「……ぷはぁ。やっぱり一仕事終えた後のビールは最高だねこりゃ。あっ、ビールおかわり!」
明音は口の周りにできた泡を腕で豪快にふき、近くを通り過ぎようとしていた店員さんを捕まえて新しいビールを注文する。
とりあえず最初の一杯は一気に飲むのが酒飲み家としてのセオリーなのだが、次のもう一杯を一気に飲み干さずにいられるかは怪しい所だった。
「で、えっと……。とりあえず報告としてはこんな感じでいいですかね、どこまで話したのか覚えてませんけど」
「まだ報告らしい報告を一つも聞けてないのだが、それは気のせいだろうか。今回の魔物騒動による被害者数、建物の損害、魔物の発生状況等。思い出せるものは一つ残らず報告しろ。でないとそこの居酒屋のお代は経費で落としてやらないからな」
電話口で怒鳴り声を上げているのは魔法科連合総括、郷田重蔵。昔から共に戦ってきた戦友であり、今では私の上司でもある。
いつもであればこのぐらいの軽口であれば軽く聞き流してくれるのだが、今日の総括はあまり機嫌がよろしくないらしく、これ以上怒らせると何を言われるのか分からないので、明音は大人しく報告を続けることにした。
「えっと……、今日出てきた魔物は全部で2体。Cランクが1体とDランクが1体。Cランクの魔物は『フラワーズ』が、残りのDランクはあたしが討伐しておきました。住民への被害は0ですが、建物への被害が激しいので修復に人員を割いていただけるようお願いします」
明音が『フラワーズ』へと加勢した後、他にも魔物が暴れていないか街を見て回ったのだが、他の魔物は見当たらなかった。
しかし、建物は街のあちらこちらで破損が確認でき、実は明音たちが会っていないだけで他にも魔 物がいたのではないかと思われる。
本来、Dランクの『フラワーズ』が格上の魔物を倒したことも上に報告しなければならないことなのだが、それよりもなぜ本来統率行動をしないはずの魔物が同じ場所に集まって暴れていたのか、それが今回の出撃で感じた明音の違和感だった。
「確かに。それに関しては上の方でも問題視されている。それは偶然なのか、それとも誰か裏で指揮を取っている者がいるのか。この辺りについてはまだ情報が少なすぎるので、引き続き調査をお願いしたい」
明音は店員さんからもらった新しいビールをぐぐっと喉の奥に流し込み、おつまみとして注文していたたこわさをぱくぱくと頬張る。
魔物が集団で行動しているのが確認され始めたのはつい2,3ヵ月前。上としても新しい情報が入ってこず、対策をしようにもできないのが本音なのだろう。
実力的には『フラワーズ』のランクをCに上げても遜色ないと思っているのだが、今日のように魔物が複数体いる可能性も考えれば、ひとまず様子見にするしか他なかった。
「と、この辺りが今回の報告って感じですかね。どうです、郷田さんもこっちに来て一緒に飲みません。あたし、今日は飲みたい気分なんですよね」
「馬鹿者、誰のせいでここまで仕事が増えてると思ってるんだ。明日中に魔物による街の破損報告書、及び被害状況報告書を提出するように。あと、『フラワーズ』の面々に反省文を書かせること。いいね」
郷田の話を聞き、明音は思わずうげーという声を漏らす。決して酔っぱらって吐きそうになっているのではない、今後の責任だとかやらなければならないことに吐き気がしたのだ。
本当は『フラワーズ』の3人が魔物と戦闘を行っている最中に明音は現場に到着していたのだが、それを言うと自分まで反省文を書かないといけなくなりそうだから黙っておく。
怒らないといけない立場にはいるので形式上は軽く𠮟って置いたが、きっとこの経験は彼女たちの成長の糧になってくれるだろうと、そう思っていた。
「じゃ、あたしはこれから焼き鳥達と対談をしないといけないので。また機会があったら飲みましょ」
