「区内に魔物が出没したとの情報アリ。繰り返す。区内に魔物が出没したとの情報アリ。市民の皆様は速やかに安全な場所へと非難してください」
お腹の空腹が満たされて次第に眠気に襲われ始めてくる午後2時頃、区内に設置された緊急通報装置が警笛を鳴らす。
ここから数百メートルしか離れていない場所でランクC相当の魔物が出没し、いつその魔物がここを襲いに来てもおかしくない状況にあるにも関わらず、そこに住む人々は皆とても気だるげに非難を開始するだけだった。
「ねぇ、お母さん。今日も魔法少女たちが来てくれるんだよね」
「もちろん来てくれるわよ。彼女たちならきっと魔物を倒してくれるわ。さ、早く避難してしまいましょ」
食べかけのポテトチップスの袋を持ちながら避難している6歳ぐらいの少年は笑みすら浮かべており、その表情に恐怖などという文字は一切ない。
日本でも有数の魔物出没地域である東京では魔物が街中に出没することは日常茶飯事であり、数十年前から突如として姿を現すようになった魔物の相手をするのは魔法少女であると、相場が決まっていた。
「うぇ、なにあれ気持ち悪。腕がタコみたいにうねうね動いててすごく気持ち悪いんですけど。あたしたちあんなのと戦わないといけないの……」
「落ち着いてダリア。これは私たち『フラワーズ』にとっての大事な1戦。一瞬たりとも気を抜くことは許されないわ。……あと、タコにしては触手が2本ほど足らない」
「ローズさん気にするところはそこじゃないです! ほら見てください、そんなことを言っている間に魔物が電柱を足に絡めて抜き始めたじゃないですか。早くしないとこの街がめちゃくちゃになってしまいます。しっかりしてください!」
マリーは魔物が街を破壊している様子を悠長に眺めている先輩2人に対し、思わず声を荒らげる。
既に住民の避難は終わらせているはずなので人的被害はまずないだろうが、それでも自分たちが住んでいる街を壊されるのを見ていて気分がいいものではない。
魔物や魔法少女の強さはA~Fのランクで割り振られ、Aに向かえば向かうほど強いとされているが、連合から報告されている魔物の強さはCランク。正直、Dランクの『フラワーズ』が請け負うには荷が重い。
しかし、それでも彼女たちが魔法少女である以上、魔物に立ち向かうのを止めるわけにはいかなかった。
「よし、身体温まってきた。マリー、ローズ。準備はいいね」
「愚問。むしろあなた待ちです。いつでも合わせるので好きに突っ込んでください」
「おっ、言ってくれるねローズ。じゃ、お言葉に甘えて一気に詰めちゃうよ!」
そう言って、魔法少女『フラワーズ』のリーダーを務めるダリアは地面を大きく蹴って跳躍し、魔物との距離を一気に詰めて拳を頭にぶつける。
彼女たちに与えられた任務は魔物の気を引き、できるだけ街が破壊されることを防ぐこと。そして、ランクC以上の魔法少女が到着まで時間を稼ぐこと。
しかし、彼女たちは自分たちの身を案じながら魔物と戦うつもりなど微塵もなく、連合から魔物の出撃命令が出された時から全力で魔物を討伐するつもりで戦いに臨んでいた。
「……ローズ!」
「ふん。いちいち私に指図をするな、腹立たしい」
ダリアの拳は魔物の気を引く程度のものでしかなく、とても有効な一撃であるとは思えない。ダリアは空中で身をひるがえしながら攻撃を躱し、避けきれないものはローズが剣で受けながす。
隙を見せればすぐに反撃に転じたいところではあったが、2人には魔物の攻撃を躱し続けるので精一杯だった。
「……準備できました! 2人とも避けてください」
結局、ダリアとローズだけの力では魔物に1歩どころか2歩,3歩と遅れを取っていた。服は破れ、腕や足には飛んできた瓦礫で大量の傷ができている。とても善戦しているとは言えないが、それでもマリーが魔力を蓄えるには十分すぎるほどの時間を稼いでいた。
「〇〇〇〇〇〇(魔法名)!」
マリーが魔法を放つと同時に、ダリアとローズは目を交わして同時にその場を後にする。
魔力を身にまといながら戦うダリアや木刀に魔力を流して戦うローズに対し、マリーは杖に魔力を詰め込んで一気に放出する、いわゆる典型的な魔法を得意とする。
魔力を集結するために時間を要するのが難点だが、この魔物を倒すにはマリーの力に頼るしかない。それが『フラワーズ』の決断であり、相性の悪い魔物に対して前線に立つ、ダリアとローズの覚悟だった。
「やった……。やりましたよ、ダリアさん。ローズさん」
マリーが抑えきれる限界の魔力を蓄え、放出した〇〇〇〇〇〇(魔法名)は魔物の頭を直撃し、大きな爆煙を上げる。先ほどまで猛攻を振るっていた触手もだらりと下がり、覇気を失っていた。
「マリー、後ろ!!」
己が放った〇〇〇〇〇(魔法名)に確かな手ごたえを感じて喜びに満ち溢れていたマリーは不意を突かれ、大きく後方へと飛ばされる。
『フラワーズ』が立てた戦略は名案であり、目の前の魔物を倒すためには最適解だっただろう。しかし、ここは戦場。魔物が必ず1体しかいないとは限らない。
壁にぶつかる寸前に魔力で身体を覆ったので致命傷を負うことはなかったが、痛みで足が震えるほどには大きなダメージを負っていた。
「ダメじゃない、目の前に対して全力をぶつけちゃ。戦うときはいつも6割程度の力で、少しでも相手が強いと思ったら逃げるための手はずを考える。これ、魔法少女の鉄則だから」
「……隊長!!」
マリーは立っているのがやっとでとてもではないが戦える状態ではなく、ダリアもローズもボロボロ。全ての魔物を討伐することはできなったが、本来命じられていた他の魔法少女の応援が来るまでの時間稼ぎは達成することができたらしい。
どこからかあらわれたその女性は負傷している『フラワーズ』の面々の頭を軽く撫で、簡単な治癒魔法をかける。治癒魔法は専門外なのですぐに傷が完治されることはないが、これ以上傷がひどくなることはないだろう。
魔法科学連合の5番隊隊長を務めており、『フラワーズ』の指導者でもある武田明音は陣頭に立ち、何食わぬ顔でDランクの魔物2体とEランクの魔物を殲滅したのだった。