「いつか演奏聴きに、そのジャズ喫茶お邪魔するよ」
まあ、社交辞令のつもりだったけどね。時間が出来たのであの言葉の通りにくっつりやに行ってみる事にした。雑誌で何度か目にしていて、その界隈では有名な店だとは把握している。行った事はなかったけど。こういう場所は始めてで少し緊張するな、なんてらしくない事を考えつつ店の扉を押した。
「…いらっしゃい」
「ども」
カウンターの向こう側にいる男性がオレを見てひとつゆっくり瞬きして迎えてくれた。なに、一見さんお断りとかそういうルールあったりする?おそらくこの男性がくっつりやのマスターで、望月の叔父なのだろう。目元ソックリじゃん…望月の血、強い。
「空いてる席、自由にどうぞ」
「カウンターいい?」
「もちろん」
どうぞ、と自分の正面の席を勧めてくれた。バーとかでもそうだけど、カウンターの人の動き見るの結構好きなのよ、オレ。
「ご注文は?」
「えーと。こういうとこ初めてなんで。オススメとかあります?」
「じゃあブレンドはどうかな」
「それで」
ジャズ喫茶なんだからそりゃ珈琲勧めるわな。いかにも珈琲拘ってます、といった店で飲むのも初めてだったりする。ファストフードやチェーン店の珈琲は飲んだ事あるけども。注文してからミルで豆を挽いている。そういうのドラマで見たな…本当にやってるのか。
「見る?」
「え?」
「珍しそうにみてるから。これ、サイフォンっていうんだ」
初心者なのもバレバレですか。ガラスの実験道具みたいな器具の中でお湯が沸いている。上のボトルみたいなとこに粉を入れて少し待っていると沸いたお湯が管を伝って上がってきた。
「おお…」
本当に科学実験みたいだ。面白いな…つい漏らした歓声にくすりと笑ったマスターが落としたばかりの珈琲をいれたカップをオレの前に出す。こういう拘りの店ってあれでしょ。砂糖とかミルクとか入れない方が良いんだろう。ゲームの中のハトだって最初はブラックで飲んで欲しがるし、きっとそういうもの。ブラックは飲めないが、そういうシステム……
「…ん“っ」
凄い香りが豊かで、ブラックコーヒーのイメージや見た目より苦味に襲われる事はない。すうと鼻に抜けてゆく珈琲の……いや苦い。思った程ではというだけで、苦くない訳じゃない。
「あっははは!ミルクとシュガー入れたら良いのに」
「だって……ブラックで飲んで欲しいものなんでしょ」
「いいや?美味しく飲んで貰えたらなんでも良いんだよ。飲む人が美味しいって思ってくれたらそれで」
からりと笑う顔は学生である甥っ子より屈託がなく、年上だろうに、どこか幼い笑顔に見えた。お言葉に甘えて、ポットに入った角砂糖ひとつを沈め、ミルクを一周半注いだ。スプーンの先でこつこつと砂糖を崩し、黒い液体が柔らかなブラウンに変わる。ふう、と一息かけてから改めて体に迎えた。
「…ウマい」
「それはよかった」
マスターはオレの一言にふふ、とどこか得意げに微笑んだ。
「お客さん、うちは初めてですね?どうしてうちに?」
「あー…オレ、いぶ……」
威吹の音楽教師で、望月からこの店の話を聞いたのがきっかけだと言えばこの人の中でオレの位置は「甥が通う学校の先生」という位置から一生変わらないものになりそうな気がして口を噤む。それじゃダメだな、折角だからもうちょい印象ある位置につきたい。もう少しこの人に近付いてみたい。
「…なんとなく、ふらっと?ジャズ喫茶ってちょっと珍しいでしょ」
「興味を持って貰えたなら嬉しいな。何か楽器をやる人だったりするのかな」
「楽器は…職業柄、広く浅くというか」
「広く浅く?」
「アコースティックギターに箏に」
「アコギから箏?!ジャンルがわからないな…」
「歌もちょっと。知識としてならトランペットやサックス、クラもちょっとだけ。ボーンは吹いた事ないな…」
教えるほどの技術はないけど音楽教師としての知識はあるつもり。ちゃんとしっかりやってる人らから見たら素人に毛が生えた程度の技術かもしれないが。
「ああでも…ピアノはちょっと、頑張ってた事あったな」
それでもピアノで食っていこうと思う程ではない。頑張っていた頃を一瞬思い出して思考を飛ばしているとマスターは何か考え込んで小さく唸る。
「…もしかして、ミュージシャンとか?」
「え?何の話?」
「お客さんの職業。作曲とか、編曲とかする人かな」
「ミュージシャン?オレが?」
「どう?当たってる?」
「ぶははははは!そ、そんなわけ!あはははははは!!」
「ええ…自信あったのに」
まさかミュージシャンと思われるとは!腹を抱えて身を屈めカウンターを手のひらで叩く。自信があってのそれ?結構愉快な人だったりする?
「はー…おもしろ。マスター、名前は?」
「うん?ああ、くっつりや、といいます」
「お店の名前じゃなくて、マスターの」
「望月です」
苗字は知ってるさ。けど苗字だけ伝えたところからオレとマスターの間に明確な壁を造られたのを感じる。客と自分とでちゃんと距離を作るタイプかな。
「オレは彰利」
「………」
「牛尾彰利」
「牛尾さんね」
にこ、と笑ってるけどやっぱわざとね、ソレ。近付くには時間かかりそうだなあ…
「いつか牛尾さんのピアノを聴かせてください」
「オレのピアノ?」
「あるんで、そこに」
そこ、とマスターが目線で差した方向を見るとカバーの掛けられたアップライトピアノがあった。ピアノだけでなく、いくつかの楽器を店で所有しているらしく、希望する客が好きに演奏しても良いことになっているらしい。
「オレのピアノなんて…大したものじゃ、全然ないけど」
「音楽は音を楽しむものです。楽しい音が奏でられるなら得手不得手関係ないと、私は思うんですがね」
「まあ…そのうち?弾いてみたくなったって言わせてよ」
「あはははは!じゃあ牛尾さんが来た時は思わず弾きたくなるような楽しい曲を流そうか」
そう言ってマスターは早速棚にあるレコードを一枚出してセットした。落ち着いてゆったりとしたジャズが流れていた空間がちょっとアップテンポの軽快なものに変わる。珈琲も美味いしマスターの声も穏やかで店内の曲の邪魔にならない。おしゃべりな訳でもなく気難しくもない。朗らかに笑う柔らかな空気のマスターだ。沈黙も苦にならない。そういう人間って貴重なのだ。店もマスターも気に入ったかも。
からん、と入口が開く音がして視線がいく。
「おや、いらっしゃい大鳥さん」
「こんにちは崇さん!…あれ、見ない顔だな。はじめまして」
「え、あ、はあ、どうも」
店の常連なのか、マスターを名前で呼んだのを聞いて心の中のオレが唇を尖らせた。オレには苗字だったのにってね。いいですけど。大鳥さんと呼ばれた男はオレを見るなりすぐ隣の席に座った。全然席空いてるのに。
「私は大鳥です。あなたも何か楽器を?ピアノかな?」
「え?なんで?」
「指がほら、まむし指になっている」
「うえっ…」
