あくる日、明音はいつものように島内を歩き回りながら、新たな魔物の情報を得られないかと聞き込みを続けていた。
収穫結果としては相変わらずで、ほぼ世間話程度に終わってしまったが、それはこの島の平和が保たれているということで、魔物の被害が出ていないということでもある。
明日を逃してしまえば次の定期船は来週となってしまうので、今日中に魔物の情報を集めて任務を終わらせてしまいたかったのだが、この調子では来週になっても任務が終わりそうもなかった。
「……そうですか。赤羽さんの所まだ腰が治られていないんですね。私も気を付けないと」
「そうねぇ。あんたも若いけんど、ぎっくり腰は若い人でもなる言うし、気を付けとかんといけんよ。ぎっくり腰はな、腰が冷えるとなりやすいらしいけん、ちゃんと毎日ストレッチしとくんよ」
そう言って、小佐田さんは大きく腕を振ったりしながら、ストレッチのやり方を実演してくれる。
小佐田さんはこの島で生まれ育ち、今年で85歳になるらしいが、そうとは思えないほど動きにキレがあり、物事をはきはきと喋られていて全く衰えを感じられない。
今日もこの日差しの暑い中で永遠と世間話をしているにも関わらず、小佐田さんの額には顔色一つ変えずに涼しい顔をしており、若さではまだ負けるわけにはいかない明音の方が先に熱中症になってしまいそうなほどだった。
「そうだ。明音ちゃん、ちょっと頼まれごとをしてもろうてもええかい。今から畑仕事に行かないといけんのやけど、ジャガイモを掘るのを手伝ってもらえんやろか。このねじ曲がった腰ではどうも座り作業はきつうてなぁ」
「いいですよ。いつもお世話になってもらってるし、それぐらい朝飯前です」
明音は小佐田さんからの依頼を安請け合いし、道具を持ってくるからと一度家へと帰っていった小佐田さんと別れて先に畑へと向かう。
この島に来てからもう一週間が経とうとしているが、明音の頭の中には既に島の地図が隅々まで入っており、誰かのお家や畑ぐらいならば道に迷わずに訪れられられるようになっていた。
小佐田さんが所有している畑は島の東側に合って、荒れ狂う太平洋が一望できる程の高台にある。
歳を取るとここに登ってくるまでも一苦労なんだよねと言っているが、正直まだ30歳を迎えていないはずの明音でさえも膝に来るものがある。
できれば歳を取りたくないものねと言っているが、それはこちらのセリフだった。
「そういえば、なんで私のことを明音》だなんて呼ぶんですか。こう見えても私、そろそろ30を迎えようとしている身なんですけど」
「あらそう? でも、私からしてみれば20歳も30歳もまだまだ若いもんよ。明音ちゃんも海音ちゃんも、まだまだ若くてよかねぇ。まだまだ先は長いんやから、ゆっくり生きていけばええ」
この島に来てから何故か明音》呼びが定着し、少しむず痒い思いをしていたのだが、明音の何倍も長生きをしている人からそう言われてしまっては言い返す言葉がない。
「それにしても、海音ちゃんもええ子よねぇ。お父さんが亡くなってまだ数ヵ月しか経っておらんのに、お母さんを心配させないようにと元気に振る舞って」
「そうですね。私から見てもすごいしっかりとしてる子だと思いますよ。まだ13歳なのにすごくはっきりと物事を言いますし、なにより島の皆からも愛されてる。ほんとにいい子ですよ」
「そうやろ、そうやろ。海音ちゃんはこの島の宝物みたいなもんじゃけん。いくら明音ちゃんと言えど、海音ちゃんを泣かすようなことがあったら容赦せんよ」
目が笑ってない。
「さて、今日はそんぐらいでええよ。手伝ってくれてありがとうねぇ。そっちのバケツに入っとるジャガイモはお駄賃やけん、ありがたくもろうて帰り」
「えっ、こんなに頂いていいんですか。私ほとんど働いていませんよ」
「ええんよ。年寄りは若い子と話すのが楽しくて楽しくて仕方のない生き物じゃき。どうしてももらえないって言うなら、こっちのバケツの分を家まで持って行ってもらえんかね。私は旦那のお墓参りに行かんといけんから」
なんだかいいように使われているような気もするが、数キロもあるバケツを持って下り坂を歩かせるのも危ないので、小佐田さんが食べる用のバケツは家まで持って行ってあげることにする。
玄関の鍵はあっていないようなものなので勝手に上がらせてもらうつもりだったが、明音には聞き逃してはならないようなことが一つだけあった。
「……すいません。お墓参りって言いましたけど、そのお墓ってどこにあるんですか」
明音はここ数日で形成された脳内マップを取り出してみるが、この島にあるのは畑か家屋ぐらいで、どこにもお墓らしい場所は見当たらない。
魔物は人の憎しみから生まれてくるものなので、既に亡くなられいる人を弔う墓場はまず魔物が存在しないので気にも留めていなかったのだが、もし何かあるとすればそこぐらいしか考えられなかった。
「お墓の場所か? ……あぁ、そういえば普通は墓石っていうものがあって、そこに骨を埋めるんやっけ。この島にはそんな場所ないから、木で作った棺桶に遺体を詰めて、崖上の所にある井戸の中へと入れるんよ」
「井戸の中に入れるんですか? ご遺体を?」
明音は一度も聞いたことがないような埋葬方法だが、この島では昔からのしきたりのようで、何百年もその井戸の中に散骨を行っていたらしい。
この島に住んでいる人はみんな家族で、同じお墓に眠るという意味があるらしいが、その特殊な埋葬方法から、少し調べた方がよさそうな気がしていた。