あほほど眠い。あほほど、あほ、あほほど眠いとは関西人だからこそ行ってしまう言葉なのかもしれない。しかし「バカ程眠い」というか? と思うと疑問が浮かぶ。あほほど眠い、あほほど、う~ん。あほほど眠いは、なんか、しっくりくるような気がするが(そんな日本語はない)、バカ程眠いは、やっぱりしっくりこない。
クソ眠い。これはしっくりくる。クソ眠い、うん、クソ眠い。今何時だ~? って思って時計を見てみると三時である。三時、いい大人も子供も寝ている時間だ。寝た方がいいのは分かっているが、どうしようもないのだよ。なんかやっちゃってんだもん、テキストライブってのを知って試してみているんだもん。
でも、やっぱり、脳が、回らないのね。ろくな文章が書けていない自覚はある。でも、今まで、ろくな文章が書けているなんてことがあっただろうか? ろくな文章が書けていると思って書いている時なんて本当にあったのか? あった? あるような気もするし、無いような気もする。でも、だいたいは「ろくな文章書けてないよ~」と思いながらなんか書いていた。だいたい遅いんだ。うんうん言って、書いて、それで出来上がった文字数を見ていると思っていたのの何分の一よってなる。ねえ、いつまでこいつら車の中にいるの? みたいな。
頭の中では車に乗って~ここ行って~こうしてこう! ってのがうっすらあって、それで、こう、やろうと思うわけだな。今日中にここまで書きたいな! なんて思ったりしてさ。それで進めていくんだけど、いつまでたっても車の中じゃねえか! みてえなことになるわけだ。車の中で、それで、思ったように進まない。進まないばかりかこうねえ、なにもない時は理想を頭に浮かべるじゃない。理想のなんかいい感じの文章が書けるなんて思うじゃない。でもそうはいかねえんだな。悲しいね。
もっとなんかうまい事いくといいなあって思いつつ、書いて、うまい事いかねえなって思って書いて、なんか、なんとかなったけど、最終的にこれ、できあがったこれ、どうなんでしょうかね? ってなるよ。出来上がった直後はまだいいよ。出来上がって読み返して「ここダメだな」とか「ここ直そう」とかしていくうちに、何回も何回も読むじゃないですか、自分の書いたものを。自分の頭で考えて、自分が書いて、自分が何度も読むわけだ。そら、新鮮味もなくなっちゃうよ。
ってなわけで、何回も何回も読み返して訂正していくうちに、自分が一体何を書いているんだかわからなくなるわけ。原稿を提出する時にはもう「??????」って感じ。提出して、自分でまたそれを読み返すんだけど「????」って感じ。なんかわかんなくなっちゃうね。悲しいね。悲しいって言うの二回目だよ。
で、結構体力つかうじゃないですか。知らんけど。体力っていうの? 気力? 書いていると割とすぐ疲れんの。こういう、今書いているような落書きじゃなくて、小説を、書くぞ! って言って書くと疲れんのよね。すぐ眠くなる。
寝て、書いて、起きて、食べて、書いて、寝て、書いて、食べて、寝て。みたいな生活をね、送れるなら書けるけども、労働があると労働に体力持ってかれるから厳しいよ~ってなっちゃう。
言い訳なんですけれども。
つらつらと言い訳を並べてしまった。言い訳を並べるのは楽だな。なんも気にせず。気楽に脳直で言い訳並べっちゃったもんね~!
そんでもって、小説をね、書きたいなって話。七月の話を、書きたいなって思ってるけど、明日(今日はもう日曜日なので今日のことです)書けたらいいなって思っている。祈ろ~。おわり。