男がオレの手に自分の手を重ね、手のひらを広げて指を擦ってくる。ぞぞぞ、と立った鳥肌を隠せず椅子ごと距離を取ったのに手を離してくれない。
「こーら、大鳥さん!うちはそういう店じゃないって何度も言ってるじゃないか」
「あっ」
ぺん!とマスターに手を叩かれて嬉しそうな声を上げた男はそれはそれは嬉しそうにマスターを見つめた。
「心配しなくても私の本命は崇さんですよ…っ」
「ははは、ありがとう。すみません牛尾さん。大鳥さん、基本は無害なんですが時々ハラスメントがあって。遠慮なく言ってください、代わりにぶっておくから」
「ご褒美です!!」
ご褒美だそうだけど本当に良いのだろうか、それで……なるほど、店やマスター本人を気に入っているのはオレだけじゃないってことね、完全に把握した。うんうん、と頷いて決意を新たにした。
「お勘定、いい?」
「はいはい。うちね、昼はランチもやってるし夜はアルコールも。スイーツだっておじさんなりに結構頑張ってるから。週末は夜に生演奏も入るよ。牛尾さんも良かったら是非」
くっつりや、と書かれたポイントカードにマスターが「牛尾様」と記名してくれる。貯まったポイントで割引券や珈琲チケット、豆、店で使ってるカップなどが貰えるらしい。
「これ何ポイント貯まったらマスター飲みに誘えんの」
「あはは、私とおんなじ事言ってる」
「そういう店じゃないんだって…大鳥さんに感化されておかしくなっちゃったかな」
誘うだけだし。下心ないし。大事にカードをしまって店を後にした。……あ、望月居なかったな。今日は部活か?ま、何度か通ってたらそのうち会うでしょ。
「ただいま」
「おかえり蒼斗」
「おかえり蒼斗くん!」
「大鳥さん…いらっしゃいませ」
「もう少し帰ってくるのが早かったら凄い人に会えたのに」
「なに?」
「多分ミュージシャン」
「ミュージシャン?」
「違うかもしれないけど。でも芸能人だと思うんだ。モデルさんとか」
「顔がこーんなにちいさくて、背もスッとしてましたね!蒼斗くんよりちょっとあるかもしれないな」
「結構長身すね…」
「あんな綺麗な顔した男の人初めて見たな…髪がふわっとしてて…店に入って来た瞬間びっくりして固まったよ、俺」
「そんなに……俺も見てみたかったな」
「きっと彼はまた来ますよ……私にはわかる!強力なライバル…そう魂が叫んでる!」
「話半分で聞いていいよ」
「大鳥さんの話そのまま真に受けた事ないから大丈夫」
「こうしちゃいられない!崇さん!次の定休日にデートしませんか!」
「ごめんね」
「ストレートに断るその姿、素敵です!」
最近、とんでもなくハンサムなお客さんが通ってくれている。
「牛尾さん。いらっしゃい」
「どーも」
初めて見た時には小さな顔にスタイルの良さ、綺麗な顔立ちについ目を奪われて固まってしまった。きっと芸能人に違いない、楽器を手広くやっているならミュージシャンだろうか、と彼の名前をネット上で検索してみたがヒットする人物はなかった。むしろ牛尾というのは偽名なのでは?と疑っている。世は彼を放って置かないだろうに…詳しく聞くような間柄でもなく、ただ疑問が膨らむだけ。
「ブレンドで」
「はい」
初めて来た時はおそらくこういった店も初めてだったのだろう、そわそわして店を見回して、俺のやっている事を興味深く見ていた。サイフォンも初めて見たのか、おお、と声を漏らしたりしてなかなかかわいらしかった。少し眠たげな瞳がきらりと輝いたのだ。
ブラックで口にした時、少し経ってからキュッと眉間に皺が寄ったのを見て少し笑ってしまった。気を悪くしてはいなかったようだけれど、それ以降ミルクとシュガーで自分の好みの味に調整して飲んでいる。うちの珈琲が口にあったなら何より。彼はピアノをやっていたらしいが、なかなか弾く気になってくれず何度も通ってくれているのに一度も聴かせて貰っていない。彼が来るといつも好きそうな曲をかけるし、彼自身も音楽に耳を傾け指先でカウンターをつついている。いつでも鍵盤に向かってくれて構わないのにね。俺としては絵になるそんな姿を独占できて気分は良いけれど。
「マスターってさ、なんかやってる?」
「なんかって?」
「筋トレ?結構しっかりしてるからさ」
「ああ…体型は遺伝だと思うよ。兄や甥は毎日トレーニングに明け暮れているけれど」
そういえば牛尾さんはまだ蒼斗に会っていないね。蒼斗が吹奏楽部に入部してから店の手伝いに入る時間帯も変わってしまって、帰ってくる頃には牛尾さんはもういない。
「マスターはやんないの?そのトレーニング」
「ああ……一昔前だったかな。メタボとか、中性脂肪とかよく話題になったでしょう」
「耳が痛い…」
ははは、牛尾さんには無縁だろうに。テレビでもよく、服を捲ったら肉がドゥーン…みたいなの、やってたでしょ。ああなったら嫌だなと一時期通ったのだ。ボクシングジムに。
「ボクシング!へえ!」
「そしたらちゃんと筋肉ついたよ。でも極端に偏ってついちゃって」
「あー、腕だけとか?」
「おしり」
「おしり」
ボクシングって結構下半身も動かすから。そしたらおしりだけぱつぱつに筋肉がついてしまったのだ。しっかり筋肉のついたおしりってね、硬くなったりへこんだりしないんだ。まんまるく、ぷりっとしたおしりになる。実際そうなっていた。
「今でもその名残か、まだまだ肉もついてて垂れない、上向きのおしりだから。やらないよりはマシだったのかもしれないね」
おしりって結構年齢出るよね、なんて笑って尻を摩る。
「丁度いいぷりけつ…ってこと?ちょっとエプロンの紐で見えないな…外してくれる?」
「見せないよ?」
「見せてくれないのにおしりの自慢されたの?酷だね〜」
見せたくて話していた訳でもないんだけどな。自慢になったのか?
「そういえばここ、バイトの子居るでしょ」
「蒼斗かな。甥です。会ったことあった?」
「ないない」
なんだか怪しい笑みで返された。あ、そういえばうちにはもう一人アルバイトが居るんだった。
「玲音くんもいるけど、もしかしてそっちに用事?」
「れいと?」
「うちのアルバイトは甥の蒼斗と玲音くんがいるんだ。威吹高校の二年生」
「…辻?」
「そう。知り合い?」
「聞いてないな。届け出してないだろーアイツ」
「うん?」
「こっちの話。面倒だけどやんなきゃいけない事出来たから今日はこれで帰るよ」
どこかむすくれた顔をしている。玲音くんとトラブルでもあったのだろうか。
「事情はわからないけれど、玲音くんは良い子だよ」
「んー?」
「不器用だけど良い子なんだ。なにか揉め事があるなら私が間に入ります」
ちょっとわんぱくなところはあるけど若さ故、若気の至りの範疇だ。不器用で伝わりにくいかもしれないけれど人を思いやれる優しい子だ。だから俺が間に入って緩和材になれたら、と提案したが。
「ぷははははは!!だ、大丈夫大丈夫!心配しているようなものはないから!
