たかさ りき くんへ
 高佐李希たかさりきが死んだ。
高佐李希たかさりきって、誰だっけ。
朝のホームルーム、静かな教室の中で若い担任の教師が一言告げる。
「このクラスの高佐李希たかさりきくんが、亡くなったそうです」
教室の中はがやがやとそれぞれの友達グループと話しながら、「可哀想」や「怖い」と言う中で、一つのことだけを口を合わせて話していた。
「でも、高佐李希たかさりきって、どんな人だったの?」
その言葉を皮切りに、教室の隅の白百合が挿した花瓶の机に僕は注目する。いつもは空席で、机の中には何もない単なる空席。高佐李希たかさりきは、その机の中にいるはずのクラスメイトだった。
僕たちは、高佐李希たかさりきのことをほとんど知らない。
同じ学校で、同じクラスで、同じ年齢で、同じ子ども。一度も学校に来ない人、という印象しかない。彼に対して知っている者は少なく、幼稚園や保育園、小学校からの友達もいないようだった。彼のことを人伝に聞けば、小学校1年生から急に不登校になり、小学校6年生となっても1年生の入学式以降、変わらず姿を見せたことはないということらしかった。つまりは、典型的な不登校の生徒で、クラスでも存在すらまともに覚えられていない同じクラスなだけの他人に過ぎなかった。
誰も彼のことを知らないせいか、誰も彼のことについて泣くことはない。少し驚いた顔を浮かべる程度で、涙なんてこれっぽっち足りとも流さない。
「先生。高佐たかさくんって、なんで死んだんですか?」
クラスの中で、真面目そうな女子の稲沢いねざわが手を挙げる。毎年、クラスの学級委員に立候補しては、その立候補の責任をとっていく女子だ。稲沢は親がお金持ちらしく、今年は中学受験をするらしい。僕にとって、それは素晴らしいことなのかは分からない。ただ、お金持ちの子どもは大変そうだなと思っているだけだ。
先生は稲沢の質問にやや眉をひそめて、ゆっくりと口を開く。その声が、どこか震えているようにも感じて、僕は先生だけは高佐李希たかさりきを知っているんだと思った。
「……お家の人と一緒に、遠いお空へ旅立ちました」
先生が濁した。濁したにも関わらず、クラスの中の誰かが「シンチューってやつ?」と笑いながら茶化す。シンチュー、シンチュウ、心中。難しい言葉だ。シンチューなんて言った誰かは、きっと僕より頭がいいに違いない。
高佐李希たかさりきは、頭がよかったんだろうか。それとも、悪かったんだろうか。高佐李希たかさりきはシンチューなんて言葉を知っているのだろうか。
教室の中は相変わらず騒々しく、言葉の音楽が奏でられている。音楽はいつの間にか、不定和音に変わっていき、話は昨日の夕飯は何だったかとかテレビに推しが映ったとか、何気ない会話が続いている。先生すらも、僕たちと一緒になって話して笑っている。また、高佐李希たかさりきは忘れ去られている。
 しばらくして、先生が「皆さんはお家の人と、仲良くしましょうね」とたった一言だけを告げた。そうして、これ幸いというように「道徳の授業をしましょう」と一限目の授業が開始される。
『家族と仲良くなるために』
テーマはそれだけだった。
高佐李希たかさりきは、そんな人間だったらしい。
ありがとう。
高佐李希たかさりき
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たかさ りき くんへ
初公開日: 2026年05月30日
最終更新日: 2026年05月30日
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