シャワーを浴びてリビングへ戻ると、全員己の部屋に帰ったようで誰もいなかった。ある程度の防音処理をしているとはいえルーキーの部屋から音楽が流れてこないのは珍しいものだとミネラルウォーターで火照った体を内側から冷やしていく。一日の疲れを簡単に飛ばしてくれる酒は明日のことを考えて控えめにしたが、気持ち良くアルコールが体中を回っていて瞼も簡単にくっついてしまいそうだ。静かな空間はそれなりに好きな部類だったはずなのに最近ではどこか落ち着かなくもあり、さっさと眠ってしまおうと大きく欠伸を一つして照明を落とすと部屋へと入っていく。
日付が変わる前のオレとディノの部屋は明るいまま。ベッドの上で膝を抱えながらなんだか真剣な表情でスマホを見ているディノに息を吐き出す。大人しく眠っているのだろうかと考えていたのは二割ほどで、やっぱりな、という感情で埋め尽くされているのが正直な部分だ。
「ディノ」
静寂な空間にはディノの声が響かずに心臓が妙な音を立てた。
「……ディノ?」
「あっ、キースあがってきてたんだ」
「おー……何見てんだ?」
目の前にいる存在が幻ではないのだと確かめるように肩に触れてもう一度呼びかけるとパッと明るい声が耳に届いて小さく息を漏らした。いつまででも夢を見ているのではないかと感じるような錯覚を感じるのは今に始まったことではないが、その度にこうしてディノの体温を、生きている証をこの手で感じないと落ち着かずにいた。我ながら情けないと思いはするがディノがいてくれるなら昇華できる日がいつか来るのだろうと期待をするように何度も言い聞かせていく。陰りを帯びた思考から抜け出そうとディノのスマホ画面へと意識を向けるとネットショッピングをしているのかと思えばミュージックプレイヤーの画面が映し出されている。
「見てるっていうか聴いてるんだよ」
予想外のものに目を丸くさせているとディノに何かを耳に詰め込まれた。すると雨音のような、普段耳にするような音楽とは正反対な自然の音色が流れ出す。
「なんか珍しいな」
「フェイスがヒーリングミュージックをお勧めしてくれてさ。夜眠れない時とかに良いんだって」
「へぇ」
「ジュニアも好きなバンドとか色々教えてくれるんだけど音楽に詳しくないから二人が教えてくれるのなんだか楽しいんだよな」
楽しそうにスマホを操作して表示されるのはジュニアが好きなのだろうという印象を受けるジャケット写真。ジュニアもフェイスもあまりオレには振らないであろう話題がディノに向けられているというのはジェラシーにも似た何かが沸き上がってくるが、それ以上にここにいるディノは幻ではなく現在を生きているのだと実感させられて嬉しくなっていた。
「俺達も何か音楽やるか?」
「えーいいよめんどくせぇ……」
「満更でもないくせに」
「うるせーよ」
クスクスと笑うディノに凭れかかる。流れ込む音楽は見失っていた睡魔を呼び寄せるのには丁度良くて欠伸が出てしまう。動くのも面倒になっているが、重たいであろうディノからの苦情は来ていないのを良いことに態勢はそのままに会話を続けることにした。
「趣味というか好きなものを誰かと共有できるのって嬉しい事だよな」
「お前だってピザを共有してるじゃねぇか」
「うん。すっごくラブアンドピースだぞっ☆」
表情を見なくても分かる良い笑顔をしているのだろう。ジュニアもディノも好物を目の前にしている時はいつでも嬉しそうだしフェイスもショコラを食べている時は上機嫌で珍しく別けてくることなんかもある。ビールや煙草を共有する機会はあまり無いし後者は積極的に誰かと一緒にと思うことはないが、日常に一部となっている光景の中にある姿は幸せそのもので、瞼の裏に思い浮かべては確かに悪くないと感じていた。
「キースは誰かと共有したい好きなものはないのか?」
「オレはまぁ……」
ディノだけど。上手く働かない思考で浮かぶ単語でも口にするのはキャラではないとはギリギリの所で飲み込んだ。好きなものを尋ねられて真っ先に思い浮かぶのはビールや煙草よりもディノが上位にいるのだと思い知らされて、羞恥心でじわじわと顔が熱くなっていく。
「キース」
「なんだぁ?」
「今日はこのまま一緒に寝ちゃおっか」
ディノと同じ音楽が流されていたイヤホンが外され、頬が両手で包まれて目を開くと満面の笑みが広がっている。そのまま首の後ろへ手が回されて座っている体勢からベッドへと倒れこんだ。
「おわっ」
「へへ。キースの心音すごく好きだな」
「……恥ずかしい奴」
ぎゅっとディノに抱きつかれると、とくんとくんと鼓動が伝わってくる。同じようにディノにオレの心音が届いているのだろう。さっきまでの自然音も癒しを与えてくるものだったが、ディノが生きていると実感させられるこの音が何よりも安心感を与えられている。明るい部屋のスイッチを能力を使って落とすと、より深く届くようにとディノの背中へと手を回した。