牛尾さんは見た目より笑い方が豪快な人で、天井を仰ぎカウンターをばしばし叩いて笑っている。
「ちょっとね、辻に会ってやって貰わなきゃいけない事があるだけ」
「やって貰う事?」
「そ。ちょいちょいっと書いて貰うだけ」
「………契約?あ、スカウト?なるほど…玲音くん上手だから」
「マスターさ、まだオレをミュージシャンだと思ってるデショ」
「芸能人だとは思ってる」
「なんでよ」
立ち上がった牛尾さんからぴったりの料金とポイントカードを受け取り、カードにハンコを捺してレシートと共に渡した。
「また来るから」
「はい、待ってますよ」
「本気にしちゃうよ?じゃあね」
いつもお客さんに言う通りに言うとにんまり笑ってそう返ってきた。なるほど、彼が微笑みと共に言うと実に様になる。ああやって女の子を口説いたりしているのかな?はは、きっといちころだろう。言わせた相手がこんなおじさんで申し訳ないな、と独りごちた。
しばらく経って蒼斗が一人で帰ってきた。今日は玲音くんも入る日なのにひとりだったから先程の不安が脳内に過ぎる。
「玲音くんは?」
「学校の先生に捕まって、バイトの申請書書かされてる」
「ええ、出してなかったの?」
学校の規則は破らせる訳にはいかないね、それはしっかり書いて出して貰わないと。少しすると玲音くんも無事に帰ってきた。
「すんません、遅れました」
「おつかれさま。申請書出してなかったんだって?」
「忘れてて…あのセンセー、一度帰ったはずなのに戻ってきたんだよ…あの人、どこでオレがバイトしてるの知ったんだ?」
放課後の職員会議の後、最短ルートで職員室からロッカーから自分の荷物を取って速やかに帰宅路につく。オレのモットーは一分一秒でも早く帰る、だ。ここ最近は帰るより寄り道が目的になりつつある。慣れたくっつりやまでの道を足取り軽く進んでいると、店から少し離れたところにある広場に見慣れないストリートピアノが設置されていた。都会ではストリートピアノの弾き逃げ(言葉の響きに問題アリアリな気がする)動画が流行っているというのは知ってたけど…ここに置いて果たして弾いて貰えるのか。ピアノに寄って見ると周りがソワソワしながらピアノを見ている。弾ける人は居ない訳ではないだろうが、照れてるのかなんなのか…蓋を開き鍵盤を押して鳴らす。
「そのピアノ、今日の朝置いたばかりなの。まだ誰も弾いてくれなくて」
「あ、そーなの?」
「お兄さんみたいなイケメンに弾いて貰えて嬉しいわあ」
広場の向かいにある花屋のおねーさんや周りにいるおじちゃんおばちゃんが期待の眼差しで見つめてくる。多分このピアノの出資者かな。これは…オレが弾く流れ。
「うーん……じゃあ一曲やろうか」
オレなんかが初めての男でゴメンね、と小さく謝罪してから椅子に座る。広場に居た人達が何かやるのか、何か始まるのかとこちらを興味深く見てくる。立ち止まる人まで。出回っている弾き逃げ動画(言葉の響きが非常によろしくない)の影響か…ハードル上げてくれるねえ。何をやろうか。ソラでも弾けるもので、期待増し増しのオーディエンスに応えられるような…もとより、そこまでの技術は持ち合わせていないが。
『楽しい音が奏でられるなら得手不得手関係ないと、私は思うんですがね』
「……そーね。仰る通り」
ウキウキのルンルンで向かっていた、オレのお気に入りの店のマスターの言葉を思い起こす。音楽は音を楽しむもの。あの店も空気も声もマスターもオレのお気に入り。My favorite thingsの楽譜を脳内に描き指先で軽やかに鍵盤を叩いた。あの店はジャズ喫茶だしな、とジャズアレンジにして。確かこの曲は吹奏楽にもあるよな。是非やって貰いたいねえ、うちのウインボ達にもさ。
授業で必要に駆られて、でもなく、人を楽しませようと、人に聞かせようと思って弾いたのなんて何年振りだろう。ピアノをやめてからはなかっただろうし、やめる前だって記憶に乏しい。結構、楽しいかも。指も慣れてる。これならあの店でマスターに聞かせても恥ずかしくないな、なんて。無理無理恥ずかしいって。あーゆーとこやってる人って耳肥えてそうでしょ。くふ、笑ったのと同時に曲も終わる。オーディエンスこと、通行人多数が拍手をくれた。どうも、なんかすみませんね。妙な気恥ずかしさからそそくさと立ち上がり蓋を閉じてピアノから立ち去ろうと踵を返すと、その真正面に荷物を抱えた私服のマスターがいて高揚した顔で見てた。つか、聞いてた。
「え、なんでいんの」
「ほら!やっぱりミュージシャンだった!」
「だから違うって!」
興奮気味のマスターを宥めて背中を押す。聞いているとは思わなかった。ほんとになんでここにいんの。
「今日のスイーツで出すフルーツの計算を間違えてて、お客さんも居なかったから慌てて買いに出たところだったんだ」
「なーる…運悪く居合わせたって訳ね」
「運よく、の間違いだよ」
店に戻るところだっていうからそのままついてくことにした。同伴出勤…そう言ったら絶対小言言われるだろうから言わないでおこう。店の外だからエプロンもなし、ついじいと尻を見る。だってこの前非常に気になる話をしたりするから…なるほど、まるい。いい尻してんねマスター。いつだったか、大鳥さんが「私の夢は崇さんの尻圧で圧死することです」なんて言ってたけどなるほどなと。聞いた時はやべえ変態だと思ったが今となってはわからんでもない。友人にでもなれば叩くくらいは許されたりするのだろうか。オレとしては揉んだり撫で摩ったりしたいんですけど。かなり通ってはいるが、マスターは客と自分との間にハッキリ線を引いているのがわかる。その線を越える気が一切ないとも、わかった。
『気を悪くしないで聞いて欲しいんですがね、経験上、お客さんとプライベートで深く付き合うとあんまり良い事ないから』
と言われてしまうと深入りも出来ない。嫌な思いした事あんのかなーとか。客としてこの店に来てしまった以上、オレのアクションでは踏み込めない。マスターがオレに踏み込んでくんないと。今のところ打開策はなし、完全にお手上げだ。
じっと尻を見ているうちにくっつりやの前につく。店の小窓に外出中、と札が掛けられていた。鍵を開けて中に入ると、ただ札を変えて鍵を閉めただけで、店内は電気ついたまま、音楽も流れたまま。珈琲の香りに満ちていて営業している時と変わらない。
「いつものでいいかな?」
「あー、うん」
いつもの、は。ブレンドに角砂糖ひとつ、ミルク一周半。通い始めた頃は自分で味をつくってたけど最近はマスターが味を整えてから出してくれる。店でかかっている曲が終わり、次の曲がかかる。オレがさっき弾いた「私の起きに入り」だ。それに気付いたマスターがふと顔を上げる。
「さっきは良いものを聴かせて貰ったよ」
「どうも。お世辞でも嬉しいね」
「お世辞じゃないさ。牛尾さん、なかなかここで弾いてくれないから半分諦めていたよ」
だって、まあ。大したもんじゃないからさ。出して貰ったブレンドをふうと吹いて冷ましてから飲む。妙な恥ずかしさと気まずさで、いつもなら会話と音楽を楽しみながらゆっくり飲むのに半分以上一気に飲んでしまった。ちらりとミニステージ脇にあるアップライトピアノを見遣り立ち上がる。
「…オレって、昔から耳良くて」
違うか、耳“だけ”良かったんだ。どんなに音が重なっていてもパートの聴き分けが出来たし、楽譜にある音と違ったらすぐに気付いた。そうなるとさ、もう大喜びなのよ、親が。我が家からスーパースターが生まれるかもしれない、彰利は未来のスーパーミュージシャンかもしれない、なんてさ。
「それはもう、いろーーんな楽器やらされたんだよね。ペットもクラもサックスも一通り。でもさ、耳が良いだけで出来るもんじゃないでしょ」
