「ブラッド、いくぞ~!」
三十路手前だというのに元気な少年のような声が雲一つない空の下で響く。青空に弧を描くように飛んだ白いボールは名前を呼ばれた人間のミットへと吸い込まれた。
「キース」
ディノとは違いただ名前を呼び、今度はオレの方へと飛んでくるボールをただ静かにキャッチする。そのままディノへと投げたボールを捕まえて、再びブラッドへとボールが向かう。そうやって何度も三角の道筋をボールを通わせていた。
折角の休みだというのに午前中からキャッチボールだなんて何をやっているのだろうと疑問をいだきはするが、ディノに誘われブラッドも何故かやる気満々で現れたのだからやらないという選択肢は泡のように消えてしまった。野球が元々好きなディノをきっかけにアカデミーの頃は松ぼっくりを使っていたり、ルーキー時代にはジェイも交えてよくやっていた。ディノがいなくなった時を境界にそんな機会はなくなっていたが、メンターにさせられた時何をするべきかと考えて思い浮かんだこのキャッチボールを何度かジュニアやフェイスとやりながら感傷に浸ることもあり、そんなにやることは無かった。ディノが戻ってきてからはチーム四人でだったり、こうしてブラッドとだったり、ジェイも時間があれば入ったりと回数はどんどん増えていく。面倒だという気持ちは強いのに、やるのなら混ぜてほしいと思うのはなんなのだろうか。
「おわっ、キースどこに向かって投げてんだっ!?」
「あ? おー……わりぃ」
「大丈夫!」
昔だったら持つことのなかった考えに思考を巡らせていると、手元から離れたボールは勢いよくディノの頭上を通り過ぎる。追いかけていく背中に謝ると元気な声が戻って来る。そりゃそうだろうな、と肩を落としていると分かりやすく笑みを浮かべているブラッドがいつの間にか近付いてきていた。
「……なんだか懐かしいな」
「何がだよ」
「アカデミーを卒業する前の日も、今みたいなことがあったと思い出してな」
「……」
ブラッドが言う時期はもう十年近く前になるものだ。キャッチボールをした回数も数えきれない程だというのに、どの時の事か、と分かってしまう程に鮮明な記憶がある。
トライアウトに合格して【HELIOS】への入所が決まった日、合格祝いだと言っていつものようにピザパーティーをして夜だというのに外に出てキャッチボールをした。きっと浮かれていたのだと思う。じめじめとした暑さの中、明瞭ではない視界で投げたボールは暴投ばかりでただ笑いながら追いかけて、再開して。これからのことに不安と期待を織り交ぜたボールを投げて、受け止め続けた。懐かしさに思いを馳せ、あの時のことをブラッドは言っているのだろうが共通点はディノがボールを追いかけているぐらいじゃないだろうか。
「全然違うだろ。時間とか」
「別にボールを追いかけてるから言っているわけではない」
「はあ?」
言ってることがおかしくねぇか。そんな態度を隠さずに声を零すとブラッドは相変わらず何も読み取れない、けれど感情がごちゃ混ぜになっている妙な表情へと変化していく。
「あの頃と比べてお前たちの関係は大分変わったのかもしれないが、何も変わらない部分もあるのだと最近思うことが多い。それがなんだか嬉しいと思うんだ」
「……」
確かにディノとは恋人という関係の名前が付くようになった。多分アカデミーの頃から抱いていたであろう感情を自覚したのは目の前から消えた時。悲しみと悔しさと絶望の中にいた時、オレを支えてくれたのは紛れもないブラッドとジェイだった。二人が居なければ今のオレはいないと分かっている。気持ちの種類は違えど一概にディノの方が、ブラッドの方が、だなんて順番をつけることはきっと永遠に訪れる事はないのだろうと思う。
「確かにディノとブラッドに持ってる気持ちに違いはあるけど、ブラッドがいなかったらオレはヒーロー続けられてねぇよ」
「あぁ、分かっている」
「大事な……友だち、っていうのはこれから先、変わることはねぇしな」
「……あぁ」
友愛と恋愛の違いは、と問われれば単純な頭では性欲の生むしか見つからなくて。手放したくない存在は、と問われればディノとブラッド、ジェイにジュニアやフェイスと両手で掴めない数の存在が頭に浮かぶ。両手で掴めない程いる大切なものを守るため、居場所になるためにオレは仕方なくヒーローを続けていた。
「あー!! ブラッドとキース何を話してたんだっ!?」
「別になんもねぇよ」
嫉妬、なんて物を抱くような男ではない。それに今二人で話していたのを目にしてディノは「俺だってブラッドと話したいこと沢山あるのに!」という考えが目に見えて浮かんでいる。不貞腐れた様子で勢いよく飛んできたボールを受け止めているとブラッドはディノを甘やかすことを言って表情を和らげる。こういうのもやっぱ悪くねぇよな、と心の隅で思いながらキャッチボールを再開させるためブラッドを遠ざけるように手で払う。
幼い頃に描いてた未来予想はこんなはずじゃなかったのに。苦笑しながらディノから飛んできたボールをブラッドへと弧を繋いだ。