穴は曲がりくねりながら、上方向に続いていた。アキラは息をつきながら、ひたすら登っていく。下を見ても、かつて暮らしてきた地下世界はもう見えない。
どのくらい登ってきたのか、時間の感覚すら希薄になってくる。穴の中を照らすライトの光の円は頼りなく揺れ、今にも消えてしまいそうだ。
ライトの円が明滅し、そして消えてしまっても、アキラは上へ上へと登り続けた。光が失われた暗闇の中を、アキラは登っていく。それしかなかった。
光を失ったアキラの道標となったのは、上から流れ続ける水の流れだけだった。神の涙の、その正体。それを知るには、神の坐するはずの天上の世界を目指さなくてはならない。
そして――光が見えた。
完全な暗闇と流れる水の音しかなかった空間に、三つ目の要素が現れた。光。
あるいは数百年ぶりにその刺激を得たかのように、アキラの目はくらんだ。周囲を満たす暗闇の中にかすかなヒビのように現れたその光に、アキラの両目からはまだこれだけの水分が残っていたのかと思われるほどの涙があふれる。
「神像」と同じように涙を流しながら、アキラは乾いた旅人が水を求めるように光を求めて穴を這い上がった。
次第に光は大きくなる。そして――。
光を阻んでいたのは、金属製の重く大きな扉だった。身体全体を押し当て、扉を開ける。
光が爆発的に広がり、暗闇に慣らされたアキラの視界を灼いた。
回復した視界に、古びた写真でしか見たことがなかった青い空と、それを取り囲むように伸びているビル群が飛び込んでくる。
そう――ビル。高くそびえた高層建築物。その谷間に、アキラはいた。
そして同時に、アキラを刺すような感覚があった。
涼しい。
ひやりと冷えた、明らかに人工的に作られたであろう快適な温度。地下世界では決して感じられなかったその感覚に、アキラの肉体は違和感にふるえた。ここは、自分の知っている世界ではない。
いや、そもそも――「地上の世界」はすでに乾ききって滅んだのではなかったか。では今、自分が見ているこの光景は、飢えて乾いて死にかけた自分が見ている死に際の幻なのか。
困惑と違和感で足がもつれ、アキラは地面に濡れた音とともに倒れ込んだ。ボロボロに引き裂かれた服に、冷たい感触が染み込んでくる。
――冷たい感触?
地面についた手のひらが、ぱしゃんと水音を立てた。濡れている。水だ。
はっとして疲れ切った体を起こし、水が流れてくる先をたどる。地面に溜まった水はビルの壁の方から流れてきている。そして、水はその壁を伝って流れ落ちている。周囲を見れば、アキラを取り囲むビルの壁はどれも濡れており、水が流れ落ちている。
地下世界では、あれほど大切だった水が、誰にも顧みられることもなく、信仰されることもなく、ただ流れ落ちている。
ビルの壁を見上げる。
そこにびっしりと張り付いているのは、大量の空調機だった。そこからは、とっくに滅んだはずの地上世界を快適な温度に保つための冷風と、そして――排水が流れ落ちていた。
服に水が染み込むように、アキラは理解した。すべてを理解した。
濡れた地面に背中から倒れ込む。
冷えた空気と冷たい水が、体温を奪っていくのがわかった。
「……はは」
少年が最期に漏らした笑みは、乾いていた。