楽器ってさ。歌も特別上手くもなく、どの楽器やらせても平凡か微妙に以下か。その中でもどうにかこうにかやれたのがピアノだった。ピアノは頑張れば頑張るだけ結果が出たし、子供の頃からやってる人が多いぶん、コンクールとかで評価される機会もあった。椅子を引いて座り、流れる音に合わせて指先で鍵盤を弾く。
「けど、成長すれば同レベル以上の天才さまが大勢、それこそゴロゴロいるんだよね」
オレのように耳が良いやつも当たり前に存在している。耳が良いほぼほぼ平均男と、耳もいい天才さまじゃ世間が選ぶのはどう考えても後者だ。ストレスでゲロ吐くまで楽譜と鍵盤睨んで練習したり、夢の中でも音符に追われて寝ても覚めてもピアノを弾いて。そうまでして練習に練習を重ねたって天才さまには敵わないし、その天才さまであってもピアノだけで食べていけるような人間は一握りなのだ。どれだけ頑張ったって、努力したって。オレはいつだって選ばれない側の人間で。努力は嘘をつかない、努力すれば必ず叶うなんてありえない。もし、もし本当にそうなら。オレがボロボロになるまで練習してもなお、努力が足りなかったって事じゃないか。そう思い知るのが怖くてピアノから、音楽から離れる事にした。けどやっぱ音楽からは目背けらんなかったんだよね。なんだかんだ言いながら結局今でも付き合ってるワ。ピアノとも、音楽とも。あの子達がやる曲の譜面起こしたり編曲やアレンジで自分の経験いきてるから悪いもんではなかったと思える。そこまで悪くない職場の環境、頑張り屋な同僚、かわいくなくてかわいい生徒達、音楽室から聞こえる青春の音、珈琲の美味い店、軽快な音楽、オレ好みの、シュガーひとつにミルク入りの珈琲を出してくれるマスター。全部気に入ってる。今弾いてる曲と重なって自然と口が弧を描いた。音楽の神様に選ばれなくても、努力に選ばれなくても「お気に入り」に選ばれればそれでいいかな、なんてね。店内の曲に合わせて弾き終わるとひとりの拍手が響いた。なんか、さっき知らん人に貰った拍手より照れるんだけど、なんで。
「なんで……」
「え?」
「なんで…今、ここに俺のバスクラがないんだろう…!」
「な、なになに?」
「今週末のライブで使うから調整で持ち帰ってて……牛尾さん、今日は時間ある?もう少しで多分、甥が帰ってくるから。蒼斗のバスクラ借りるから、もう一回!」
興奮気味のマスターがろくろを回している。えーと、俺のピアノ気に入って貰えたという事でよろしい?一緒にやってもいいってくらい…
「えーと。まあ、こんくらいしか出来ないけど喜んで貰えたなら良かった」
「こんくらい!?随分謙遜するけれど、本当に素晴らしかった。聴けて嬉しいよ、とてもね」
「…そーお?」
「これくらいしか、なんて次元のものではないよ。もう一度聴かせて」
「高いよ」
「ははは、今日の分はサービスするよ」
オレは選ばれなかった人間だけど…マスターに選ばれたならいいな。選んで欲しいものだけどね、是非とも。なにせモテるからなあ、この人………そこまで悪くない職場の環境、頑張り屋な同僚、かわいくなくてかわいい生徒達、音楽室から聞こえる青春の音、珈琲の美味い店、軽快な音楽、シュガーひとつにミルク入りの珈琲を出してくれる、好きな人。オレのお気に入りだ。
「ただいま」
「蒼斗!待ってたよ。バスクラ借りていい?」
「え、なんで………あれ?牛尾先生?」
「お。おつかれーい」
吹部の練習が終わった望月が帰って来る時間か。今日はちょい長居したな。
「………先生?」
「あ、そうだ。バレた。望月〜」
「?」
そうだそうだ、先生だって内緒にしてたんだった。目をまあるくして、オレを見るマスターににこりと笑った。
「威吹高校音楽教員、牛尾彰利です。ね、ミュージシャンじゃないでしょ」
「たい……へん、失礼しました……」
「あっはっは!いいえ〜」
「今更ですけど、いつも蒼斗と玲音くんがお世話になってます……」
本格的にお世話してるのはオレじゃなくて吹部の先生ですけどね。深々と頭を下げるマスターの気まずそうな顔は初めて見た。カウンター席に戻って珈琲のおかわりとサービスのケーキを頂いてしまった。甘過ぎなくてうまいねこれ。
「嘘ついたんすか」
「人聞き悪いねえ。嘘ついたんじゃなくて、言わなかっただけ」
あ、望月に会った事ないって言ったのは嘘か。嘘つきましたわゴメンね。
「最初に言ってくれれば良かったのに。威吹の教員だって」
「こっちの方が面白いでしょーよ。そんで、オレに興味持って欲しかったから」
「興味って」
「最初からオレが甥っ子くんとこの先生だってわかってたら興味持つ事なかっただろ?」
黙って目線を外されてしまった。沈黙は肯定ってね。「甥の学校の先生」より「正体不明の男」の方が面白そうだし、興味深い。誰なんだろう、何者なんだろうとオレの居ないところでもオレのことを考えてくれてたなら儲けもんだ。大事にとっておいたケーキのいちごを最後に頬張る。
「…申し遅れました。改めまして…蒼斗の叔父で、くっつりやのマスターやってます。望月崇です」
「やっと下の名前教えてくれたのは下の名前で呼んでいいよっていうソレ?」
「全然違うよ」
「なんだ違うのか」
オレが教師だって知ってちょいよそよそしかったけど、普通にいつも通りさらりと交わされた。他のお客さんもぼちぼち来始めたからそろそろお暇しよう。財布を出すと今日はサービスだから、と言われてしまったからそのまましまった。オレはお言葉には全力で甘えるタイプなんでね。いつもと違うのはマスターが出口まで見送ってくれたという点だ。
「蒼斗から聞いたよ、今度行くからって話してくれたんだって?」
「そうそう。本人居なかったけど」
「通ってくれたのはどうして?うちの店を気に入ってくれたから…でいいのかな」
「それでもいいけど。あ、ちょっとコレ見て」
「ん?」
ポケットに入れていたスマホを出し、画面を寄せると素直に顔を寄せて来たから、掠めるように頬に唇を当てた。
「え」
「うーそ」
別にスマホ見て欲しかった訳じゃなくて、ちょっと顔近付けて隙を作りたかっただけでした。無意識だろう、手の甲でキスされた頬を擦ってる。
「オレはね、一分一秒でも早く家に帰りたい人間なの。むしろそれに命賭けてんの」
「………」
「その貴重な時間使ってここに来てるのは何故でしょう。教師らしく宿題にするから、答え用意しておいて。そのうち聞きに来るから」
「本気にしたんだ?アハ、なんかごめんね?」
随分前、遠い、遠い昔の話だ。店を開いたばかりの頃、三ヶ月程通ってくれていた男性客と関係を持った事がある。彼は東京の人間で、仕事で三ヶ月間だけ金沢に来ていた。毎日のように通って、店を始めたばかりで不安だった心にするりと容易く入って来たのだ。あちらは年上で、都会を良く知る男だったからほのかな憧れもあったかもしれない。この人とならずっと、いつまでも穏やかに過ごしていけると信じた。そう、思っていたのは自分だけだったが。
金沢は良いところだから本格的に住んでもいいな、こっちに引っ越してきたら一緒に住もうか、という言葉を鵜呑みにして。すっかり信じきってその気になっていた俺をよそに男は妻子の待つ東京へあっさり帰って行った。出張先の金沢で自由に使えるセフレが欲しいだけだったらしい。
『本気にしたんだ?アハ、なんかごめんね?』
その言葉と失笑は十五年以上経った今でも心臓の奥深くに刺さって抜けない。俺は若く愚かで容易かったのだろう。傷心が癒えぬまま時が流れ、兄夫婦に蒼斗が生まれた時、ふつりと自分の中の何かが切れてしまった。自分のための恋愛などもうしなくて構わない。そう諦めてしまえば心は随分軽く、息がしやすくなった。恋愛とか、そういうものに向いていないんだ。
