。
 魔法少女になった当初から人付き合いが苦手そうなイメージがあったのだが、ほとんどの任務を一人でこなすようになってからはその人見知りは更に磨きがかかっているように思えていた。
「そんなこと言わずにさ、羽賀さんもみんなと少しは顔を合わせてあげなよ。一緒に戦う仲間なんだからさ」
「別にいいよ、めんどくさいし。それに、訓練なんてやったところで私には関係ないじゃない。地に足をつけて移動することさえ珍しいんだから。いまいい所なんだから邪魔しないで」
 明音は一寸たりともその場を動こうとしない羽賀を見てどうしたものかと頭を悩ませる。
 もしこれがただの不良魔法少女であれば無理にでも訓練へと参加させるのだが、羽賀が得意としている魔法は重力操作系の魔法で身体能力を上げてもあまり意味はない。羽賀の魔力量を考えればここ一年ずっと空中にいるんだよねと言われてもそれが本当のように思えてくる。
 そんな彼女を無理にでも地上へと下ろし、脚力や持久力を上げたとしてもなんの影響も出ないように思えた。
「……武田隊長、武田隊長。至急参謀室へと向かうように。繰り返す、武田隊長は至急参謀室へと向かうように」
「ほら、呼ばれてるよ。他の魔法少女じゃなくて隊長が直々に呼ばれるってことは相当な事情があると思うだけど、そんな中で私に構っている暇なんてあるの」
「……分かった。けど少しでいいから訓練には顔を出しといてよ、じゃないと私が起こられるんだから。他の子も会いたがってたし、少しはみんなと交流を深めてみたら」
 なんとか訓練に参加してもらえないだろうかと頼み込んでいると、急に放送がなって呼び出しを受けてしまう。あの声は参謀官である〇〇のものだろうか。
 夕方には連合内の情報をまとめる定例会が開かれるのに、それを待たずに校内放送を使ってまで明音を呼び出すということはよほど大変な事態か複雑な事情があると言っていいだろう。明音は羽賀に訓練に出るようにへと念押しをし、そのまま参謀室へと向かう。
 こういう時は大抵碌でもない任務を押し付けられるんだよなと思いつつ参謀室への扉を開けると、そこには連合内の主要人物が集められていて明音はため息をつくしかなかった。
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