「待て貴様! お前の用事は終わってもまだ私の用事が終わっとらん。少しは人の話を聞かんか」
「えー、でもビールがぬるくなり始めてるし、あたしのお腹は肉を欲して悲鳴を上げているんですけど。魔法科連合のトップに立たれているお方が、かわいい部下の健康を害するような真似をしていいんですか。そんなことするならもっと上の人に言いつけますからね!」
「私より上って誰に言いつけるつもりなんだよ……。分かった分かった、お前は好きに食っていてくれて構わない。私も堅苦しい話をするのは好きじゃないしな、好きにしろ」
明音はうっしと小さくガッツポーズし、店員さんを捕まえて焼き鳥を何本かまとめて注文する。私にこんな態度を取るのはお前ぐらいだぞと言われたような気もするが、聞こえないふりをする。
たまに無茶な仕事を押し付けてきて苛立つときもあるが、こういうのを寛容に受け入れてくれる所が嫌いになれない所なんだよなと、そう思った。
「実はきみにお願いしたい任務があってね。少し遠出になってしまうが、構わないだろうか」
「いいですけど……。珍しいですね、あたしに任務の依頼をするのって。それほど強い魔物が出没したってことなんですか」
本来であれば、魔法科連合内にある7つの部隊に対して適している任務の依頼をされ、隊長が依頼された任務を部員に割り振るのが定石となっているのだが、極稀に隊長に対して任務が依頼されることがある。
その多くは魔物が強すぎて他の魔法少女に頼むことができないような任務なので、明音は酒で頭が回りながらもしっかり内容を聞いておこうと、電話口に耳を近づけるようにして聞いていた。
「あー、勘違いしているようで悪いが、今回の任務はそれほど難しい任務でもない。そんな大切な任務ならこんな酒飲み場で話すような真似はしないさ。まぁ飲んでるのはきみだけなんだけど」
魔物の強さだけで言えば、他の魔法少女達に任せても大丈夫なほどだ。そんな大切な任務ならこんな酒飲み場で言わないさ。まぁ飲んでるのはきみだけだけど」
明音の声色で察してくれたのか、本題に入る前に前置きを置いてくれたので明音はとりあえずほっとする。
どうやら今回の任務は魔物の強さとしては他の魔法少女に任せもいいほど弱い者なのだが、他の条件がややこしいらしく、できれば魔法少女としての歴が長いあたしに出撃してほしいらしい。
遠回しに歳を取っていると言われたような気もするが、ここで突っかかるのもよくないので大人しく黙って置く。
「もし引き受けてくれるなら今度美味しい酒でも持って行ってやろうかと思っていたのだが、どうだろうか。きみのランクのことを考えてもとても楽な仕事で、美味い話ではあると思うのだが……」
今回の任務について詳しい話を聞くと、今回相手をする魔物は魔物探知機が一瞬だけ反応するような微弱な魔物。おそらく、ランクDになり立てぐらいかランクEぐらいだろう。正直、魔物の強さだけで言えば『フラワーズ』の彼女たちに任せても余裕である。
ランクAのあたしにとってはお茶の子さいさいの任務なのだが、明音には一つ気になっている点があった。
「確かに美味しい話ではあると思うのだけど……、報酬としていただくお酒は上等なものなんでしょうね。それが近くのスーパーで売っているような安い酒だったらただじゃおかないからね」
「相変わらずがめついな、お前は。ちゃんと美味い酒を持って行ってやる。そこは心配しなくてもいい。とびっきりいいのを持って行ってやろう」
明音は待ってましたと言わんばかりに今回の任務を了承し、飲みの約束をこぎつける。明音はあつあつの焼き鳥を口に含みながら、魔法科連合の総括にもらうような高い酒に合うようなつまみは何がいいかと、まだ詳細も聞かされていない任務の報酬で頭がいっぱいだった。