だからもう長いこと恋だ愛だと考えていなくて、なんでも真に受けてしまう単純な自分をどうにか変えてきた。
「たか兄、飲み過ぎ」
「え?」
「今日はもう店閉めたら」
蒼斗に声を掛けられてはっと顔を上げる。同時に手にしていた焼酎の残ったグラスを没収されてしまった。いつもは店で深酒なんてしないのに今日は少し酔いたい気分だ、と考えていたら進み過ぎたらしい。
「蒼斗くん!崇さんの飲みかけの焼酎、一万で売ってください!」
「い、嫌っす…」
「オオトリさん、一万じゃ…」
「足りない…ってコト!?じゃあ三万!」
「そうじゃなくて…三万でも売りません」
「アメチ、あとでATM行くからちょっと立て替えてほしい」
「任せろ」
「いくら出しても売りませんって…」
閉店までまだ時間はあるけれど、常連の大鳥さんとお連れの雨地さんがまだいらっしゃる。なんだか恐ろしいオークションのようなやりとりだったけれど…怯えた蒼斗が焼酎を流しに捨ててしまった。まだ半分以上残ってたのに、もったいない…
「牛尾先生となんかあった?」
「……なんで?」
「なんでっていうか…聞かれるから。毎日、叔父さん今どんな感じ?って」
何をしているんだあの人は……その姿が目に浮かぶよ。
「アンニュイな崇さんも美しい……なにか悩みがあるなら休むというのも手だと思いますよ。会えない間にこの気持ち溜めておくので……色んなものを溜めておくので……」
「ははは。明日も待ってます」
変わらない大鳥さんにちょっと調子を戻せた。お二人が帰ってから早めの閉店準備を始める。結局は…また真に受けて馬鹿を見るのが怖いだけだ。「ごめんごめん、本気にした?」と、また笑われたら。レジを締めながらふう…と溜め息をつく。
「…ほんとに、ちょっと休むのも良いと思う」
「いいや、大丈夫。休んだってやる事なんてないから」
店を開けてやらなきゃいけない事をやってる方が気も紛れるだろう。牛尾さ…牛尾先生の言葉を愚かしくも真に受けるなら、彼は俺に好意を持ってくれている事になる。こんなおじさんの何が良いのかわからない。俺は自分の恋愛を諦めている。だからあの人とどうにかなる自分を想像出来ない。だが……橙の空を背景に、広場のピアノで人の目と耳を惹きつける演奏を聴かせてくれたのに自分は選ばれなかった側の人間だからと自嘲する。そんな彼に、何か言ってやりたかった。何か言いたくて仕方なかった。けど結局気の利いた事も言えず、この場に自分の楽器が無い事をひたすら悔やんでいるだけだったような。一緒に演奏すれば、わかってくれるんじゃないかと。言いたかった何かが伝わるんじゃないかと。自分でもわかっていなかった何かの正体の端を掴んでくく、と笑ってしまった。
「なに?」
「いいや」
馬鹿だなあ、俺は。ほんとうに。
「牛尾先生、鍵、あざます」
「はーい置いといてー」
朝のHRが始まるギリギリまで練習していたのだろう、今日の吹部の鍵当番が音楽室と楽器庫の鍵を返却しにきた。生憎朝メシ中でそちらを見ずにベーグルを齧りながら返事をすると鍵当番はじっとそこに立ってオレを見下ろしている。
「あに?あー、もひふき」
「あの……」
望月じゃないの。何かオレに用事でもあるのかモジモジしてる。別に受け持ってるクラスはないからHRの準備もない。そっちが急いでないなら別に急かす必要もなく、そのまま待っているとちょっと緊張した顔で背筋を伸ばした。つられてオレの背筋も伸びる。
「先生、近々くっつりやに来る予定ありますか」
「…うーん、そうね。そろそろ顔出すかな」
前は週三か週四で通ってたけど、考える時間をあげようと思って半月くらい店に行ってない。望月がわざわざ来てオレにお伺い立てるって事はマスターがなかなか美味しい状態になってるんじゃないかな。
「俺は…知らなかったんすけど、結構来てくれてたって」
「うんうん」
「たか兄に興味持って欲しくて教師だって言わなかったって…興味持って欲しい理由がわからなかったんです」
「んー……まあ、簡単に言うとお近付きになりたかった、ってハナシよ」
「お近付きに…」
「具体例を挙げると、オレの事をアキくんってハート付きで呼ぶくらい」
「………」
望月の顔がセクハラタイムに入った常連さんを見るときのそれになってる。待て待て、セクハラと同等の発言でした?今の。
「先生は…恋愛的な意味で、叔父に興味があるんですか」
「あっはっはっは!それはナイショ!言えないな」
「内緒って…」
「本人にも言ってない言葉を甥っ子に先に言う訳にいかないでしょーよ」
けらけら笑ってそう言うと納得してくれたのか、それもそうかと頷いている。
「嫌じゃないんだ?」
教師が自分の叔父さんをそういう目で見てるのはかなり複雑なものがあると思うけど?
「……叔父は、自分の恋愛はとっくに諦めてるって、ずっとひとりなんすけど」
「うん」
「なにか心境の変化があったなら、それはきっと良い事だと思うから」
「そっか」
マスターは日頃から甥っ子をかわいがっていて、時に猛烈に甥っ子自慢されるけれど確かにこれはかわいいね。穏やかに人を見守る姿が重なってここにも望月の血を感じた。血というか、望月がマスターの影響を受けているのか。
「ところで甥っ子くん。マスターの好きなタイプ知らない?」
「タイプ…全然知らないっすけど……あ、でも」
「なに?」
「多分すけど、先生の顔はめちゃくちゃ好きですね。芸能人だモデルだってすげー褒めちぎってたんで」
「まじ?スキンケアとアンチエイジングがんばろ」
「アンチエイジング!」
ぶはっ!と噴き出して下を向き肩をプルプルさせて笑う望月につられて笑ってしまった。そんな笑う?よかったーガチムチがタイプじゃなくって。
いつも通りの速やかな退勤ののち、しばらく足が遠退いていたくっつりやに向かう。さて、どんな顔でオレを出迎えてくれんのかね、とワクワクのウキウキでドアを押すと、エプロンを外したマスターがオレを見て瞬き、そのままエプロンを押し付けてきた。
「え何」
「ごめん、少し店番して欲しい」
「え、ほんと何」
「スイーツ用のフルーツの仕入れ業者さん、朝来る予定が事故渋滞に巻き込まれて来れなくて。足りないから急いで買ってくる」
「オレが行こうか?」
「大丈夫!この時間お客さんあんまり来ないから」
や、買うもののメモとか貰えたら行きますけど…交渉の隙もなくピュンと出てってしまった。余りの勢いとスピード感にどんな顔でオレを見るだろうとかそれどころじゃなかった。前もフルーツ足りなくなってなかった?足の早いものは毎日仕入れが必要だから望月や辻が入っていない時間帯はひとりで大変なのかも。仕方なく押し付けられたエプロンをつけ……る前に嗅ぐか。ム、洗ってるな。焙煎の香ばしいにおいがするだけでほぼ無臭。面白みのなかったエプロンをつけてカウンターの向こうに入る。
いつも決まったカウンター席につくけど、当たり前だがカウンターの内側に入るのは初めてだ。知らない、見た事もない使い方もわからない道具が普通にある。後ろの棚にはたくさんのカップが並んでいた。この店には結構色んな種類のカップがある。一番多いのは普通に出すカップとソーサーだけど、上の方には色も形も多種多様なカップが所狭しと並んでいるのだ。マスターは常連客それぞれに専用のカップを用意している。曰く、「馴染みのお客さんにはこのカップで出したいな、という個人的な趣味だよ」だ、そう。出先で見つけてお客さんの顔思い浮かべてついつい自腹で買ってしまうらしい。そんなん嬉しいに決まってるじゃんね?
