アベリオンがぱりす屋の事務所に駆け込んできてから、今日で三日目になる。
 ……別に、客間は足りている。アベリオンにはひとかたならぬ恩があるし、なんならパリスの方だって、妹とひどく喧嘩した晩に、ホルムの外れ、森の境あたりの彼らの住まいにふて寝しに行くこともある。
 『彼ら』、だ。パリスは居候を咎めたいわけではない。ただ、たぶんおそらくきっと、いつもよりほんの少しだけ拗れている年下の友人同士の仲を、兄貴分としてちょっと面倒を見てやるべきかどうか、思案しているだけなのである。
 そもそも、アベリオンの方が駆け込んでくるのが珍しい。風変わりなたちだが静かで大人しい方で、ぱりす屋で一晩中くだを巻く方といえば大体シーフォンだと相場が決まっていた。
 ちなみに、どうせこの二人が喧嘩したんだろう、というのは断片的な供述からも既に確信を得ているところで、今さら疑問を差しはさむ余地はなかった。
 しょうがねえなあ。まったく、二人してガキなんだから。
「……シーフォンが、僕に絶対タチをやらせないって言い張るんだよ」
「悪ぃ。本当にオレが悪かった」
 ……なんとか無かったことにならないか?
 それが、何くれと『本当に些細なこと』の仔細を渋るアベリオンの口を割らせたパリスの、忌憚のない感想である。
「……ああごめん、タチっていうのは、」
「いや、いいそういうのは……わかるから……」
「そう……」
「………………で、」
 しかし、聞き出したからには責任というものがある。パリスの信条である『オレがしっかりしないと』は、もっぱらこういう場面で発揮される。
「で……別に、これっきり別々でやってこうってわけじゃないんだろ? シーフォンのやつだって……なあ、きのう港で見かけたぜ」
「……みやこ行きの船でも探してたんじゃないの」
「いや……それは無いと思うな……」
「……彼はずっとひとりで生きてきて、」アベリオンは、椅子の上で膝を抱えて丸くなりそうな勢いだった。「……僕とは違うんだ」
 パリスは恋愛ごとに暗い。もうまったく、光量で言ったら真冬の洞窟にも劣る。……近頃まではそこまで暗いつもりはなかったのだが、「おそらく自分よりもぼくねんじんであろう」と当たりを付けていたアベリオンがちょっと目を離した隙にこうなったのを見ると、おそらく全人類でも下から数えた方が早いのではないか? と危惧しだしたところがある。
 なんとかしてやりたい気持ちはある。幼馴染みで虚弱で頭がいいのに気の小さい弟分の肩は持ってやりたいし、なんなら、どうせ素直になれずに物の弾みでキャンキャン吠えたてたのだろう新しい友人にだって、大切な相手を傷つけた後悔というようなものはしてほしくないのだ。
 ただ、パリスにはこういう局面に関する知恵が絶望的に無い。
「……うん、まあ、そうだな。いっぺん深酒してから抱きついてみたりしたらどうだ? 掘る気はないって意思表示になるだろ」
「掘っ……」
「いや、いやいや……あくまでな? ちょっと話の弾みを付けようと……。……やりづれぇ~……まさかお前とこんな話することになるとはなぁ……」
 そんなわけで、視線を虚空にさ迷わせながら言ってみた案も、実のところ受け売りである。最近知り合って店で一緒に働いている男が、そんな調子で散々パリスに『コナをかけて』いたというのに、自覚もないまま袖にし続けていたら種明かしを受けたのだ。
 パリスは本当に色恋沙汰に疎い。世の中には向き不向きというものがある。知らないうちに恋破れさせてしまったその男曰く、パリスはさぞかしモテるだろうとか、なんとか、言われたけれども、もしも本当にそうなら幼馴染みにもうちょっと出来ることがあるだろうと自分で思う。
「僕さあ……」
「……おう」
「お酒は、あの、実は……けっこう我慢してるんだよ。シーフォンも飲まないし……僕は……なんか、すぐ変なこと言いそうで……」
「……うん、そうだな」
 『お前けっこう普段からヘンだよ』は、頑張って呑み込んだ。
「……本当に、気を付けてるんだけど…………何か変なこと、したかなあ……」
 それこそ酒の席もずいぶん回ってきたぐらいの勢いで、アベリオンが沈み込んでいたので。
 ……あとシーフォンのやつ、『変態』は確実に言ったな、と思った。
 恋愛真っ暗人間のパリスでも、その程度の想像は付く。
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