オレの知る常連さんで言うなら、大鳥さんにはかわいいタコさんのカップ、雨地さんには黄色とピンクの蝶々柄、利角さんはくまさん、猫子さんには猫ちゃん、と。ちなみにオレには何バニア的なかわいいウサギが猫車押してるやつ。何言ってんだこいつと思うかもしれないけど言葉の通りなのだ。かわいすぎるが、かわいすぎやしないかと言うと「でしょ?」と喜んでいたのでセンスとしてはちょいズレてるっぽい。なのでオレは何バニア的なかわいいウサギを鷲掴みしてカップを持っている。絵面…
手前の出しやすいところにオレのカップを見つけて手に取る。自分で入れてみる?豆挽いちゃう?実はちょっとやってみたかったのよ、ミルで挽くやつ。ウキウキした心持ちでマスターのキャニスターの蓋を開けると店の入り口のドアが開く。マスター帰ってきちった?と顔を上げるとそこにはそれはそれは驚いた顔をした大鳥さんが他の常連さん達と一緒に来店したところだった。
「お、らっしゃい」
「…………」
「あれ?牛尾さん。マスターは?しまっちゃった?」
「いやいや、実は」
「待って聞きたくない!!!崇さんはオレの隣で寝てるぜはまだ聞きたくない!!!!!」
何も言ってねえ〜〜…この時間はお客さん来ないんじゃないの。来るじゃん普通に。大鳥さんはテーブル席についたお連れさんとは一緒に座らず、カウンター席にどかっと座った。
「牛尾さんが崇さんに相応しいかテストさせてください!!」
「え、珈琲は無理よ?ウチではインスタントしかやった事ないし、豆挽くのも初めてだから」
「じゃあ……じゃあ!音楽だ!崇さんは音楽も大好きだから!」
あ、こっちに出来ない事は避けてくれんのね。でも音楽か……えー。自信ない。ない、けど…なんかやれと言うなら、オレにはこれしかないんですけども。
「…ピアノでも弾こうか」
「へえ、牛尾さんピアノやる人なんだね」
「でもオオトリさん今日ユーフォ持って来てないよね?」
「ない!リカドさんサックスかして!」
「吹けないじゃん!てか持ってきてないです…」
大鳥さんはユーフォのひとなのね。覚えておこう。テストというかなんか勝負みたいなのさせられる空気だ。向こう楽器持って来てないけども。
「何弾くんすかー?」
「なにやろうね。えーと…バター付きパンでもやろうか」
「かーわいー曲」
「ジャズ喫茶でかわいい選曲とは…ギャップ萌え狙ってるってコト!?やるな…」
やいや、ちょっと小腹空いたなーって気分なだけ。渋々ピアノの前に移動して椅子を引いたところでまたドアが開く。客来ないとか全然嘘じゃんマスター…
「………」
「あ、なんだ望月か、おかえり。助かった〜」
「……………」
「ちょいちょいちょい」
来たのはお客さんじゃなくて学校帰りの望月だった。オレがマスターのエプロンつけて店にいるのを見て数回瞬きしそっと店を一旦出た。店間違ってないよ。
「すんません…間違ったかと思って」
「代わって。オレに珈琲は入れられん」
「っす…なんか、叔父が迷惑かけたみたいですみませんでした」
「いーえー」
ちょっとだけ楽しかったから良いよ。無事に音楽勝負もなんとなく流れていつもの定位置に戻る。
「ただいま!…あれ、いっぱいいる。いらっしゃい」
「おかえりー」
「こんにちは崇さん!今日も素敵です!いや素敵じゃない日は存在しないんですけどね!」
「あはは。どうも毎度さま」
エプロンを返すとするりと纏っていつものマスターになった。一気にお客さんが入ったものだからしばらく忙しく行ったり来たり、最後にオレの前に来ていつものように角砂糖ひとつとミルクを一周半垂らした珈琲を注いだ何バニア的なウサギのカップと共にクッキーが置かれる。サービス?小腹減ってたから助かる。
「店番のお礼ね」
申し訳なさそうに両手を合わせたマスターはいつも通りに見える。大人として平生を振る舞っているのか、それともなんにも響いていないのか。響いてなかったらヤダな〜。
「あの!崇さん!!」
「ん?はいはい、ご注文かな」
「牛尾さんとはどういったご関係で!?」
口の中に入れたクッキー噴くところだった。大鳥さんが挙手して立ち上がりとんでもない事を言いだした。場合によってはオレが死にますけど。
「なんで、そんないきなり」
「だって!スタッフ以外にカウンターの中に入れた事ないじゃないですか!」
「それは…留守番を頼んだからで」
「だから!スタッフ以外に留守番頼んだりしないじゃないですか!あれですか、ホの字ですか!信頼してるソレですか!」
「バカおまえっ…返答次第で死ぬぞ!」
「お二人は付き合ってるんですか!?」
「あはははは。まあ、はい」
一瞬、しんと静まる。この空間で誰より驚いてるのはオレだけど、オレに次いで驚いてんのは望月だ。どんぐりみたいに目をまんまるくしてオレとマスターを交互に見てる。
「なーんて」
「そうだよ。だからもう崇にちょっかいかけたらダメよ?」
脚を組んでカウンターに頬杖をついて笑う。なんのつもりか知らないけど乗ってみた。すると言い出したのはマスターの筈なのにぴしりと固まっている。
「えっ!?……えっ!?」
すまん望月。しばらく硬直していたマスターがはっと動き出してなんでもないように笑い飛ばす。
「なんて、冗談だよ。驚いたかな」
「な…なんだあ…びっくりした」
「………ウワァァァァァン!!ちくしょう!私たちのたか兄が!!!でも幸せならオッケーです!!!!」
冗談で終わらせるにはちょっと間があり過ぎたんじゃないかな。信じてるのかいないのか、大鳥さんの断末魔で話は終わってしまった。
「蒼斗、ちょっとバックヤードに行ってるから」
「え?」
マスターはカウンターに戻る事なくスススと居なくなってしまった。言った通りバックヤードに行ったのだろうけど、店に人がいる時にバックヤード行くとこも初めて見た。望月も同じように不審に思ったらしく後をついて行って、少しして望月だけが戻ってきた。
「すんません…五分くらい時間欲しいそうです」
「なんで?」
「………本気照れで」
「うわ見てぇ〜〜。覗きに行ったら怒るかな」
「怒りますね…俺を」
それはかわいそう。やめとくか……こういうの見るとやっぱ脈ありまくりなんじゃないかと思うんだけど。
「大鳥さんって、いつもこんな感じで」
「元気ね」
「新しいスタッフ雇ったら彼氏ですかとか聞いたり。最近だと玲音先輩にもさてはと疑ったりして」
学生相手にどうこうする人じゃないでしょうに。けど疑われて凄い顔する辻が想像出来て笑える。
「でも、冗談だとしても肯定したのなんて初めてです」
「……へえ?」
やっぱナシじゃないと思ってくれてんじゃないの。全く想像してない訳でもなさそう。考えてくれたりしたのかね。五分ちょっとくらいしてバックヤードから出てきたマスターをニヤニヤしながら見るとさっと目を逸されてしまった。それからも注文は本人は受けてくれないし、カウンターの中に居ても何か作業してて今忙しいオーラ出てる。わかりやすく避けられている。
「あの…すんません」
「いーよ。好き避けみたいなもんでしょ」
好き過ぎで気まずくて避けちゃうやつ。我ながらポジティブ。今日はちょっと粘りたくてラストまで残ってみる事にした。あ、ちゃんと追加注文はしてね。マスターは注文受けてくれないから望月に頼むしかなかったけど。気を利かせた望月が閉店と同時に帰って、電気を半分落とした薄暗い店内にオレとマスターのふたりだけになる。
「お客さん、閉店ですよ」
「飲み屋かい」
「はは」
気まずい。というか、マスターが気まずく思っているのが伝わって気まずい。きっといつもだったらさっきは変な事言ってごめんね、と言うだろうに。それすらも無く何か言葉を探してる。意識されていると判断してもいいだろうか。
「この間の宿題覚えてる?」
「…ここに通う理由?」
「そおそ。考えてくれた?」
「もちろん、考えた」
そうストレートに言われてちょっと驚いた。交わされてしまう可能性があったからだ。オレがいない場所でもオレの言葉の意味を考えてくれていたのか。
「オレはマスターが好きだよ」
考えた末どう判断したのか、どう思ったのか聞く前に口が勝手に動いてしまった。考えなしに言ってしまった自分に驚いたけど一度口から出てしまったらもう戻せない。
「真に受けて、馬鹿を見るのはもうたくさんなんだよ」
「…なに、それ」
「俺は、俺のどこがいいのかさっぱりわからないんだ。だから好きだなんて言って貰えても、浮かれて喜んだらその瞬間笑われるんじゃないかって」
「そんな被害妄想で振られるワケ?」
自分の眉間に皺が寄る。なんの経験から来る被害妄想なのか知らないけど、オレ自身の言葉よりそんな妄想を信用するのか。自分の声が刺々しく、マスターを責めるように聞こえたのだろう、悲痛な顔で下を向いてしまった。責めたい訳ではなかったけれど、無意識にそうしようとしたのかもしれない。
「牛尾さん」
「…なに?」
薄暗い中で下を向いているから表情が見えない。カップやキャニスターの置かれた後ろの棚にもたれかかって、揺れる声が落ちる。
「馬鹿な男だって、思ってもいい。思ってもいいけれど、笑わないで聞いてもらえるかな」
「うん」
「真に受けるよ。言われた言葉は言われたまま受け取るよ。俺は元来、単純だから」
「いいよ」
「好きだって、そのまま受け取るよ」
「いいよ」
もうあげてしまったのだ。受け取るのも捨てるのも好きにして構わない。返して、オレを選んでくれたら嬉しいけれど。何に選ばれなくてもこの人に選ばれればそれでいい。贅沢な願いだとわかってる。この先一生、何にも誰にも選ばれなくていいから、この人にだけは。
「俺はもう結構おじさんだからね。今になって恋愛する気力も体力もそんなに無いんだ。けど…………」
けど、と何か続きそうなのにそれきり黙ってしまった。そろりと表情を伺うけれど変わらず俯いているしどんな顔をしているのか全然わからない。けど、声の感じからしんどそうではある。
「…けど?」
「……前に、ピアノを聴かせてくれた時。自分は選ばれなかった側の人間だって、言ったよね」
「そうね」
「そんな君に、「俺が居るじゃないか」と言いたくて堪らないんだ」
オレは音楽にも努力にも選ばれなかった。そんな中でこのひとに「俺が居るよ」「俺が選ぶよ」と言って貰えたなら。そんなに幸福な事はない。手を伸ばしても後ろの棚に寄りかかるマスターには届かない。カウンターの端にぎりぎり届くかどうかまでしか。
「マスター。オレと付き合って。恋人になって」
「……」
「真に受けろよ。オレにはあんたが居るって思わせて」
こん、と指先でカウンターを叩く。真に受けてオレの手を取れよ。念が通じたのか、ひとつ呆れたような溜め息をついたマスターた寄りかかってた棚を離れてオレの手に手を重ねた。
「趣味が悪いって言われても知らないよ」
思えばマスターに触るのも初めてだ。はは、付き合うまで手も繋げないとか中学生か。ぶわ、と全身が熱くなって心の中が満たされる。指を絡めて握ると控えめに握り返された。
「そっち行っていい?」
もう少し触りたい。
「仕事場なので」
普通に断られた。真面目かよ。
「じゃあ、こっち来て」
それなら良いでしょ。手が離れ、マスターが迂回してこちら側に来てくれたから立ち上がってぎゅう、と抱く。マスターもオレの腰の方から後ろに腕を回した。こうやって見るとやっぱオレよりちょい低いネ。こつ、と額を合わせるとオレを見てたマスターが酸っぱいもの食った時みたいに顔をしかめた。え、なに…
「顔が…小さい…!!」
「…どうも?」
そいや望月がマスターはオレの顔気に入ってるとかなんとか言ってたね。親に感謝。間近で見てドウゾ?両手で頬を包み顔を寄せると恐る恐る目を閉じる。いやビビんなくて良いって。触れるだけ重ねて、角度を変えてもう一度唇を合わせた。オレの脇腹あたりにある手が服を握ってくる。隙を見てエプロンの紐を解いた。
「おしり触っていい?いいよ!アリガトー」
「!?」
「い“っっっった!!」
キスの合間に宣言しておしりの形を確認するように撫でると脇腹を思い切りつねられて離れた。つねるのはナシでしょ…肉千切れてない?
「ねー。もう帰んなきゃダメ?」
「?お店はもう終わりだよ」
「帰るのやんなったって言ったらどうする?」
「……若いなあ」
「そりゃね。ピチピチよ」
アンチエイジングも頑張ってますから。
(支部にあげる時にエッチなシーンが入る空欄)
「あき。彰利」
「ん“〜〜…」
「朝だよ。平日。学校は?」
「うわやば。何時?」
「六時半」
「うわ早…」
髪をくすぐってくる手には気付いていたけど微睡んでいた中で急速に現実に戻された。六時半…いつもなら七時半に起きてるからあと一時間は寝れた。
昨晩くっつりやの二階にある自宅スペースに泊まらせて貰って、そのままお楽しみだった訳ですが。
「何時に起こせば良いかわからなかったから」
「なんにもない日だったら七時半?」
「そう。じゃ、三文の徳だと思って起きて」
寝かせてくれるとかはないのね。枕元に座ってオレを起こした崇が腰を上げる。
「ちょっと、もっかい座って」
「なんで?」
「いーから」
ほれほれ、と座ってた場所を叩くと再びそこに座ろうとした崇のおしりの下に手を差し入れる。むぎっとひと揉みしたら飛び上がる勢いで立って逃げてしまった。
「何を!」
「朝尻」
「あさしり」
「一生やるから慣れて」
「一生……」
朝メシみたいなモンという事でよろしくどうぞ。逃げられたままキッチンに行ってしまった。あふ、とひとつ欠伸して背筋を伸ばし体を起こす。
「いつもこんな早いの…」
「いいや?彰利が出たら少し休むよ」
「…あ、オレを起こすために早起きした?起きるわ」
「起きてよ」
そりゃ起きますよ。何時から起きていたのかはわからないが、昨日脱ぎ散らかした服やパンツが洗濯済みの乾燥済みという事を踏まえるとかなりの早起きだったようで。ハイ、起きました。ベッドから抜け、昨日と同じ服を着直すのと同時にキッチンでお湯が沸く。
「彰利、珈琲は?」
「いる」
昨日、オレは崇と恋人になった。そんでもって名前を呼ぶ権利を得て、彰利と呼ばせる事に成功したのであった。あきくん、ハート。ではなかったけれど十分でショ。
「なんか焼いていい?」
「ホットサンド作ってるよ。おかず?」
「おかず。ウインナー使っていい?」
「どうぞ」
勝手知ったる…という程知ってはいないけど、冷蔵庫を開けて物色すると美味しいタイプのウインナーがあったので焼くことにした。流石と言うか、調理器具ある程度そろってて料理人の家みたい。コンロを使ってるオレの隣に立ち珈琲豆を挽いている崇のおしりをせっかくだからもぎゅ、と揉んでおいた。
「うわっ!」
「わっ」
尻と太ももの間、一番柔らかいところに指を埋めるくらいの揉みだったけどびっくりした崇が挽いた豆をキッチンに零す。そこまで驚かせるつもりはなかったから逆に驚いた。
「ごめん、そんな驚くとは」
「いや………」
なんならオレの隣に来たら揉まれるくらい予想していそうだったのに。零した粉をキッチンペーパーで片付けている崇の耳がちょっと赤い。や、もっといろんな事したじゃないの。
「なに?」
「別になにも」
「なに?」
なんかあるのかね。顔を寄せると目を逸らしつつ何かをぼそぼそ呟いているが声が小さ過ぎて聞こえない。
「なーにって」
「………まだ濡れてるから、溢れてきて驚いただけ」
聞き返すととんでもないものが返って来た。アラ、そお。寝る前にシャワー浴びたけどもっかい浴びようか?と言うと手の甲で軽く頬を叩かれた。
「君が出たらひとりで浴びるからいいよ」
つれないね。と言ってももしオレの提案に乗ってくれたとしても一緒にシャワー浴びるだのなんだのしてたら遅刻する。普通にシャワー浴びておしまいにする自信が全くない。いつもの珈琲が入り、ホットサンドもウインナーも焼けて立派な朝食セットが出来た。一人用の小さなダイニングセットに来客用の椅子を出して貰って向かい合って朝食を摂る。健全な朝だ…ほんの数時間前まで濃厚過ぎる時間を過ごしていたのが夢だったかのよう。つっても堪能したあの迫力ある尻圧も…ぶつかる度に波打つ尻肉も…指が埋まりそうなあの柔らかい感触も全然夢ではなかったが。
根拠はなかったけれど、なんとなく初めてではないんだろうなと思って特に深く考えずに指摘したら重大な犯罪を暴露するような深刻で切羽詰まった声で弁明してきた。怒ってなかったけど、逆に怒って欲しかったのかなと。マゾ入ってるなと知った瞬間であった。
過去の男の話とは言え十年以上前となるともうそれはあってないようなものだと思うが(個人の見解)それでもやはりその体を知っている他の人間がいるのは面白くない。オレが嘲笑するんじゃないかと怖がる理由がそいつなら即刻忘れ去ってほしい。ので、その男と過ごした時間より長く、長く、一生レベルで一緒にいれたらと思う。一生尻触られる覚悟で居て欲しい。
「…なんだか、臀部に念を感じる」
「まじ?お祓い行きな」
「主に今正面にいる人からのものだと思うんだけど」
オレは、仕事は持ち帰らない主義です。そう日頃から言っているのにもかかわらず職員会議後速やかな帰宅の準備をしていたオレに頑張り屋な同僚が自分とこの子達とともにCDを持ってきた。あ、はい。採譜ね。何度か頼まれてきていたし、教頭が吹部が招待されたイベントの話を嬉しそうにしていたからそのうち頼まれるんだろうなと思っていた。けど、帰るギリギリに言われるとはね……早く練習に入りたいだろうから、早めに譜面起こしてやらないと。という事で持ち帰ってやる事にした。
慣れたくっつりやまでの道を進み見慣れたドアを押そうとしたらガラスの向こうで目が合う。
「おかえり」
「ただいまー」
崇と恋人になって数ヶ月、変わった事がいくつかある。ひとつは店に入るとおかえり、と言って貰えるようになった事。今ほぼほぼ崇んちに転がり込んでる状態だからだろう。入り浸っているから予備のダイニングチェアもちゃんとオレ用のものを置いてくれた。食器も増えた。ベッドを大きいものに買い替えた。ともなればもう、一緒に住んでもいいのでは?と思っているのだが、「ひとりになれる場所はあった方がいいから」と言って許してくれない。なーんか予防線張られてる気がしてしゃーない。ちょっとだけ腹立つから自分ちの次の更新はしないよというのはまだ伝えていない。
「ただいまって…おかえりって…ナンダ!!」
「あ。大鳥さんドーモ」
「こんにちは!!!崇さんとのお付き合いは順調ですか!!!」
オレらがほんとに付き合ったと知っても大鳥さんは崇のファンをやめるつもりは毛頭ないらしい。お付き合いは順調かって?順調ですよ。
「崇の尻肉なんだけど」
「と、唐突」
「なんと、挟める」
「………!!!??」
「いて」
ぼん、とお盆で崇に殴られた。盆だけに。
「なんの答えにもなってないのに全ての答えがここにあるパーフェクトな返事…………率直に妬ましい!!!!でも貴重な情報ありがとうございます!!!」
「蒼斗の前で言ったらカドでいくよ」
カドとか絶対痛い。というかオレだっていたいけな子供の前で言って良い事と悪い事の分別はつくよ。いつもだったらカウンター席に座るところだけどスルーしてバックヤードに向かう。
「採譜あるから上行くわ」
「珈琲は?」
「いつもの!」
譜を起こすには静かな場所でひとりで繰り返し繰り返し聞く必要がある。階段を上がって合鍵で中に入り、荷物置いて着替えてから下に戻るとちょうどオレの珈琲が入ったところだった。恋人になって変わった事は結構あるけど、出会ってから今日まで全く変わっていない、オレのお気に入りのいつもの。好きな人の入れてくれたブレンド珈琲、シュガーはひとつ、ミルク入りで。
シュガーはひとつ、ミルク入りで
カット
Latest / 623:25
カットモードOFF
395:13
高柳つむじ
つんだ タイムアウトを要請します…T
400:02
高柳つむじ
タイムアウト終了 いきやす
561:25
高柳つむじ
おわりです!!!!お付き合いありがとうございました!!!
561:58
高柳つむじ
エッチなシーンを別枠配信で書いて足して、後日pixivにアップします。アーカイブはすぐ出るよ!
562:30
高柳つむじ
連日見に来てくれてありがとうございます!励みになりました!
562:49
高柳つむじ
誤字確認入ります
619:43
高柳つむじ
誤字確認おわり
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シュガーはひとつ、ミルク入りで
初公開日: 2022年04月19日
最終更新日: 2022年04月23日
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牛尾先生×たか兄の牛たか(牛崇)
完成したらアーカイブつけます!それまでは配信のみ。センシティブ箇所は別枠配信